令嬢は熱々のものを食べたい
『転生したら宿屋の息子でした』のコミック1巻が6月7日に発売です。
王都のパーティーに出席することになった私は、父上と母上に同行して王都へ向かうことになった。
現在は父上の旧友に会うために、少し遠回りをしてルベラという街に滞在している。
アクシデントもなくやって来ることができたので、予定よりも早めにつくことができた。
父上と母上は少し疲れたようで休みたいみたいだったけど、私は初めての街にワクワクしてしまいジッとしていることができなかった。私は外を歩き回ることを願った。
父上と母上は執事であるバスチアンと一緒なら、という条件付きの下で外出を許可してくれた。
本当は一人で気ままに歩いてみたいところだったけど、見知らぬ街ということや安全性を考えると仕方のないことだ。出歩けるだけでもありがたい。
「ここがルベラね」
宿を出て歩くと、ルベラの街は意外と綺麗だ。
馬車から眺める光景と自分の足で眺める光景は全く違う。
「田舎街って聞いていましたけど、意外と大きいですわね」
「ルベラ周辺には多くの集落や村が点在しております。そこから多くの者が布、食料、鉱石などの特産品を持ち込むことにやって賑わっているのです。立地こそ田舎ではあるものの、他の街と比べて大きく劣ることはありません」
景色を眺めながら呟くと、後ろを歩くバスチアンが説明をしてくれる。
「なるほど、交易都市のように各地からの流入があるんですのね。この賑やかさにも納得ですわ」
そんな風にバスチアンから街についての知識を聞きながら練り歩いていると、朝から実に賑やかな通りを発見した。
しかも、そこからはやたらといい匂いがしており、まだ朝食を口にしていなかった私のお腹が小さく音を立てた。多分、バスチアンには聞こえていないはず。
「バスチアン、あちらはなんですの?」
「屋台街ですな。プロの料理人から素人までが入り混じった料理を販売する場所です。中央広場から通り四つほどは全てが屋台になっております」
「まあ、そんなに? 少し覗いていきましょう!」
王都の屋台街にも劣らない広さだ。
屋台街には未だに足を踏み入れたことがなかったので早速私は足を進める。
通りの両端には屋台が並んでおり、ズラリと奥まで続いている。
やや料理が重なっているものもあるが、様々な料理が売られており、そこらからかぐわしい匂いが漂っていた。
平民や職人、冒険者と数々の人が入り乱れて熱気のようなものを作っている。
両端に屋台があるので首が忙しい。
見慣れぬ数々の料理を前にして、感動しながら屋台街を歩いているとジュワアアッとしたいい音がした。
その音の発生源は、赤い髪の少女と目の死んだ茶髪の少年が営んでいる屋台。
少女は大きな鉄板の上に載せた平べったい肉と丸いパンを焼いており、肉が焼けるいい匂いと甘い小麦の香りが漂っていた。
少年は油の入ったフライパンに何かを浮かべている。こちらは見た目こそ地味だが、ジャガイモの柔らかい匂いを漂わせている。何より油で揚げられている音が素敵だ。
「なんですの? これ?」
思わず近寄って尋ねると、目の死んだ少年が戸惑いながら教えてくれた。
少女が焼いているものがハンバーガーというものであり、パンに肉や野菜を挟んだ料理。
そして、目の前の少年が作っているのはジャガイモを薄く切って油で揚げたものだとか。
料理のしない私でも何となくどんな料理かはわかった。
何故だろう? この辺りにはたくさんの屋台があり、ここよりも豪華な料理を提供しているところもあった。しかし、これらの料理が非常に気になる。
無償にその料理が食べたくなった私は、思わずその場で注文する。
うふふ、このような屋台街で料理を注文するなんて初めて。
私のような貴族の娘が平民の集う屋台街で食事をするなど、好ましいとはいえない。
しかし、今回は見識を深めるために父上と母上から正式に許可を頂いている。
お目付け役のバスチアンも咎めることはなかった。
なんだか悪いことをしているようでドキドキしますわ。
なんて浮かれていると、少年は列に並べと言ってきた。
貴族である私が立ったまま列に並ばされることに憤りを感じたが、それがここでのルールであるとバスチアンに言われ、私は素直に従った。
いくら貴族であろうと権力が通じない場所があるというのは知っている。それに何より外で揉め事を起こせば、次回の外出の許可が下りないかもしれない。
私としてはそれこそ避けたいことだった。
少女と少年が次々と料理を作っては売っていく様子を眺めていると、あっという間に私の順番となった。
きちんとルールに則った私は、正式にハンバーガーとポテトフライなる料理を注文した。
銅貨五枚と引き換えに、紙袋に包まれたハンバーガーと三角袋に入れられたポテトフライなるものをいただく。
二つとも温かく、非常にいい香りをしているが、これだけでどうやって食べるというのだろう。
皿がなければ食材を置くこともできないし、ナイフやフォークが無ければ口に運ぶことすらできない。一体、どういうことかしら?
