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セロファン師は気が進まない  作者: 九藤 朋
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 タオルの上に麦わら帽子を被り、老人は黙々と雑草を抜いていた。

 作業に集中していた彼には、だからその音が聴こえなかったかもしれない。

 陽は高く、気温は上昇している。

 その音もまた高らかに、鳴り響きながら老人の傍に降り立った。

 たとぅ、たとぅ、たとぅ、たとぅ。

 老人にはその音より、自分が抜く草の音のほうがより明瞭なものだった。

 だからセロファン師は、大声で呼びかけなければならなかった。


「ご老人。最期に見たい色を言っておくれ」


 老人の、草を抜く手がぴたりと止まる。

 彼は静かに振り返ると、セロファン師の姿を認めた。

 そして言うに事欠いて「何だ、セロファン師か」と呟くと、作業を再開した。

 セロファン師にとってそんなことは嘗てないもので、些少の困惑と共に訴えた。

「望みの色を言ってくれないかな」

「すると何だ、もうすぐ俺は死ぬのかい」

 作業の手を休めず老人は言う。

 恰幅の良い身体は、小まめに動きつつ雑草取りに励む。

「うん。脳卒中でね」

「そうかい、そんなことより坊主、雑草抜きを手伝え」

 セロファン師は少なくとも老人より長く存在している。

 坊主と言われて鼻白むより、呆気にとられた。

「…僕の仕事は〝そんなこと〟じゃないよ」

「そうだろうよ、だが俺の今の仕事は〝そんなこと〟なのさ」

「雑草駆除で給金を得ているの?」

「いんや、ボランティアだ。定年退職してからこっち、ここの団地の芝生の雑草抜きが俺の仕事になったんだよ。お前さんだって給金を得て色を見せてる訳じゃあるめえ」

「それはそうだね」

 セロファン師は老人の磊落な口調が次第に好ましく思えてきて、彼の隣に並んで自分も雑草を抜き始めた。こんなことは彼の経験では前代未聞だった。雑草抜きをするセロファン師。

 相変わらず陽は容赦なく照りつけ、老人の顔には汗が垂れている。

「お前さん、そんななりで暑くないのかい」

「別段…」

「へ、そうかい」

 セロファン師はそろそろ老人から色を訊き出さねばならないと思った。

 タイムリミットが近い。

 だが何となく雑草を抜き続ける。

 軍手をはめた老人と違い、素手で草を掴むセロファン師の皮膚には、ひやりとした植物特有の涼やかさが伝わった。

 老人はそんなセロファン師をちらりと横目で見遣る。

 はあ、と大きく息を吐いて汗をタオルで拭うと立ち上がり、うんと腰を伸ばした。

「どんな色でも良いのか?」

「もちろん」

 出来れば晴れがましい色が良い、と願いながらセロファン師も立ち上がって答える。

 土のついた両手をぱんぱんと打ち合わせて払う。

「骨の色とか解るかい」

「………誰の、どんな骨の色?奥さん?」

「いやいや。戦後すぐになあ。焼野原になった街ん中、俺が死んだ兄貴に似てるとかで、あとをついて離れなかった女の子がいたんだ。まだほんの小さい子でよう。結局、栄養失調で死んじまったが…。俺も相当、その子を可愛がっててな。そりゃあ泣いたもんだ。闇市で手に入れた法具と引き換えに、坊さんに荼毘(だび)に付してもらったんだ。小さな子だったからな。骨も小さくて真っ白だった。その、色を俺に見せてくれるかい」


 正直、セロファン師はまた戦争か、と思った。

 どうにもこの国の民衆は、未だに戦争の痕を引き摺っているらしい。

 …業火の色を見たいと言った男といい。

 業火の色も骨の色も、セロファン師の好みではなかったが、それはこの際問題ではない。

 老人が死ぬ前に、望む色を見せなければ。

 

 セロファン師は上着から、真っ白くて微かに青味がかった骨色のセロファンを取り出した。

 取り出してみるとそれは、密やかに静謐な美しさがあった。

 セロファン師は少し満足し、老人は初めて笑顔を浮かべる。

 

 そうして老人は前のめりにゆっくり倒れた。


 あの業火の色を望んだ男のように、この老人も満足だったのだろう。

 セロファン師は雑草の中から小さく白い名も知らぬ花を見つけると、手折って老人の背にそっと乗せた。


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