突撃、手負猪! 中編
「家で犬と猫と、フトアゴヒゲトカゲ飼ってる人!!」
「昨日の朝ごはん、トーストにイチゴジャムかけた人!!」
「ここ一週間以内で、授業中居眠りして、体がビクッとなって起きた人!!!」
絶妙なお題を叫んで、グラウンド上を駆け回る生徒たち。応援席からは笑いが起こり、該当した生徒、先生までもが競技者と共にゴールへと走っていく。
「どんなお題だよ」
「昨日の朝ごはんなんて思い出せないや」
「そもそも食ってねえ」
「フトアゴヒゲトカゲって、この学校で飼っている人いるの?」
「二組の田中、爬虫類オタクだって聞いたぞ」
「田中連れて行けって言ってるようなもんじゃねえか」
此処は一年五組の応援席。借り物競争のゴールは、今五組の生徒たちが居る一つのトラック内にあるが、範囲はこの校庭全部。よって、このトラックでお題の該当者が居なければ、隣のトラックまで行って該当者を探す必要がある。
「フトアゴヒゲトカゲのお題、クリアです!!」
放送委員の声が聞こえて、応援席から拍手と歓声が巻き起こる。
「おいおい、まじか」
「しかも田中じゃないぞ」
「生物学の石橋先生だ」
「あの人、飼ったことない動物なんてプテラノドンくらいだって言ってた」
「トリケラトプスはあるのかよ」
一年五組の生徒が拍手をしていると、彼らの目の前に少女がやって来た。
「今世紀最高の美人だと自負する人ーっ!!!」
それは、黒髪を後ろで小さく結び、顔の横に余した髪を垂らした少女だった。彼女は夏凪 小空。一年五組の生徒の一人である。
「おう、小空。なんて?」
「今世紀最高の美人と自負する人!!」
「ナルシストかよ」
「男女どっちでも良いのか?」
男子の問いに対して、小空は「いや」と首を横に振る。
「絶対女子。男子連れて走るとか拷問かよ」
「ひでえ」
小空はパッと顔を輝かせた。
「峯岸さん! 自分のこと美人だと思ってない!? 私は思ってるよ、峯岸さんのこと! さあ、お手をどうぞ!!」
小空はクラスメイトの峯岸 結に手を伸ばす。結は顔を引きつらせて首を横に振った。
「なんで! 美人さんなのに!! 氷上さんは!? 夏音ちゃんは!? 石井さん!!」
次々と名前を呼ぶが、誰も彼女の手を取ろうとしない。
「みんな、自分に自信をもってくれよー! 五組の女の子みんな美人なんだから!! でもシャイなところが好き!!」
手でハートを作り、ウインクを決めると少女は次のクラスのところへと走っていった。
「夏凪、最下位だろうな」
「俺も思った」
「お題が悪い気がする」
「あれ書いたの山吹じゃないだろうな」
*****
グラウンドの声が遠い。校舎には人が居ないので、しんとしている。開け放たれた玄関からは、爽やかな秋の風が吹き込んできた。ぎし、と木の軋む音がした。生徒用玄関には、すのこが敷かれているのだ。
すのこの上には、一人の女子生徒が居た。手にはハンカチを持っている。彼女はトイレを済ませてきたのだった。体育祭中は、体育館のトイレも解放されているが、少女はわざわざ校舎内のトイレを使うのだった。人の気配のない場所と言うのは落ち着くのである。少女は、あまり体育祭に関心が無かった。
「早く終わらないかな」
少女は誰にも聞こえないほど小さな声で言う。校舎には人が居ないので聞くような人も居ないのだが。
彼女は、自分がクラスの中で少しだけ浮いていることに気づいていた。周りで話す最新の音楽の話にもついていけないし、漫画やアニメの話もよく分からない。母はきっと気が合う人が見つかる、と言ってくれているが、決してそんな日は来ないと思っている。少女にとって、教室は苦痛を生む場所でしかなかった。顔には出さないが、いつもそう思っている。
