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セロファン師は気が進まない  作者: 九藤 朋
31/58

XXXI

 列車の衝突事故。多数の犠牲者が出た現場で、セロファン師は蝶のようにひらりひらりと回って飛び回っていた。何色ものセロファンを見せた。皆、それぞれ思い入れのある色を望んだ。今回は、色を望むことを拒否する人間はいない。


 中でも印象的だったのは、赤紫色のセロファンを望んだ男性だった。まだ若い。


 恋人が、ピアノコンクールで着ていたドレスの色だと言う。

 光沢ある艶やかなドレスは色の白い彼女によく映え、演奏も上出来で準優勝を果たした。


 虫の息で語る青年を、セロファン師は無感動に見ていた。

 美しい色を望まれたことには満足だった。


 真昼の事故。湾曲した鉄の塊の中、セロファン師は青年の最期の言葉を盛大な惚気(のろけ)と受け取り、望み通りの赤紫のセロファンを取り出した。


「君には好きな子はいないのかい、セロファン師」

「いないね。残念ながら」


 青年に答える時、ナナの顔がちらりとセロファン師の脳裏をよぎる。


 この混乱した現場では、狭霧も辿り着けまい。

 だが。


「つれないわね」


 息絶えた青年の横。

 いつの間にかナナが立っていた。蹲り、見開かれたままだった青年の目を閉じてやって瞑目する。


「あたしの存在は何? ただの邪魔者?」

「そんなことはないよ」

「嘘。嘘ばかり」

「君は、君たちは君たちの信念を貫けば良い。僕がそうするように」

「そうやってはぐらかす」

「ナナ」

「滅多に名前も呼ばない癖に」

「僕らにとって名前は無価値な記号だ」

「あたしの名前も?」

「――――そうだよ」


 ぱしん、とナナがセロファン師の頬を打った。


「解ってるわよ。あの子――――六条狭霧はあんたにとって特別になりつつあるでしょう」

「そんなことはない。彼も君らと変わらない」

「無価値?」

「いや、無意味だ」


 ナナはセロファン師をきっ、と睨みつけた。


「最低な男ね」

「その評価すら、僕にはどうでも良いんだよ」


 本当に、セロファン師にはどうでも良かったのだ。

 そして不思議に思う。

 ナナたちもセロファン師も、人の強い想念から生まれた人外なのに、拘りの強さがまるで違う。世に無意味の多いと感じるセロファン師に、ナナは否と唱える。

 この違いはどこから来るのだろう。


 一考したのち、彼はそれを放棄した。

 考えに囚われることすら、彼には意味のないことと思えたからだ。





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