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青空隊  作者: 葱鮪命
30/54

改心させよ、虫篝

「あー、涼しい」


 ガラスの自動ドアが両方に開き、奥からは涼しい風が吹き出してくる。小空こそらはその風を体で受け止めて店の中に入った。隣には雨斗あまとが居る。二人は電車に乗って、隣町の家電量販店に来ていた。


 土日の朝なので、客もまだ少ないだろうか。


 そう思っていたが、店内は人がそれなりに居る状態だった。


「セールでもやってんの?」


 小空は隣の雨斗に問う。


「そうだな。ポイントデーらしいから、それで多いんじゃないのか」


 彼はそう言って、お目当てのパソコンコーナーへとすたすた歩いていく。


 彼の代名詞とも言えるパソコンの調子が悪いらしい。青空隊の任務を一括で管理しているものなので、壊れると困るのは依頼主たちもだ。


 小空はと言うと、家に居ても適当な依頼をされて外に出されるので彼についてきたのだ。しかし、今日の外気温は今年一番の暑さである35度。アスファルトから上る熱気に心身ともに疲弊していた。


「あまっちゃんも、それ目当てで来たの?」

「まあ、自分に有益な店選ぶだろ」


 パソコンコーナーにやって来ると、最新のパソコンがずらりと画面をつけて並んでいる。正直、小空の目にはどれも同じように見えた。むしろ彼女の目を引くのは、ポップで太陽のような笑顔を浮かべている女性の写真だ。


「こちらはいかがでしょう」


 雨斗は遠くで店員と話し合いながら、真剣に選んでいるらしい。小空は他の家電製品を見ながら時間を潰す。そういえば、青咲せいさくが食器洗浄機を欲しがっていたことを思い出した。


 青空隊は大きな任務になると、隊員総出で出動せざるを得ないので、家のことが疎かになってしまいがちなのだ。綺麗好きの青咲からして、シンクに汚れた食器が山積みになっている状況は、発狂ものに違いない。


 そんなことを考えていると、雨斗が戻って来た。


「お、決まったの?」


 小空が問うと、彼は首を横に振った。


「今日は買わない」

「え、いやいや。買っちゃいなよ。あんなに真剣に見てたじゃん」

「いや、もう少し他の場所を見る。今日はいい」

「マジか......」


 わざわざここまで来て買わないことがあるだろうか。


 確かに雨斗の機械に対する情熱はなかなかだ。自分が納得しないものは決して買わないのだ。こだわりが強いところが玉に瑕である。


「あまっちゃんって、時々面倒」

「悪かったな。お詫びに昼飯おごる」


 小空に言って、雨斗はスマホを取り出した。近くのレストランを調べているようだ。見つかったのは、中高生に人気の、格安レストランチェーン。二人はそこに向かって歩き出した。


「これ以上暑くなったら溶けちゃうね」

「そうだな」


 体感気温はそれ以上だ。アイスではなく、かき氷を食べたいと思えるそんな暑さだった。早く店に逃げ込みたいが、目的地は此処から10分は歩く。


「あっちー」


 小空は空に向かって嘆く。

 どこかで彼女の声に答えるようにツクツクボウシが鳴きだした。


「もうちょっとで夏休みだけど、大きい任務ある?」

「いや、今のところはないな。あるとしても、買い物代行だろうな。暑いからみんな外に出たがらないだろうし」

「うっはー、それは俺らがきついな」


 小空が苦笑した。


「依頼代はその分多めにとるけどな。小遣い稼ぎだと思って頑張れ」

「いいよなあ、あまっちゃんは。涼しい部屋でパソコン見てるだけだもん。透真とうまだって頑なに行きたがらないだろうしさ」

「あいつにはゲームの使用時間の制限を設けるつもりだから、大丈夫だ」

「かわいそー」


 小空はけらけらと笑った。


 他愛もない話をしている間に目的の店に到着した。店に入ると、体にじっとりとかいていた汗がすっと消えていく感覚になる。


 12時前なので店は空いていた。小空と雨斗は早速席に通される。ソファーのある、大人数が座ることができる席だった。


「ただいま、カップルキャンペーンを行っているのですが」

 席に着いたところで、店員がメニュー表と水を置きながら二人の顔を交互に見た。目を細める雨斗に対して、小空はニヤニヤ笑っている。


「デザートが割引になるのですが、いかがいたしましょうか」

「お願いします」

「それで」


 小空と雨斗の声が重なった。

 かしこまりました、と店員が微笑む。


「お決まりになりましたら、そちらのボタンでお呼びください」


 そう言って去っていった。小空は早速メニュー表を開く。


「何食べてもいいの?」

「常識の範囲内ならな」

らんちゃんじゃあるまいし」


 小空は笑って、「そうだなー」とメニュー表を眺める。どれも美味しそうだ。一番人気はグラタンらしい。この暑さでは、あまりそそられない。それよりは、冷製パスタの方が美味しそうに見えるのだった。


