第十六話 相続
天文十七年三月末、龍造寺宗家当主の豊前守様が逝去された。
享年二十三歳。
まだ若すぎる死だ。
子は当年四歳になる娘が一人。
これまでも男子はいなかったが、夫婦の若さと既に娘がいることから誰も心配していなかった。
これほど早く亡くなるなど、誰一人として考えもしなかったのだ。
しかし現実、豊前守様は亡くなり男子がいない。
つまり、跡継ぎがいない。
由々しき事態だ…。
* * *
そこで、一族老臣挙って衆議することになった。
俺はそこから省かれた。
何故なら跡継ぎ候補の一人とされているから。
候補者は俺が知る限り現時点で三人。
まずは故・豊前守様の弟である越前守。
そして、故・豊前守様の義弟である孫九郎。
最後に、これまで実務上のナンバー2だった俺。
候補者はそれぞれに一長一短がある。
順当に行けば越前守が血筋上相応しく思われる。
実務の方も、俺の補佐として内政を取り仕切った実績を持つ。
しかし彼は庶子であり、しかも叔父の養子となっていた。
まあ庶子であろうと養子に行っていようと、戻ってきて家を継ぐことなど枚挙に暇がない。
だがそれは他に有力な候補がいない場合の話でもある。
越前守の場合は叔父の養子となっていたものの、豊前守様の命で戻って分家を立てていることから、実質庶子であるというとこのみ問題になるかな。
次に孫九郎は血統上は親戚の一人でしかない。
しかし当主の妻の実弟であり、先代水ヶ江当主の嫡出子である。
実務の面からも、若いながら俺に代わって水ヶ江を大過なく治めている実績がある。
そして俺だが、血統上は孫九郎と同じく親戚の一人でしかない。
更に孫九郎と違い、現当主との繋がりが特にない。
しかし、実務上では揺るぎ無い実績がある。
そして仮ではあるし期間も短いものであったが、当主代行のようなものを務めたという実績もある。
世代違いだが、最大の実力者であったおじい様の直系の子孫であるということも着目されている、らしい。
俺としては自分が選ばれずとも、この二人どちらかであれば問題なく仕えることが出来る。
まあ、強いてどちらかと言えば孫九郎の方がいいが。
越前守はどうも、ちょっとした面倒事でもすぐに忌避しようとする気配が見え隠れする。
堪え性がない、と言う程ではないとは思うのだが。
その点孫九郎は苦労性と言うか、律儀だ。
性格的に、豊前守様と孫九郎は少し似ているかもしれないな。
だからそういった人を頭に据えて、無理し過ぎたり背負い込みすぎたりしないよう気を付けてやるような、そんな補佐的立場も悪くないと思う。
今までの俺がそうだったからな。
ま、それを決めるのは俺ではない。
最終的には一票が与えられるが、あくまでも一票でしかない。
今は待つのみ、だ。
待つのみと言っても、ただじっと瞑目して待つのではない。
こういう時こそ、ちゃんと仕事を片付けないとね。
何もしないでいるのが落ち着かないとも言う。
* * *
半刻ほど経ったが、評議はまだ終わらないようだ。
一族からの参加者は、豊前守様の叔父にあたる左近将監様と雅楽頭様。
なお左近将監様は既に隠居の身だが、この一大事に駆け付けてきた。
そして一族にして家老も務める播磨守と伊賀守。
老臣には先代から執権を務める小河筑後と納富石見。
上級家老である江副安芸と福地長門も詰めている。
準一門として副島中務と鍋島駿河も招かれた。
仕事を片付けつつも、どうしても会議の様子に心が移る。
考えても仕方のないことだけど、どうしてもなぁ。
そういえば孫九郎の兄である故・三郎殿の許婚が豊前守様らの妹だったな。
彼女は今どうしているのだろうか。
三郎殿が亡くなった時はまだ幼かったし、その後も誰ぞに嫁ぐという話も聞いていない。
年齢的には孫九郎と丁度良いのではなかろうか。
もし何も問題がなければ、などと思ってしまう。
嫁と言えば、俺の嫁はどうなるのだろうか。
流石にそろそろ誰か迎えないと不味いだろうな。
新五郎兄貴と同じ年。
