XXVII
花や樹や。
清水や優しい陽光を要は愛していた。
対して暗いもの。
俗世にある汚濁を彼は憎んでいた。
その憎しみの対象にはセロファン師も含まれていた。
要にとってセロファン師は汚濁を呼ぶ者。暗闇の象徴だった。
たとぅ、たとぅ、たとぅ、と。
木靴の音を響かせながら、セロファン師は現れる。
古い日本家屋の一室、介護を受けて生き延びていた老人の元に。
「貴方の望む色を言ってくれ」
微笑みを浮かべて言うセロファン師を、老人は凝視する。
彼は痴呆を患っていたが、今、この瞬間だけは正気に戻った。
「――――やれやれ。ようやくお迎えが来たか。婆さんのところに行けるんだな」
「そうだね。何色にする? 今日はよく晴れた晴天だ。いっそ青い色にするかい」
「いや、いや……。婆さんが、よく着ていた割烹着の色。茶渋みたいな色にしてくれ」
「そんな色で良いのかい?」
「俺も婆さんには散々言ったんだ。見てるほうも気が滅入るから、もっと明るい色の割烹着を買えって。でも婆さんは、あれに関しては頑なに譲らなかった。この色が汚れが目立たなくて良いんだって。結局、ずっとあの割烹着を着てた」
「茶渋の色だね。承った」
セロファン師は上着からセロファンを取り出す。
美しくも明るくもない、冴えないこの色が、老人の最期の望みと言うのであれば。
老人はしばらくセロファンを眺めて、満足そうに溜息を吐いた。
それから目を閉じて、唇を湿すと言った。
「ありがとう」
一瞬の後には、老人はもう息をしていなかった。
部屋の窓から薫風が吹き込み、セロファン師の髪を揺らす。髪飾りの鈴がちりり、と小さく鳴った。
要はその一部始終を見ていた。
介入の必要性を、今回は感じなかった。
老人は天寿を全うした。
セロファン師に礼を言った。
礼を。
その一点が、要には許し難いことだった。色分けすれば黒、悪の存在であるセロファン師に、感謝の念など必要ないのだ。
要は徹底的にセロファン師の存在を拒絶していた。




