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青空隊  作者: 葱鮪命
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1年5組の桜人 中編

 小空(こそら)が通う、色科(しきしな)高校、通称シキ高は国公立高校だ。


 ロの字型の校舎は、四階建て。主に生徒らが授業を受ける教室があるA棟、科学室や音楽室などの特別教室があるB棟、そしてその二つの棟を繋ぐ渡り廊下であるC棟とD棟から構成される。


 C棟とD棟は二階には屋根付きの渡り廊下がある。しかし、三階は屋根がついていない「青空廊下」である。雨天時以外は開放されており、昼食時は生徒の憩いの場であったり、放課後は部活の使用場所になったりしている。


 小空は教室を抜け出して、その青空廊下にやって来た。


 コンクリートの上に何人かの生徒が弁当を広げて、青空の下で昼食の時間を楽しんでいる。

 小空はそこに知っている顔を見かけた。一人フェンスに背中をあずけ、顔を輝かせながら弁当箱の蓋を慎重に開けている少年だ。


(らん)ちゃーん」

 小空は彼に近づいて行った。そして隣に腰を下ろし、持ってきた弁当の包みを開く。


「青空廊下で食べようなんて、何か恋人みたいじゃね? あーんとかする?」


 小空がニヤニヤ笑って彼を見ると、既に彼の口はハムスターのようにパンパンだった。


「......その様子じゃ俺の弁当まで食っちまうな」

 小空が呆れ顔で言う。


「くれるのかと思った」

 口に入っていたものを飲み込んで、少年_____ 嵐平(らんぺい)は言った。


「やらんわ」

 小空はやっと弁当箱の蓋を開ける。三色のそぼろ弁当だ。栄養バランスがよく考えられた中身だった。鳥のひき肉、ほうれん草、卵が白米の上に乗っており、あまじょっぱい香りが食欲をそそる。


「うわ、うまそ」

 小空は蓋を持ったまま言う。


「さすが青咲(せいさく)

 嵐平も彼女の隣で頷いていた。


 小空は彼の弁当も覗いてみた。彼は特大唐揚げが二つも入った唐揚げ弁当だった。小空とは違って二段の弁当箱で、一段はおかず、もう一段はご飯だ。おかずの方には大半は唐揚げが占めているが野菜もたっぷり入っている。また、ご飯の方には小空の弁当と同じようにそぼろも乗っていた。


「嵐ちゃんのも美味そう」

「美味しい」


 既に二つ目の唐揚げが腹に消えたようだ。この量では足りないだろうに。明日にはもう一つ弁当箱が増えていそうだ。


「で、何で青空廊下なのさ」

 小空はそぼろがこぼれないように慎重に箸を運ぶ。


「......これ」


 嵐平がスマホを取り出して小空に画面を見せた。画面にはメールアプリのトーク画面が写っている。そこに「雨斗(あまと)」と名前があった。


「あまっちゃんからじゃん。任務?」

「帰りに買い物代行頼まれた」

「おお、って......嵐ちゃんどうすんのさ。部活動見学行きたいんでしょ?」


 小空はスマホから顔を上げて彼を見る。嵐平は既に入る部活を決めたようで、今日から部活動見学の期間が始まるのだ。


「行きたい。今日は桜餅作りするって言ってた」

「じゃあ俺一人じゃんかよ」

「でもそこまで大変な買い物じゃない」


 嵐平は小空に買い物リストを見せる。入浴洗剤や牛乳、豆腐など買う物の名前が並んでいる。


「まあ、いいけど......」


 小空は頷いて、食事を再開した。


 *****


「はー、美味かったー」


 綺麗に弁当を空にして、小空はフェンスに寄りかかった。


「嵐ちゃんは友達できたー?」

 小空は隣でうとうととしている彼に問う。


「......三人」

「へー。良かったじゃんか。可愛い子は?」

「......」


 完全に目を閉じて眠ってしまった。小空は呆れ顔で彼を見る。

 彼は食べ物にしか興味が無いので、女子どころか他の人間の顔などへのへのもへじくらいにしか思っていないだろう。むしろ出来た友達を三人だと認識できたことを褒めてもいいくらいである。


