XXVIII
物心ついてから、ずっと彼女はアイボリーの色に囲まれていた。
アイボリーの壁紙、アイボリーのクローゼット、鏡台、絨毯。
心臓の弱い娘の為に、両親がなるべく心安らかであるようにと尽くした結果だ。
だがその心臓も、そろそろ限界だった。
たとぅ、たとぅ、たとぅ、と。
木靴の音が鳴る。
少女は読んでいた本から顔を上げた。悟り切った顔を。
「やあ、こんにちは」
「こんにちは」
「僕はセロファン師。死に行く前に、君の見たい色を言ってくれ」
「アイボリー」
余計なことは一切言わず、少女は即答した。
「アイボリー?」
「ええ」
「こんなにその色に囲まれているのに?」
「だってアイボリーは私がお父さんとお母さんから愛された証の色。幸福の色。だから」
短い命を終える自分を、少女は幸福だと言う。
だが言うことには筋が通っている。そしてこうスムーズに生業を進ませてくれる少女に、セロファン師は好感に近い感情を抱いた。彼は唇に笑みを刷き、上着からアイボリーのセロファンを取り出した。
少女が息を引き取るのを見届け、セロファン師は戸外に出た。それから近くの神社に向かう。特に理由はない。何となく、だ。思えばそれも何かの符号だったのかもしれない。
石柱に寄り掛かり、目を瞑りアイボリーの色を反芻する。
「見つけた」
声に目を開けると、そこにはセロファン師と同じくらいの年恰好の少年がいた。
「君は?」
「六条狭霧。巫の系譜に連なる者だ」
「だから僕の居所が判ったのか。何の用だい?」
「あんたの生業を検分させてもらう」
「何だって?」
「俺にはそれが出来る」
「……それで、検分してどうするんだい」
「記録するのさ。都市伝説のセロファン師の実情を」
「迷惑だし、邪魔だよ」
「あんたは逃れられないよ。俺は昨日で十六になった。六条の人間は十六になると勘が冴え渡るんだ」
セロファン師は先程までの平穏な心持ちはどこへやら、大層、憂鬱になった。
ただでさえナナたちに生業の邪魔をされかねない日々だ。
狭霧にまで付きまとわれたら鬱陶しくて仕事に集中出来ない。
だが狭霧の瞳は意欲に満ちて、彼がこの場を譲らないことは明白だった。
セロファン師は嘆息した。
「……好きにすると良いさ」
セロファン師には読めない色が複数、そこかしこに生じたように思えた。




