XXXI
列車の衝突事故。多数の犠牲者が出た現場で、セロファン師は蝶のようにひらりひらりと回って飛び回っていた。何色ものセロファンを見せた。皆、それぞれ思い入れのある色を望んだ。今回は、色を望むことを拒否する人間はいない。
中でも印象的だったのは、赤紫色のセロファンを望んだ男性だった。まだ若い。
恋人が、ピアノコンクールで着ていたドレスの色だと言う。
光沢ある艶やかなドレスは色の白い彼女によく映え、演奏も上出来で準優勝を果たした。
虫の息で語る青年を、セロファン師は無感動に見ていた。
美しい色を望まれたことには満足だった。
真昼の事故。湾曲した鉄の塊の中、セロファン師は青年の最期の言葉を盛大な惚気と受け取り、望み通りの赤紫のセロファンを取り出した。
「君には好きな子はいないのかい、セロファン師」
「いないね。残念ながら」
青年に答える時、ナナの顔がちらりとセロファン師の脳裏をよぎる。
この混乱した現場では、狭霧も辿り着けまい。
だが。
「つれないわね」
息絶えた青年の横。
いつの間にかナナが立っていた。蹲り、見開かれたままだった青年の目を閉じてやって瞑目する。
「あたしの存在は何? ただの邪魔者?」
「そんなことはないよ」
「嘘。嘘ばかり」
「君は、君たちは君たちの信念を貫けば良い。僕がそうするように」
「そうやってはぐらかす」
「ナナ」
「滅多に名前も呼ばない癖に」
「僕らにとって名前は無価値な記号だ」
「あたしの名前も?」
「――――そうだよ」
ぱしん、とナナがセロファン師の頬を打った。
「解ってるわよ。あの子――――六条狭霧はあんたにとって特別になりつつあるでしょう」
「そんなことはない。彼も君らと変わらない」
「無価値?」
「いや、無意味だ」
ナナはセロファン師をきっ、と睨みつけた。
「最低な男ね」
「その評価すら、僕にはどうでも良いんだよ」
本当に、セロファン師にはどうでも良かったのだ。
そして不思議に思う。
ナナたちもセロファン師も、人の強い想念から生まれた人外なのに、拘りの強さがまるで違う。世に無意味の多いと感じるセロファン師に、ナナは否と唱える。
この違いはどこから来るのだろう。
一考したのち、彼はそれを放棄した。
考えに囚われることすら、彼には意味のないことと思えたからだ。