 小空は空を見上げる。少しだけ雲が出てきた。天気予報では雨は降らないようだが、せっかくの青空が少し残念である。


 雲が流れて行くのを見ていると、遠くの方でチャイムの音がした。昼休みの終わりを知らせるものだ。この五分後には、午後の始業を知らせるチャイムが鳴る。そのチャイムが鳴るまでに教室に戻らなければならない。


 小空は隣でうとうとしている嵐平の体を揺すった。


「嵐ちゃん、授業始まるで。俺先行っちゃうよ」

「後で行く」


 まだ動くには時間がかかりそうだ。小空は一人で立ち上がり、校舎の中に戻った。


 教室に戻るついでに、小空は嵐平のクラスである三組を覗いてみた。もちろん、可愛い子は居ないだろうか、という彼女の下心からの視察である。


 クラスメイトは、まだ時間に余裕があるのか楽しげに駄弁っていた。


 小空が窓の外から教室を眺めていると、


「......そこ邪魔」


 後ろから声がして、小空は驚いて振り返った。


 彼女の後ろには茶髪の少女が居た。顔立ちが日本人離れしているところから、どこかの国とのハーフだろうか。


 美人だなあ、と小空は彼女を見つめる。


「......退いて」

「あ、すみません」


 小空は横にひょいとズレて、道を空けた。


「あの」

「何」

「めちゃ可愛いですね」

「はあ?」


 凄い目で睨まれてしまった。さすがに直球すぎたらしい。


 どうしたら彼女を落とせるか、小空はすぐに考える。


「此処のクラスですか?」

「何で教えないとならないの」


 馴れ馴れしすぎたのが気に食わなかったようだ。女子生徒が小空を睨みつける。

 しかし、そんな冷たい視線を受けても、小空はうっとりしていた。女子生徒の目はサファイアのように青く透き通っていた。青空を閉じ込めたような彼女の目に、小空は心を奪われたのだ。


 当然、こんな美人を逃すつもりはないわけで。


「名前教えてください」


 彼女に詰め寄った。完全に変人を見る目をされてしまった。今度は返事もされずに、教室に入られてしまった。


「......可愛い子居るじゃん」


 小空はまだ教室に戻ってこない嵐平に向かってぼそりと言った。


 *****


 放課後、小空はもう一度嵐平の教室へと向かった。


 どうにかしてあの綺麗な女子の連絡先をゲットしたいのだ。可愛い女子への執着心は誰にも負けない自信が彼女にはあった。


 完全なるストーカーである。


「んー......」


 廊下で待っているが、なかなか彼女は教室から出てこない。どうやら週番のようで、その仕事を行っているようだ。


 ちょうど出てきた嵐平に問うと、


「日誌書いてる」


 と、短い答えだけが返ってきて、彼は颯爽と行ってしまった。一日中楽しみにしていた部活動見学なのだから足も早い。


「日誌かあ」


 小空はスマホを取り出して時間を確認した。


 雨斗から買い物代行の任務も頼まれているので時間を見て諦めるしかないようだ。だが、粘れるだけ粘るのが小空である。


 辛抱強く待っていると、遂にその時がきた。

 日誌を書き終わったらしい彼女は、今からそれを担任に届けるのか教室から出てきた。


「へい、彼女!!」


 小空が彼女の前に飛び出すと、


「......」


 くるりと方向転換をされてしまった。小空は慌てて彼女を追いかける。


「お友達になりません!?」

「忙しいの」

「せめて連絡先だけでも......!!」

「私に構わないで」


 スタスタと行ってしまうので、小空は取り敢えず諦めることにした。離れていく後ろ姿はやはり綺麗だ。小空はその姿を見てため息をつく。もちろん、感動の意味で。


 その時、小空の携帯が鳴った。


「もしもし」

 小空は操作して耳に当てる。


『任務入ってるの忘れてないよな』


 聞こえてきたのは雨斗の声だった。声がいつもより低いので怒っているらしい。どうやら依頼主には時間の制限を設けられているようだ。


「ごめんごめん、今行く。いやあ、すっごいの見つけちゃってさ」

『は? 事件か?』

「可愛い子ちゃん」

『切る』


 本当に切られてしまった。


 自分の周りはどうしてこうときめきがないのか。可愛い子を見て追いかけるのは基本である。


 ストーカーじゃないけど、と小空は心の中でつけ加えた。


「......しょうがないなあ」


 小空はスマホをポケットに入れて、今度こそ任務に向かうのだった。

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