表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セロファン師は気が進まない  作者: 九藤 朋
30/58

XXX

 たとぅ、たとぅ、たとぅ、と。


 闇夜に木靴の音が響き渡る。

 民家の一室で、(がん)の末期にあった老女は、その時が来たのだと悟った。


 セロファン師。

 死にゆく者に、望む色を見せる存在。


 初夏の風が緩やかに吹き込む窓から、セロファン師は軽やかに降り立った。


「こんばんは」

「……こんばんは。先に礼を言っておくわね。ありがとう」

「まだ色を見せてもないのに、礼を言われたのは初めてだよ」

「見せてくれるんでしょう?」

「それが僕の生業だ」


 ああ、良かった、と彼女は思った。

 自分には出来過ぎの人生、最期だとも。

 子供たちは仲良く、協力して自分の面倒を見てくれた。

 孫の顔も見られた。

 

 ――――自分は罪人なのに。


臙脂(えんじ)の色を見せて頂戴」


 臙脂。

 黒に近い赤。その色こそが、自分の最期に相応しい。


「……余り心穏やかな色じゃないと思うけど?」

「そうね。でも、それで良いのよ。いいえ、そうでなければいけないの」

「……」

「私は戦時中、人を殺めたの」

「……」


 風が、心なし血の臭いを帯びたようだった。


「家族を亡くして、娘一人、何とか生き延びていたわ。それこそ死に物狂いでね。でも、ある男に目をつけられて、無理矢理、犯されそうになった。私は、彼を包丁で刺した。血が、溢れ出たわ。私、その場をしばらく動けなかった。血って、最初は深紅でも、時間が経つと赤黒くなるのね。戦時中のいざこざで、私は罪に問われることもなかった。男は、評判の悪い人間だったし」

「でも貴方は人生の最期にその血の色を望む」

「ええ」

「それで良いの?」

「良いのよ。裁かれたいの」

「承知した。臙脂色のセロファンを、貴方に」


 セロファン師は請け負うと、上着から臙脂色のセロファンを取り出した。

 老女はもう一度、ありがとうと言った。

 セロファン師はその礼を、無味乾燥に受け取った。

 彼にとって、セロファンを見せることは全てであり、それ以外は些末事であった。

 ただ。

 ただほんの少し、不快だった。


「満足かい?」


 ずっと以前にも、こんな風に尋ねたことがあった。

 けれどそれはセロファンを見せた相手に対してだった。死者に対して。

 今、セロファン師は、一部始終を見ていた狭霧に向かい、問いかけている。

 正直、狭霧の存在は鬱陶しい。


「……みんな色々抱えてるんだな」

「まだ若い君には解らないだろう。長く人生を生きると、いや、短い人生でも、荷はあるものさ。そしてそれによってセロファンの色は左右される」

「あんたが見たいセロファンの色とかないの?」


 この問いには、セロファン師も虚を突かれた。

 それから不思議と興がる心地になった。


「君がそれを見る日は来ない。なぜなら僕こそが君の望む色を先に見るからだ」


 狭霧はその時、どんな色を望むのだろう。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