来年には二十歳になってしまう。
そう言えば兄貴にも許婚がいたな。
確か松浦方面に拠る成松の娘だったか。
彼女は輿入れ直前で訃報を聞き、ショックの余り倒れたという風聞が伝わってきていた。
その後どうなったかは知らないが…。
色んな人が不幸になった事件だった。
やはり、諸事の根源である少弐は必ず討ち果たさねばなるまい。
年頃の娘と言えば、堀江兵部の娘・凛ちゃんがいたな。
俺が水ヶ江にいないせいもあって、最近見てないけど元気にしているだろうか。
今度兵部に会ったら聞いてみよう。
などと考えていると。
「民部大輔殿、少々宜しいか。」
同じ立場にあるはずの越前守がやってきた。
なんだろうか。
* * *
執務室にて越前守と向かい合う。
「それで、どうした?」
候補者として部屋で待機を指示されていたはずだが。
「実はな、後継者を辞退してきた。」
などと言いおった。
しかも軽い感じで極アッサリと。
「は?」
思わず呆けてしまったが俺は悪くないと思う。
そんな俺を面白そうに眺めながら、越前守は言葉を重ねる。
「そしてお主を推して置いたぞ。」
「え、ちょ。おま…」
「孫九郎殿にも伝えたのだがな。そしたらアヤツもお主が良いと言っておった。」
もう確定だろうよ?と締めた越前守には何の気負いもない。
「えぇー…。」
そんな簡単な話で良いのだろうか。
「もうじき家老たちが呼びにくるだろうがな。
一部には孫九郎を推す声もあったが、少数派だ。
お主で決まりよ。」
狼狽する俺をニヤニヤと眺める越前守。
なんだこれ。
どう反応するのが正しいのだろうか。
とりあえず殴ればいいのか?
「失礼致します。」
殴ろうと片膝立てようとしたところで声がかかり、小姓が戸を開けた。
すると、評議の参加者である伊賀守がいた。
「会議が終わりましたので、御出で下さい。
おや、越前守殿。こちらにおられましたか。
丁度良いですな、共に来て下され。」
何とも間の悪い…いや、良いのか?
そんなタイミングだったので、上手く反応出来ず反射的に頷いてしまった。
まあ問題はない…と、思う。
越前守と共に伊賀守について会議が行われた評定の間に向った。
* * *
広間には一族老臣が勢揃いしており、孫九郎も既にいた。
上座を空け、俺はいつもの上位席に座る。
越前守は俺の隣に座るようだ。
まあいつも通りだな。
孫九郎にはまだ決まった席次がないので、越前守の隣に座っている。
向い側には一族老臣連中がおり、準一門の副島と鍋島が下座にいる。
変則的な車座のような形になるのかな。
「皆、大義。」
おっと、一応この中では最上位である俺が偉そうに言わざるを得ない。
水ヶ江で当主もやっていたし、こっちでも家中ナンバー2となっていたため言う機会はそこそこあったのだが。
やはり慣れない。
「此度は龍造寺家の当主後継の儀を定める評定を催した結果、民部大輔様こそが相応しいとの結論となりました。
お受け頂けましょうや?」
老臣筆頭の納富石見が代表して問いかけてくる。
焦らしも何もなく直球で来たな。
いや焦らしとか要らないから別に良いのだけど。
「承知した。」
詳しいことは後で聞くとして、皆で評定して結論されたことに異議を唱えることは出来ない。
俺は肯き、石見爺さんに指し示され上座に移った。
「民部大輔胤信。故・豊前守様の跡を継ぎ当家を盛り上げることを誓う。
若輩の身なれば皆の協力が不可欠だ。宜しく頼む。」
軽く頭を下げる。
当主となったからには、特別の理由がない限り目下の者に深く頭を下げてはならない。
意識してやるから少し硬くなってしまったかもしれないが、大目に見て欲しい。
「「「ハハーッ!」」」
評定に集っていた皆が、唱和して俺に向って深く頭を下げる。
石見爺さんや雅楽頭様、越前守に孫九郎まで。
あぁ、本当に当主になってしまったのだなぁ…。
切り処が難しいので、分割して連日更新の体。
第十五話からしばらく字数の変動が激しくなっています。




