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第十九話 姉

天文十八年、俺は新五郎兄貴の享年を越えて二十歳となった。


先代様が亡くなり、その跡を継いで当主となり結婚もした。

昨年は怒涛の一年であったが、躓くことも停滞することもなく前へ進まねばならない。


* * *


さて、先代様の頃から周防の大内様を後ろ盾としている当家であるが、これまで雅楽頭様の嫡男・七兵衛が遊学という名目の人質として周防に滞在している。

そして今回代替わりの挨拶も兼ねて、俺の従兄弟である右兵衛尉を新たに周防に送っていた。

右衛門尉には、現地での人脈作りなどをするという使命を与えている。


先日届いた文によると、大内支族の冷泉左衛門や陶一族の陶兵庫、同中務らと懇意にしているとあった。

余り目立つタイプではないが、穏やかな気性がいい方向に働いて上手くやってくれているようだ。

七兵衛には引き続き、大内様の下で文治を学ばせよう。

いずれも当家の未来を背負う大事なお役目だ。

頑張って貰いたい。

これに雅楽頭様や福地長門と連絡を密にさせ、伝手を広げて行く様指示しておこう。


さて、問題はここからだ。

先年は色々あって手を付ける余裕がなかったが、近隣の豪族たちへの対処を考えねばならない。

各地に手紙を持たせた使者は送っているが、出来れば自分で直接相対しておきたい。


特に領地を接している小田駿河と長年の同盟者である小城の西千葉。

そして同族である高木肥前と同能登に、加えて姉婿でもある八戸下野を重視している。


大内様より神埼郡と三根郡を代官として預かっているが、それはあくまで当時少弐屋形が領していた領土のみであり、それも一部の重要拠点は大内様の直臣や別の代官がいる。

これらとは、外部に隙を見せない様に今まで以上に連携を取れるよう、取り計らわなければならない。


少弐屋形が肥前から追い出され、今は大人しくしている少弐系の領主たちが何時蠢動しないとも限らない。

特に神代と江上、それに東千葉は要注意だ。


* * *


という訳で、まずは義兄でもある佐賀郡八戸城主・八戸下野と会うことにした。


相手は義兄ということもあり、敬意を表する意味でもこちらから伺うのが良いだろう。

老臣連中は一部難色を示したが、ここは押し通した。


俺は家老の播磨守と、本庄の鍋島駿河を連れて八戸城を訪れた。

側近の石井尾張はもちろん帯同している。

しかし実姉に会うのは俺の意識上、初めてのことだ。


「ご無沙汰しております、義兄上殿。山城守です。」


「十数年ぶりとなるな、義弟殿。八戸下野守だ。」


「姉上も、お久しぶりです。」


「ああ、あの小さかった長法師丸がこんなに立派になって。姉は嬉しく思います。」


だが長法師丸君は会ったことがあるようなので、話を合わせる他ない。

小さかったから覚えてない、と言って通しても良いのだけれど。


「此度は宗家相続のご挨拶に罷り越しました。」


「態々忝い。義弟殿が宗家を継ぐとは、心強い限りよ。」


しかしどうにも、言葉が上滑りしているような気がする。

お互い、ちゃんと目をみて会話出来ているのだが。


「実の姉と積もる話もあろう。別室に案内させよう。」


そう言って配慮してくれるのだが。

俺とは余り話したくないのか?

そう邪推してしまうほどアッサリした面会だった。


* * *


「改めて、姉上。ご無沙汰しております。」


小さ目の客間のような場所で実姉と二人にされた。

戸の向こう側には家臣や侍女が控えているのだが、まあ配慮されているのだろう。


「ええ。でも私の事、あまり覚えていないでしょう?」


「うっ…。ばれてましたか。」


「ふふ。そんな気配がしたもの。」


ばればれだったようだ。

しかし公の場だったので軽く流してくれたのか。


「何分幼き時分でしたので。何となく、記憶にあるような、ないような…。」


「まあ、そんなものでしょうね。私は小さかった貴方の顔、覚えてますよ?」


ドヤ顔でそんなことを言われましても。

なんだかこの人、凄く可愛いな。

きっと義兄にも愛されているのだろう。


「夫婦仲は良好と聞きましたが。」


「そうねぇ。良い夫婦であれていると思うわ。嫡男も産めたし。」


「なんと。それは知りませなんだ。」


「ごめんなさいね。旦那様は龍造寺をあまりよく思ってらっしゃらないの。」


やはりか。

何となくそんな気はしていた。


「しかし姉上のことは大事になされているようですが。」


「あら、そう見えた?ふふ。でも確かにそうねぇ。何故かしら…。」


人差し指を口元に充てて「んー?」と悩む姿はやはり可愛く思う。

姉だけど。


きっと義兄殿も、この可愛さにやられたのだろう。

龍造寺のことを良く思っていないことよりも、この可愛さが上回ったのではないだろうか。

そう思える可愛さだった。

姉なのが残念に思えるほどに…。


「そういえば貴方も結婚したのよね?おめでとう。」


「ありがとうございます。」


したのですけどね、まだ全く話せていない。

少しでも慰めになるよう、孫九郎や久助君を呼んだりしているのだが…。


一方、養女の於安はかなり懐いてくれている。

一日一回、外泊の時以外は必ず一緒に過ごす時間を取っているのが功を奏したか。


「そのことで、実は姉上にご相談したいことが…。」


せっかくなので姉上に聞いてみることに。


「ふぅん。亡くなった旦那様のことで傷心の奥さんかぁ…。うーん。」


例の仕草で可愛く悩む実の姉。

眼福だ…。

などと思ってしまう俺はきっとダメな奴なのだろう。


だがこれは浮気ではない。

姉だもの。


「何とも言えないわ。時間が解決してくれるとは思うけど…。」


そうだよな。

別に急いではないし、大丈夫だとは思うのだが。


「力になれなくてごめんなさいね。いつか、直接会って話してみたいわ。」


「いえ、大丈夫です。是非、お願いします。」


* * *


「そういえば私が生んだ嫡男なんだけど、貴方にとっては初甥よね?」


「そうなりますね。」


「せっかくだから顔を見て行ってあげて。…誰か!飛車松をここに。」


そうして連れてこられた飛車松はまだ幼いが、可愛いものだ。

しかし於安とはまた違った可愛さであるな。


義兄と姉とどちらに似たのだろうか。

姉に似てると良いなと一瞬考えたが、良く考えたら嫡男なのだからそれじゃダメだな。

衆道の拗れで命を落とす人もいるようだし……。

余り考えないようにしよう。


そして姉らとは再会を約し、八戸城を辞去した。


最後にまた義兄とも会って少し話をしたが、あまり深いことを話すには至らなかった。

何となく、義兄の目が早く帰れと言っているような気がしたのだ。

やはり当家に隔意を持っているのだろうか。

当家と於保一族とは深い付き合いだった筈だが、むしろそれが気に入らないのかな?


しかしお宅訪問を強行した甲斐はあった。

可愛い姉と甥に会えたし。

義兄が隔意を持っている風であることも分かった。


やはり直接会ってみないと判らないこともあるのだ。

この調子で進めて行こう。



天文十八年(1549年)

<主な出来事>

フランシスコ・ザビエル来日

六角定頼が領内で楽市を導入

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