中靴から外靴に履き替えようとする手も、なかなか動かない。外靴を持ったまま、外から聞こえる歓声や放送委員の声にぼんやりと立ち尽くすだけだ。皆が居る応援席に戻るのが嫌なのだ。
もっと、それらしく振舞えたら良いのに。これも「血」が原因なのだろうか。
少女が悶々としていると、誰かが校舎に走って来る音がした。少女はハッとする。急いで靴を履こうとしたが、隠れてしまった方が良いかもしれない、と思い直し、体の向きを変えた。そして、自分はどうしてこんなに必死になっているのだろうと思うのだった。こんな気持ちになるならば、体育祭など来なければ良かったのだ。家でピアノの練習をしている方が、よっぽど有意義な時間を過ごせる。
そう思っていると、足が段差に躓いた。すのこと玄関の床とでは、微妙な段差があるのだ。「足元注意」と書かれた小さな張り紙もあるほどなのだ。
「みーっけ!!」
背中に声がかかった。床にぎりぎり手をつかずに踏みとどまった少女は、驚いて振り返る。逆光でよく見えないが、少女はそれが誰かすぐに分かった。彼女くらいしかいないのだ、自分にこうして明るいトーンで話しかけてくれる生徒は。
「夏凪さん」
「探したよー、菫ちゃんー」
夏凪 小空。五組の生徒だ。何故か他クラスの自分に懐いているのだ。しかし、彼女は女子ならば誰かれ構わず話しかけるという、ナンパ師として有名なのだ。
花村 菫は首を傾げた。自分を探していたらしい。お得意のナンパでもしに来たのだろうか、と思ったが、そうでもないようだ。
「どうしたの?」
「まあまあ、良いから良いから。ほい、靴履いて」
手からパッと靴が消える。それは一瞬で小空の手に渡ったのだ。「ちょっと」と彼女を睨むが、彼女は気にしていない様子だった。
「急いで! 校庭戻らないと!」
「はあ?」
意味が分からないまま、菫は靴を履いた。履き終わると、今度は手首を掴まれた。汗ばんだ掌が、菫の右の手首をしっかりと握っているのだ。
「な、何」
「走るよ!!」
そう言うと、彼女は校舎を飛び出した。彼女に校舎から無理やり連れ出され、校庭へと続く階段を降りると、周りの視線が吸い付いてきた。
「ねえ、何なの。なにこれ」
「借り物競争!」
キラキラとした笑顔で前を向きながら、小空が答えた。すると、放送委員の声がした。
「おっと、此処で五組の夏凪選手が戻ってきました。一人の女子生徒を連れています! グラウンドから出て行ったときはどうしたことかと思いましたが、試合を放棄していたわけではなかったようです!」
「当たり前じゃろ!」
小空が空に向かって笑う。周りから口笛や拍手が聞こえてきた。
「まだ間に合うぞ!」
「行けー!」
小空はぐんぐんとゴールに向かって行く。菫は文句を言うのも諦めて、彼女についていった。ゴールテープが見えてくる。何度も切られたようだが、いちいち次の選手のために張り直してくれるようだ。小空に右手を掴まれたまま、菫はゴールテープを切った。パン、パン、と二回、ピストルの音がした。試合が終了した合図だった。
「何位!?」
小空が近くにやって来た女子生徒に尋ねる。「最下位」とその女子生徒は淡々と答える。小空は「あっちゃー」と空を仰ぐ。最下位と聞いても、その顔に浮かんでいるのは晴れ晴れとした笑顔だった。少しだけ上がった息が、何とも楽しそうだった。
「もっと早く菫ちゃんをお迎えに行けば良かったかー」
小空が此方を向いたので、菫は目を伏せた。
「何で私?」
「そりゃ、お題に沿った人見つけたいじゃん?」