「うーん、パスタも良いなー。ああ、でもデザート食いたいし、もうちょっと量が少ないのが良いな」


 小空はページをめくり、他の料理を探し始める。雨斗はスマホを眺めて待っているようだった。


「あまっちゃんは何か食う?」

「いや、いらない」

「えー、食おうよ。思い切ってパフェとかさ。あるよ、あまっちゃんが好きそうなの」


 小空はパフェのページを指さす。その指先には抹茶パフェがあった。小豆や、最中といった、和を詰め込んだボリューミーなパフェだ。雨斗はスマホを置いてそのパフェを見た。


「一人じゃ多いな」

「俺も食べるからさ。これにしよ」

「まあ」


 彼は再びスマホに戻る。

 小空もメニューのページを戻した。


「うーん。やっぱ、暑いから冷たいもん食いたいよなあ。よし、決めた!」


 小空がボタンを押した。店内にピンポーン、と音が鳴り響く。彼女はワクワクした様子で待っている。可愛い店員が来ることを期待しているのだろう。


 やがて、大学生ほどの若い女性の店員がやって来た。


「えっと、鉄板焼きハンバーグと、抹茶パフェお願いします!」

「鉄板焼きハンバーグと抹茶パフェですね。パフェは食後にお持ちいたしましょうか?」

「一緒で!」

「かしこまりました」


 小空の返事は元気が良い。

 店員が去った後で、静かな空気が二人の間に流れた。


「......」

「......」

「突っ込まんの?」


 小空が身を乗り出して聞いてくる。雨斗は面倒くさそうに目を細めた。


「パフェは食後だろ」

「あー、そっちかあ」


 冷たいものを頼むんじゃないのか、というツッコミを期待していたらしい。しかし、小空は残念そうなそぶりを見せずに笑った。


「カップル割だって。恋人に見えたのかな?」

「二人で入店した客全員にやってるんだろうな」

「ここに一人いたら帰ってもらってたよね」


 小空はメニュー表を閉じて、ラックにかけた。


「そんで? 何でこんなレストランに来るわけ? こんな暑さなら絶対にすぐ帰ると思ってたのに」

「海外任務の話がまとまって来たからな。軽く話しておこうと思って」

「なるほどー」


 青空隊が受け持つ任務・依頼は多岐に渡る。買い物代行や、掃除など。それぞれの能力に特化した隊員が任務に向かうことになる。


 今控えている大きな任務は、海外でのものである。今まで二、三回、海外での任務は行ってきた。


 基本的な任務は日本とは変わらない。海外に住んでいるとどうしても食べられない日本のお菓子を買ってきてくれ、という依頼に始まり、海外出張なので行くことのできないライブ限定のグッズを買ってきてほしい、など。他にも、現地で依頼をもらうこともある。今まであったのは、公共施設の掃除、即行の通訳などだ。


「で、今回はどんな感じなんだっけ」


 小空は水の入ったグラスを自分の方に引き寄せた。


「あるパーティーへの潜入だ。そこの会場で取引されるものを、相手の手に渡る前に俺らで取ってくる、というものだ」

「何だか怪しそうな匂いがプンプンするなあ」

「そうだな。もともとパーティーも、その取引きを行うためだけに行われるフェイクのものだ。俺らは依頼人の代理として参加することになっている」


 雨斗がスマホをいじりながら説明を続ける。


「そのパーティーに集まるのは、世界的な犯罪組織のトップだと予想されている。取引されるものは、入念なテロの計画書らしい。内容は誰も知らない。だが、それが相手に渡るとただでは済まないということだな」