思わずその旨を少年に尋ねると、どうやらこの料理は立ったまま手で食べるらしい。
歩きながら食べる。立ったまま食べる。それは淑女としての教育を受けてきた私にとって、はしたない、行儀が悪いと言われる行いだ。
しかし、周りを見渡して見ると、それがさも当然のように歩きながらハンバーガーやポテトフライを食べている者たちがいる。
ここでのルールに則るのであれば、アレが正しい姿。
しかし、長年染み付いた価値観や作法は私に凄まじい拒否反応を抱かせる。
そんな私の葛藤を見抜いたのかバスチアンは持ち帰れるように少年に頼んでくれた。
大きな厚手の紙袋に入れてもらった私は、バスチアンと共に屋台を去る。
「お嬢様、どうなさいますか?」
「ひ、ひとまず、宿に戻ります。そこで食器を用意して食べます」
私の腕の中で温かい熱を放っている料理。
袋の隙間からとてもいい匂いを発しているけど、今すぐ食べることはできない。
従って私は宿に一旦戻って、そこで食べることだった。
「承知いたしました。では、一旦宿に戻りましょう」
●
「うう、すごい匂いですわ。これ……」
滞在している高級宿に戻ってきた私。
しかし、ハンバーガーとポテトフライの香りは凄まじく、護衛の者や宿の従業員、他に滞在している客といった人々に好奇の目を向けられた。
何人かにはそれはどこで買ったものだと尋ねられて恥ずかしい思いをしたものだ。
でも、部屋まで戻ってこれれば一安心。
従業員が持ってきてくれた食器に、バスチアンがハンバーガーとポテトフライを盛り付けてくれた。
「どうぞ」
「ありがとう、バスチアン」
やはり、皿の上に盛られてこそ料理。
今の私に道端で立ち食いをするなどとレベルの高い行いはできない。
だからこうして、いつもの作法に則って食べる。
まずはお皿の中央に鎮座するハンバーガーをフォークで切り分ける。
パンで具材を挟み込んでいるので、どうしても小さく切り分けることは難しい。
やや大きなサイズになってしまうが、私の口でも十分に入る。形が崩してしまうよりもこの方がいいだろう。
切り分けると焼いたお肉から肉汁が飛び出す。とても柔らかく、美味しそうな香りだ。
肉の他にもスライスされたトマト、とろけたチーズ、種類の違うレタスが挟まっていることに気付いた。サンドイッチと似たような食べ物であるが、非常に色どりが豊かだ。
その美しさに感嘆し、いつもより少し大きめに切ったハンバーガーを口にする。
最初に感じたのはパンの柔らかな甘み。表面はカリっと焼き上げられており、小麦の風味が強く感じられる。
それから変わった形をしたお肉。噛みしめると中から肉汁が飛び出し、口の中で旨身が広がる。
「このお肉柔らかいっ!」
塩胡椒で味が調えられているだけでなく、甘辛いソースが塗られており、その相性が抜群だ。肉を追いかけるように濃厚なチーズの味がし、酸味のあるトマトが覆いかぶさる。
人によってはややくどく感じてしまう味であるが、瑞々しく二種類の歯応えを楽しめるレタスがそれを受け止め、中和していた。
「お、美味しい……」
平民の料理などと甘く見ていたが、実にハイレベルな料理だ。
「こっちのポテトフライはどうなのかしら?」
パクパクとハンバーガーを口に収めていくと、皿に盛り付けられた細いジャガイモが気になった。食休めとばかりにこちらも口にする。
表面はサクッとしており、口の中に広がるほっこりとしたジャガイモの味。
しっかりと熱が通されることでジャガイモの旨みが跳ね上がっていて、こちらも美味しい。
「美味しいはずなのに、何かが足りない……」
香ばしく焼き上げられた表面に、ほっこりとしたジャガイモの味に。十分に美味しいはずなのだが、この料理はこれがあるべき姿なのではないという直感が働いた。
「こちらに戻ってくるまでの間に冷めてしまいましたからね。ポテトフライは熱い内に召しあがるのが美味しいと注文した客が言っておりました」
「やっぱり! でも、それじゃ私はどうやって……」
熱々のものを食べるにはその場で食べるのが一番。
しかし、令嬢たる私が外で立ち食いなどという恥ずかしいことは。
でも、ハンバーガーもポテトフライも一番美味しい時に食べてみたい。冷めてもこれだけ美味しいのであれば、熱々なのはどれほど美味しいのだろうか。
「屋台で作っていた少年と少女のことを調べましょう。もしかすると、どこかのレストランで働いている者かもしれません」
「そうね! お願いするわ!」
これだけ美味しい料理が作れるのだもの。きっと有名なレストランで働いている見習いに違いない。憂いがなくなった私は笑顔で食事を再開する。
今度は屋台などではなく、そのレストランに出向いて出来立てのものを優雅に食べれば良いのだ。
冷めているとはいえ、ハンバーガーもポテトフライも美味しい。
これが熱々となれば、どれだけ美味しいのかとても楽しみだ。