小空が言う。さっきの少女が「次の競技始まるから席戻って」と小空の背中を押す。小空は菫の手を握り直して移動を始めた。菫は、小空がもう一方の手に持っている折りたたまれた小さな紙きれに気が付いた。借り物競争____お題は、「クォーター」か何かか。
菫は無言で小空に手を差し出す。紙をよこせ、という合図だった。躊躇なく紙を渡して来たので、菫はさっと開く。
「自分を、今世紀最高の美人だと……自負する人?」
「そっ!」
菫は思わず紙を突き返す。
「私、ナルシストじゃないしっ!!」
「なかなか回りに染まらないからそうなのかなあって思っていたけど……違うのかー」
菫はムッとした。
「合わないだけだし、私に。周りの人が」
「それそれ!」
小空が弾けたように笑う。そこで彼女から手が離れた。応援席までやって来たのだ。
「私、菫ちゃんのそういうとこ好きー」
菫は足を止めた。小空は「あとで写真撮ろうね!」と言い、自分の応援席に戻っていく。菫はその場に取り残された。手の中には紙きれが一枚。菫はもう一度開いた。
ふっと出た言葉だった。周りが、自分に合わないだけ。
考えたことなかった。
吹っ切れるのも悪くないのかもしれない。自分がこういう人間だと、周りに思わせるのも悪くないのかもしれない。自分のこういうところを「好き」で居てくれる人間が居るのだから。
菫は既に応援席の生徒の渦に消えた少女の背中を目で追う。
自分も、応援席に戻らなければ。彼女がまた探し回るだろう。____いや。また隠れて、困らすのも良いかもしれない。
一人の少女の顔には、悪戯っぽい笑みが伝染していた。
*****
『さあ、この体育祭も半分の種目が終わりました。次なる種目は、一年生による騎馬戦! シキ高に入学してまだ一年経過していない、可愛いひよこ達……今こそ雄々しい羽根と筋肉を持つ雄鶏____いや、猪に進化する時! 騎馬が三人、騎手が一人、四人一組が弾丸となって相手のチームに突っ込む、誤れば大けが間違いなしの大迫力の競技になります! ホイッスルが鳴るまでに、残っているハチマキの多いチームが勝ち! 各クラスが生み出すキメラたちは、果たしてどんな戦いを見せてくれるのでしょうか……!』
放送席から熱い放送が聞こえてくる。
「熱入りすぎだろ」
「キメラて」
トラックには着々と選手が入場し始め、場所につき始めた。まずは男子の騎馬戦である。シードになった五組は、次なる三組との試合に備えていた。
「それでは、位置について……初め!」
秋空にホイッスルの音が響き、地を這うような雄たけびが校庭に轟いた。騎馬が激しくぶつかり、騎手たちが互いのハチマキに必死に腕を伸ばしている。制限時間は一分半。いくつかの騎馬がバランスを崩し倒れ、校庭の至る所で砂塵が舞った。騎馬が騎手を落とした場合、その選手たちは試合復帰が不可能である。最終的に残った騎馬が逃げ回る構図が出来上がっていた。
「うっひゃー。やっぱ他の競技に比べて迫力が桁違いだな」
「ありゃ怪我もするわ。今の時代に騎馬戦するのも珍しい話だよな。母ちゃんに言ったら目ん玉まん丸くさせてたよ」
騎馬戦に出場が決まっている五組の生徒は、トラックの円に沿うようにして試合を観戦していた。すぐ後ろには同クラスの応援席がある。
「あっ、倒れた」
「ありゃ勝負ありだな」
「まずいぞ、脳筋クラスの六組が残っちまった」
「野球部と柔道部で固めてやがったからな。ひー、こわい」
男子は体を寄せて、次々と倒されるクラスを眺めている。その一方で女子は、
「良い? 一組の塚本は最初に倒すよ。二方向から挟んで、騎馬の動きを封じるの。その間、残った騎馬は小空たちが引き付けてくれる?」
顔を青くする男子とは反対に、皆やる気である。
「私が騎手で良いの? みんなの上に乗るなんて恐れ多いのに」
