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第十四話 当主代行

天文十七年、俺は新五郎兄貴の享年・十九歳に達した。


理想の兄貴像を目指して精進を重ねている積りだが、その背はまだ遠い。

しかし足元を疎かにせず、一歩一歩地道に積み重ねていくしかない。


そして今現在、とても気になっていることがある。

我が龍造寺は周防の太守・大内を後ろ盾としている。

しかし俺の記憶が確かなれば、天文二十年に彼は家臣の謀反で斃されるはずだ。

今のところそのような空気は全く伝わってこないが…。


豊前守様に進言して……。

いや、どう説明すれば良いのか見当もつかない。

この際、自分でも独自に連絡路を持った方が良いかも知れないな。

もちろん豊前守様に許可を得たうえで、だが。


そこで、筑後落ちの時から筑前守護代との窓口となっている雅楽頭様と、先代から中国筋との折衝役を担う福地長門に依頼して杉弾正殿らと音信を取ってみることにした。


* * *


雅楽頭様は生憎不在であったが、福地長門がいたので話を進める。


「…と、いう訳で中国筋との接点を持っておきたいのだ。」


もちろん大内義隆が謀反で殺される云々は伝えていない。

というか言えるはずもない。

俺が知っている歴史と多分そんなにずれていないと思うので、恐らく何もしなければ大内は倒れるだろう。

歴史の動きがどうのと思わなくもないではないが…。

そもそも今の俺にとってはこれが現実であり、あまり気にする余裕がないというのも実情だ。


福地長門はまだ若いが、有能な外交官として聞こえていた。

そもそも福地は龍造寺譜代の臣であり、代々家老として仕えてきた。

何代か前には龍造寺から男子が養子に入ってもいるようだ。

今はもう一族としては扱われていないが、有力な譜代の臣として、下手な一族よりも重視される地位にいる。

先代は例の事件で、多くの一族たちと運命を共にしているしな。


「承知しました。水ヶ江殿が危惧するのも解りますので、手配しておきましょう。」


水ヶ江殿ってのは宗家の人間による俺に対する呼称だ。

他にも総括様という呼び名があるが、これはちょっとどうかと思う。


「あと、雅楽頭様が戻ってきたら伝えておいてくれ。」


「承知しました。」


涼やかに了承し、福地長門は退出していった。

ひとまずこれで用件は終わりなのだが。

考えるべきことが多くて参るな。


一旦落ち着いて談議することをまとめるべきだ。

そんなことを考えていると、表が何やら騒がしい。


「…っ様!……総括様!!」


そっちの呼称を使わないでほしい。

一体何事だ。


「豊前守様が、お倒れになられました!」


そう叫びながら執務室に転がり込んできた。


* * *


幸か不幸か俺は同じ城内にいる。

急ぎ足で豊前守様の執務室に向った。


「豊前守様!」


スパーンッと勢いよく戸を開け部屋に入ると、横になった豊前守様とそれを見守る家老たちの姿があった。


「水ヶ江殿。戸が壊れてしまいますぞ。」


「え。あ、ああ。…すまない。」


播磨守に注意をされてしまった。

お前は何故そんなに冷静なのかと問いたかったが、動転していた自分が悪いのも事実なので黙っておいた。


「ひとまず安静にすることが肝要。居室にお運びしましょう。」


納富石見の爺さんが周囲に指示し、豊前守様は執務室から居室に移されることとなった。


* * *


居室に布団を敷き、そこに豊前守様が横たわられている。

於与さんがやって来て看病しており、時折苦しそうに呻くが目を覚ます様子がない。


「どういう状況だったのだ?」


本当は当人に体調などを聞くのが一番なのだが、無理そうなので周囲に尋ねるしかない。

家老らに聞くところによると、評定中から豊前守様はちょっときつそうにしていたものの、


「大事ない。」


と仰られ、評定を継続していたそうだ。

しかし、次第に汗をかき頭を振る回数が増えるなどの異常を示していたそうだ。

見かねた石見爺さんが会議を中止を具申しかけたところで、倒れてしまったそうだ。


過労か?

いや、しかし…。


「医者は?」


「まもなく来ると思います。」


風邪か食中り、或いは毒の可能性も…。


「法印殿がいらっしゃいました。」


考え事をしていたら医者が来た。

当家お抱えの医者は寺社の者で、一般に法印殿と呼ばれている。

俺たちは端に寄り、豊前守様の容態を注視する。


「如何か?」


「伊賀殿。そう急かすものでありませんぞ。」


伊賀守が我慢できずに話しかけ、石見爺さんに窘められる場面もあった。

ややあって、医者は俺たちに向き直りその見立てを告げた。


* * *


「暫しの休養を要する、か。」


豊前守様が倒れた日の夜。

村中では一族と家老たちが一室に集まり協議していた。


「まだ寒い頃ですからな。疲れもあったのでしょう。」


具体的に病かどうかはまだ判然とせず、二・三日様子を見るというのが医者の結論だった。

パッと見の症状は食中りのようだったのだが。

専門でもないし、豊前守様しか該当者がいない。

そして意識が戻らないというのも気にかかる。

確かに、様子を見るしかないとも言えた。


「急ぎの決済はありましたか?」


「いや、特にはありませんな。」


豊前守様はトップなので急を要する決済があると困るのだが、今のところは大丈夫そうだ。

目を覚まされてから、経過観察の後にまた考えよう。

そのような結論になった。


「申し訳ないが、水ヶ江殿には暫しこちらに詰めて頂きます。」


申し訳ないと言いつつ、依頼ではなく確定なのが石見爺さんの恐ろしいところだ。


「承知した。」


まあこの際それも仕方がない。

現状、家中序列第二位で内政統括を務めているのは俺なのだから。


この場はこれで解散した。

後日豊前守様は無事に目を覚ましたが、執務を執れる体調になく、しばらくは俺が当主代行を務めることになるのだった。


天文十七年(1548年):長尾景虎家督相続

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