「テロねー。怖い怖い。冷房効きすぎじゃない、此処? 寒くなってきちゃった」


 小空が二の腕を擦りながら言う。


「依頼主はどんな人なの?」

「ある国のトップだ。隊員にもこれは言わないことにしてる」

「あー、あまっちゃんったら。すーぐお偉いさんと関係持つ」

「変な風に言うな」


 雨斗が「それで」とスマホを操作した。


「小空には、基本的に裏で大きく動いてもらう。計画書を奪うのがお前の仕事だ」

「お偉いさんっておじさん多そー」


 小空が顔を顰めながら言った。雨斗は気にせずに続ける。


「青咲は主に会場の見張りだな。透真と嵐平らんぺいは別ルートで動いてもらう予定だ」

「あまっちゃんは指示出し?」

「そうだな。パーティーの前日に、金庫のカギを相手から奪う仕事がある」


 小空がニヤニヤと悪い笑みを顔に張り付けた。


「あー、またやるのか。あまっちゃん、体で誘うの上手なんだから~」

「でかい声で言うな」


 雨斗が軽く睨むと、「お待たせしました」とさっきの店員が戻って来た。手にはじゅわじゅわと音を立てる、ハンバーグが乗った鉄板。そして、抹茶パフェがある。


「うわ~! 美味しそう~」


 小空がさっきまでの笑みを引っ込めて、明るい笑顔を店員に向ける。


「こちら、お熱くなっておりますので火傷に注意してお召し上がりください」

「は~い」


 雨斗の前にはパフェが置かれた。彼は小さく頭を下げただけだった。


「ごゆっくりどうぞ」


 店員が下がり、小空は早速フォークとナイフを手にする。


「あまっちゃんも頼めばよかったのに。腹の音がこっちまで聞こえてんぞ~」

「いらない。こんなに暑いのに」

「今朝焼き魚食ってなかった?」


 小空はハンバーグを一口大に切り分け、口に運ぶ。中にチーズが入っているのでさらに熱い。はふはふと熱を逃がしていたが、結局大量の水を口に含む羽目になった。雨斗はそれを見ながら、スプーンを手に取る。彼も黙々とパフェを食べ始めた。


「とりあえず、本当に大きな任務みたいだねー。どのくらい報酬もらうわけよ」

「此処では言えない」

「家一軒建ちそうな感じか」

「それくらいだな」

「はえー。俺ら金持ちー」


 小空は歌うように言って、再びハンバーグを切り分ける。溢れたチーズに切ったハンバーグを潜らせて口に運ぶ。そして再び水で口内を冷却するのだった。


 二人が黙々と食べ勧めていると、突然店内を轟かす怒号が聞こえてきた。


「だから、責任者を呼べって言ってるだろ!」


 それは、店の入り口付近にあるレジカウンターからだった。小空は椅子の背もたれから顔をのぞかせて、その様子を確認する。


 中年の男性が、レジの店員の向かって顔を真っ赤にしているのだ。さっきの怒号の主は恐らく彼だろう。


 その後の話を聞く限り、店の食べ物にビニールが混入していたらしい。どうやら、数日前にここでテイクアウトしたもののようだ。レシートは無いようで、そもそも買ったのかどうかすら怪しい雰囲気があった。それもそのはず、彼は買ったものを頑なに教えようとしないのである。


「お客様は神様じゃないのか?」

「申し訳ございませんが_____」

「謝って済む話じゃねえだろ!」


 すっかり店内の雰囲気は凍り付いていた。小空たちと離れた席で食事をしていた熟年の夫婦も、会話を止めて食事に専念している。早く食べて立ち去りたい、という雰囲気が出来上がっていた。


 雨斗がパフェの上に乗っている小豆をスプーンに乗せようとすると、すっくと小空が立ちあがった。


「おい」


 彼女はすたすたとレジのほうに歩いた。男性の目が此方を向き、再び目の前の店員に向けられる。レジ横のトイレに向かうとでも思われたのだろう。しかし、小空は彼の視界に無理やり入り込んだ。


「こんにちは! 奇遇ですね!! 私も神様なんですよ!! 神様同士、外でお話しませんか?」


 彼女の笑みから溢れる負のオーラに男性はたじろぐ。


「ささ、行きましょう!」


 小空は彼の背中を押して、レストランの外へと連れて行った。


 *****


「ごちそうさまでしたー」


 外に出ると、再び日光が容赦なく襲い掛かって来る。折角冷房で冷めた体も、じりじりと焦がされ始めた。


 雨斗は隣の少女に納得いかないような表情を投げている。それもそのはず、彼は彼女におごると言っていて、その財布から一銭も出していないのである。


「なんだよ」


 小空が雨斗の視線に気づいて、笑った。


「あのおじさんに払わせたのが申し訳ない?」


 彼女の話によると、外であの男性の説得に成功したようで、彼は猛省したとのことだった。


 一体何を言ったのか、と聞いてみると「暴力は振るってないよ」の一点張りであった。それ以上聞いても答えないので、雨斗は良しとした。


 しかし、それだけでは終わらず、男性は小空と雨斗、そして店の中に居た客全員の分の会計を済ましたらしい。理由を聞けば、不快な思いをさせてしまったことへのお詫び、とのことだった。


 一体、本当に何をされたのか。


 時々、何をやらかすか分からない彼女の行動には、長い間共に居ても驚かされるものだ。


「まさか、最初からそれが狙いで突っかかっていったんじゃないだろうな」

「ははは」


 冗談ともにつかない笑いに変えられてしまった。

 雨斗は小さくため息をつく。


 それと同時に、つくづく似せているな、とも思う。


「あ、入道雲」


 小空の声が弾んだ。空にどっかりと浮かんだ白い塊。青空に浮かぶその塊は、彼女の大好きなものである。


「今年も夏が来たな」


 何気なく雨斗はそう呟いた。


 梅雨明けのニュースがこの町にも近づいてきた。それは、一年の内で待ちわびていた時間が訪れることを意味する。


 すべてが始まった、特別な季節。


「来たね」


 出来上がっていく夏の舞台に、少女の声は溶けていく。

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