と、小空。「うそつけ」とすぐ応援席から声が飛ぶ。
「お前が下になったら騎手落ちるわ」
「身長考えてもの言え」
小空は照れくさそうに頬を掻いている。「褒めてねえんだよな」と応援席。
「で、小空。分かった? いけるね」
「分かったよ鞠亜ちゃん。終わったらご褒美くれるって約束だよね?」
「うん。飴玉食べた後の包み紙だっけ?」
「そう、それ!」
「どういう取引してんの?」
「それ貰って嬉しいのか」
ホイッスルの音が響いた。いよいよ五組男子の騎馬戦が始まるのだ。男子たちの顔が引きつった。じゃんけんの結果、半強制的にリーダーにされた白石 日向が応援席を含めて男子を振り返る。
「お前ら、俺らは勝ちに行くんじゃない。いいか、女子の視線を浴びて良い気持ちになりにいくんだ。そこんとこ、分かってんだろうな」
「女子の前で言ってたら意味ないんだよな」
「最高にダサいぞ、今のお前」
男子が定位置についたのを眺めながら、残された女子は念入りな作戦会議を行っていた。
「他の騎手の情報が分からないんだよね。たしか久保って子と、三栗って子……」
「久保ちゃんは女子ソフトボール部の子だよ。小学校からソフトボールやってて、地元のキャプテンだったんだって」
小空がすらすら喋った。彼女の頭にはこの学校に通う全女子生徒のプロフィールが完璧に叩き込まれている。彼女を知って半年も経てば、もう誰も驚かない。
「三栗ちゃんは?」
「三栗ちゃんは陸上部だけど、お母さんの影響で小学校からバレーボールもやってる。身長は167cm。好きな色は緑で、好きな食べ物はヨーグルト。嫌いなのはレーズンで、小さい頃に黒豆と間違えて食べたら食感がだめで吐きだしちゃったことがきっかけで_____」
「あー、もういい。ありがとう」
「まだ三分の一も情報出してないのに!」
「たぶん、それは試合に関係ないからさ」
「いや、あの子レーズンって単語だけで動揺するんだよ」
「詳しく聞かせて」
ぴーっ!
「あ、男子試合終わった」
「負けてる」
「三十秒かかってなかったね」
*****
「っしゃー! 行くぞ!」
女子の騎馬戦が始まった。五組の対戦相手は一組である。
「小空、騎馬が崩れても、騎手が落ちなければセーフって扱いだから!」
「落ちそうになったら誰かに肩車してもらってね!」
「そんな難儀な!」
『それでは位置についてください!』
五組女子のリーダーになった小林 鞠亜は、騎馬の上に乗った。対する一組も準備万端のようだ。一組は頭脳派クラスと呼ばれており、頭で勝ちに行くクラスだと言われている。男子で決勝戦まで残ったのは、脳筋と名高い六組と、頭脳派の一組だった。
「女子ってのは男子の逆! 体育祭で可愛く見せようとしてるんだから! それをクマの如く薙ぎ払って一泡吹かせてやんの!」
『おーっと、今の言葉は五組リーダー、小林 鞠亜! 凄い気合いと偏見だ! これに対する一組の反応は!?』
対岸から声が上がった。マイクで拾い切れていないが、恐らく怒号だ。それを聞いた小空は顔面蒼白である。
「ね、ねえ鞠亜ちゃん。あんまり怒らせない方が……あっちには可愛い子たくさん居るんだよ……クラス行きづらくなっちゃう」
「小空は黙って前向いてろ!」
「押忍っ!」
ホイッスルが鳴った。騎馬が前進を始める。一組が狙ってきたのは、鞠亜の乗る騎馬と、小空が乗る騎馬だ。想定通りである。小空のような人気者を騎馬戦に引っ張ってきたら、大抵皆の目は彼女に向くのだ。校内であれだけ派手に暴れている彼女からハチマキを奪うという栄光は、彼女たちにとって最高のアドバンテージになるはず。
「まずは塚本! 行くぞ、突っ込め!」
