XVI
ああ、焦がれていた音がする。
木靴の音。
たとぅ、たとぅ、たとぅ、たとぅ、と。
ずっとこの瞬間を待ち侘びていた。
長い、長い間。
もう言葉さえ紡ぐことが出来ない。
自力で出来ることは何一つなく、痛みと苦しみばかりを抱く身体。
声が出なくても。
セロファン師は色を見せてくれるだろうか。
「おはよう。良い朝だね」
病室の窓際に立つ、射干玉色の服を着たセロファン師は、彼の目には朝日を背にした天使のように見えた。
彼が顔を傾けると、髪飾りの水色の鈴がしゃらりと鳴った。
「心配しなくても、貴方の望む色を、僕はちゃんと聴き取ることが出来る」
おお、と老人は歓喜した。
では若い頃に妻と育てていた蜜柑畑の色を。
あの黄金とも見紛う色を、見せてくれ。
セロファン師は微笑む。
「黄金の蜜柑色、承知したよ」
やがて上着から取り出されたセロファンは、確かに老人が望んだ色だった。
一面に、蜜柑畑の色が広がる。
老人の目から涙が溢れる。
歓喜の涙だ。
これでようやく妻にも逢いに行ける。
逝くことが出来るのだ。
「……さようなら、良い旅を」
セロファン師は呟くと、病室の窓から宙に出た。
そこに差す影。
白いパンツスーツの少女だ。
金髪が風に靡く。
「今回のようなことばかりが、全てと思わないことね」
「思っていないよ。今更それを言うのかい?」
「あんたがあんまり満足そうな顔をしているからよ」
「一仕事のあとだ、無理もないだろう」
「……いつかあんたも涙の味を知ると良い」
「似たようなことを以前に言われた」
「必要ないと?」
「ないね。僕は、僕のすべきことをするだけだ」
「莫迦ね」
莫迦ね、と言った少女の目はどこか憐れみと慈しみに満ちていた。




