XXIX
六条狭霧は何かにつけて優秀な少年だった。何をやらせても器用にこなす。
恵まれた資質は、しかし彼を退屈させた。家は巫の系統で、十六になれば特殊な能力が得られると聴かされてはいたものの、それが自分の退屈を紛らわせるとも思えなかった。
けれどある日、セロファン師に出逢った。
いや、正確に言えば狭霧が一方的に見かけたのだ。
何かに惹かれるように足を動かせば、セロファン師がセロファンを死にゆく人に披露するところだった。狭霧はその不思議に魅了された。
親は良い顔をしなかったが、狭霧が自らの優秀さを持て余していると知っていた為、看過することにした。
但し、命に関わるような危険には近づかないこと、という条件で。
今、狭霧の目の前では家が燃えている。夜闇を火炎が赤く焦がす。
あの中にセロファン師がいると狭霧の勘が伝えている。中に入る訳にも行かず、狭霧は外で立ち尽くしていた。
既に付近の住民が消防車と救急車を呼んでいる。
ふと、何かを感じて横を見ると、白いスーツを着込んだ金髪の青年がいた。
唇を噛んでいる彼を、見つめ過ぎたせいか、彼は狭霧の視線に反応したように狭霧を見て、睨み据えた。敵愾心を持たれる謂れも解らず、狭霧が混乱している内に、青年は人混みの中に消えた。
彼もまた、ただの人ではない。
狭霧の勘がそう告げていた。
燃え盛るリビングで、横たわる女性の衣服を、炎が舐めている。
残された時間は少ない。
セロファン師は尋ねる。
「時間がない。貴方の見たい色を言ってくれ」
「あの子……、あの人は?」
「貴方以外の家族はもう、亡くなった。残るのは貴方だけだ」
「そんな」
女性はくしゃりと顔を歪ませ、次に激しく咳込む。
頭の中は朦朧として、悲嘆だけがそこにある。
「思い浮かばないわ……。こんな、こんなことになるなんて」
「見たい色を言ってくれ」
「ごめんなさい、無理よ」
女性はそう言って目を閉じ、そして二度と開かなかった。
セロファン師は炎をものともせず、女性を凝視していた。もう魂のない亡骸を。
セロファン師が家から出ると、待ち構えていた狭霧が彼の腕を掴んだ。
「……離してくれ」
「色を見せたのか」
「いいや、見せられなかった」
「……中にいた人はみんな、亡くなったのか」
「そうだ」
「全員に色を見せられなかった?」
「僕が死を前にした人にセロファンを見せられる相手は限られている。不思議と、定められているんだ。今回はこの家の主婦だったが、見せる前に亡くなった」
「そんな」
「そういうこともあるんだ」
「――――セロファン師も万能じゃないんだな」
「万能?」
くすりとセロファン師が笑う。
「僕が万能なら、この世はもっと幸せな色に満ちているさ」
パチパチと爆ぜる炎より、セロファン師の静かな声のほうが、ずっと大きく狭霧の耳に響いた。