鞠亜の指示によって、彼女の騎馬が一組の塚本の乗る騎馬とぶつかった。相手はリーダーなだけあって、女子の全てを捨てている。一方鞠亜も、負けじと相手のハチマキに腕を伸ばす。
「うっひゃー、女子こえー......」
「強い女だろ。俺は嫌いじゃないぞ」
「マジか。流石は杉野。どんな子にも惚れちまうお前を俺は尊敬するぜ」
「小空は無いな」
「当たり前だ」
「男子に見向きもしない点で、恋愛対象から外れてるんだよな......」
砂にまみれた男子たちの会話である。
『おっと、ここで一組の久保騎手、落馬してしまいました! 地面に足を着いたということで、失格になります!』
「おお、小空も頑張ってるな」
女子の騎馬戦は男子に負けず劣らず派手だ。一組の久保が乗っていた騎馬が大きく体制を崩して、大量の砂埃を巻き上げたところだった。作戦会議では、小空が一組の久保と三栗を引き付ける役になっていたはずである。
「わああ、久保ちゃん、大丈夫!? 足捻挫しとらん!? 待ってて、今降りて救助......」
「小空ちゃん、降りちゃダメだからね!!」
『夏凪騎手、何と落馬した相手騎手を心配して、自ら馬を降りようとしています!! これは裏切り行為となるでしょうか!!』
「アホーッ!! 乗っとけ小空!! 降りたら承知しないからな!!」
すぐさま鞠亜の怒号が飛ぶ。
「何してんだマジで」
「正直男子の試合より面白いな」
「くそ、弱くて見所も無かった俺たちって一体......」
「やめろ、泣かすな」
本部に設置されたタイマーに目をやると、あと一分残っている。男子はこの時点で一騎も残っていなかったが、女子は未だ全員無傷である。
「いけ、鞠亜! 俺らの仇を取ってくれ!」
「このままじゃ家に帰れねえ!」
「それどころかクラスにも入れねえ!!」
五組男子の情けない声援に熱が入って来た。
『あーっと、ここで五組の冬田騎手、塚本騎手にハチマキを取られてしまった! 残るは各クラス二騎ずつだ! 残り四十秒! 五組小林騎手、未だ一組塚本に苦戦! 五組小空騎手、動く! 小林の守備に回るか!?』
「くっそ、ちょこまか動くな!」
鞠亜は塚本の頭に腕を伸ばすが、塚本は背を逸らしてそれを交わし、鞠亜が前に出てきたところを狙って手を伸ばしてくる。それを何とか避けた鞠亜だが、急な動きによって体制は崩れた。鞠亜を背負っていた伊丹 樹里が声を上げる。
「鞠亜ちゃん、いったん離れよう!」
鞠亜はタイマーに目をやった。デジタル数字は「32」となっている。
「ダメ! 真紀ちゃんやられたから、1-1だもん! 残りは一気に攻めよう!」
「で、でもあの、騎馬が_____」
必死の鞠亜には、騎馬の声など聞こえなかった。隣のトラックで行われている長縄跳びのカウントの音が大きいのもあった。己が乗っている騎馬の状況を把握できるほどの耳の余裕が無かったのだ。
鞠亜は右腕を伸ばしながら、そう言えばと今さっき耳が拾った実況を思い出した。同じく騎手をしていた冬田 真紀がハチマキを取られたというのは聞き取れた。もうひとつ、何か新しい情報を言っていた気がする。小空が_____そうだ、小空。彼女の名前がどうして呼ばれたのだろう。
その時、応援席から何かどよめきのようなものが起こった。それと同時に、鞠亜の身体が大きく傾いた。伸ばしていた右腕は、塚本のハチマキから大きく逸れ、真っ青な秋の空を掴もうとしていた。すべてがスローモーションだった。
逆さの視界に、真っ青な五組のメンバーの顔と、地面に倒れた騎馬たち、そして、視界一杯に飛び込んでくる小空の姿があった。砂塵が舞った。試合終了の笛が、秋空に甲高く響き渡った。




