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第十一話 初陣

天文十六年となり、俺は十八歳になった。


新五郎兄貴の命日まであと一年程に迫っているが、果たして何ほどのものが出来ているのだろうか。

疑問に思わぬ日はない。


当家が再興してから一年とちょっと。


俺たちが水ヶ江で内政と言う名の営農活動に勤しむ中、宗家の豊前守様は自ら主導して軍備を拡張していた。

これは無論のこと、未だ健在である少弐屋形らを討ち滅ぼすためだ。


宗家としても、当然内政を疎かにしていたわけではない。

俺が一門筆頭格として内政を主導し、豊前守様が当主として軍事部門を統括していたのだ。

そのような役割分担であったのだが、正確にはいつの間にかなっていたという方が正しい。


俺が催した内政会議に、毎度毎度宗家から重役が出席していたのはそのためだった。

そのことに気付いたのは割と最近だったが、周囲は当然のこととして受け止めていたようだ。

気付いてなかったことは胸に秘めておきたい。


塩田は結局無理であったが、農地整理と開墾を進めて商林業の振興に手を付けた。

水ヶ江・村田だけでなく、本庄から芦刈などにまでその範囲を拡げていた。

明確に龍造寺に付いている勢力には惜しみなく協力したが、残念ながら未だ信用し切れる程は知らない義兄の八戸下野や小田駿河、高木能登らとはやや間を明けた対応に終始した。

時間があれば訪問して胸襟を開いて話し合いたいと、本気で思っていたのだが…。


軍拡は豊前守様に任せていたが、水ヶ江でも与力の納富治部と鍋島駿河を中心として動いてはいた。

これに水ヶ江の重要な基盤である石井党が協調する形で、まずまずの形になっていた。


新次郎も納富治部らと協力し、軍事面での活躍を期していると聞いた。

どうも新次郎は武闘派のようだ。

普段はあんなに穏やかなのに。


* * *


そんなある日。


鍋島孫四郎が親父さんを連れてやってきた。

用件があるのは親父さんこと鍋島駿河の方らしいが。


軽く挨拶を交わし、切り出されたのだが


「実はここらで一つ、殿に言っておかねばならないことがございましてな。」


「なにかな?」


「当初は殿の水ヶ江惣領相続に反対でした。」


存外に重い内容だった。


「当初は、ということは今は認めて貰えているのかな?」


尋ねるも、スルーされた。

そうして語るところによると。


曰く。


おじい様のお言葉と言えど、俺の能力は未知数。

しかも七歳より先年まで出家しており、武家の作法はほぼ知らない状態。

一体何ほどのことが出来ようか。

何より元服済の子が健在だ。

直系の男子とは言え、何故そこまでして…。


なるほど、正論過ぎる程に正論だ。

むしろ他に言ってくる奴がいなかったことの方が不思議かも知れない。


だから孫四郎、親父さんをそんなにきつく睨むな。

親父さんは素知らぬ顔だが。


「剛忠様には直接、ハッキリと反対であることを伝えました。」


「ほほう。」


そういうハッキリした所もおじい様に信用されていたのだろうな。


「…怒らぬのですな?」


探るように聞いてくるが。

まあ怒るも何も、納得の事実であるもの。


「剛忠様は仰られました。一年ほどそなたの目でしかと確かめてみよ、と。」


おじい様…。

かなり期待を寄せられていたことを、こういう形で聞くとかなりくるな。


「それで、結果として一年ほどが過ぎた今、お主の目にはどう映る?」


いつぞや微妙な目で見られていたのはこのせいか。

その後は諸々の施策に反対するでもなく、協力してくれてきた。

少なくとも未だに相続を反対されることはあるまいが…、少し不安になってくるな。


「経験不足な面が大いにあることは否めません。

 これは致し方ありませぬ。

 しかし、殿には人を引き付ける力があるように見受けられます。」


仁徳と申すのでしょうか…。

呟く様に続けた。


「水ヶ江に於いてはこの愚息らや殿の弟御はもとより、家中の上下から孫九郎様に至るまで殿に対する異論など全く見受けられません。

 村中においても同様。

 御本家様はじめとする一族衆や家老の方々まで殿を頼りにする様子が窺えます。

 戦の能力や、具体的な政治力についてはまだ分かりませぬが…。

 少なくとも人の上に立ち、人を率いる才はお持ちであると判断しております。」


何か矢鱈褒められた気がするぞ。


「それで、結論は?」


ここまで上げておいて落とすことはないと信じたい。


「殿に欠点があれば我らが埋めて見せます。

 是非、殿にお仕えさせて頂きたく存じます。」


平伏する鍋島駿河。

孫四郎も慌てて平伏している姿が何か可笑しかった。


「ああ。宜しく頼む。」


人を率いる能力か…。

そのようなものがあるのかは判らないが、ひとまず及第点を貰えたようだ。

欠点は補ってくれると言うが、失望されない様に任せきりにせず精進を重ねて行かなければならない。

気合いを入れ直さねばな。


おじい様に対する忠誠度・信頼度がMAXに近い鍋島でさえ、その見立てを頭から信じることはない。

例えおじい様の見立てであっても、己で考えたうえで不満に思う人はいるのだということ。

このことに気付かされた出来事だった。

ひょっとしたらそれが鍋島駿河の思惑だったのかもな…。


* * *


ある程度稲刈りが終わった頃。

豊前守様は軍勢を催した。


「皆、大義である。

 民部らが進めていた諸事にある程度の目途がついた。

 そこで、そろそろ少弐の奴輩に鉄槌を下すこととした。」


民部とは俺のことだ。

筑後にて苦楽を共にして、おじい様の直系でもある俺は、全家中でもかなり重要な地位に就いていた。


ちなみに俺は今回が初陣となる。

還俗してからまだ一年ちょっとしか経っていないのが不思議なことだが。

新次郎も一緒に初陣だ。


孫九郎には留守居を頼んている。

元服は早かったが、実際の年齢は慶法師丸の一つ上でしかない。

まだ早いのではないか、そう思ってしまうのは現代の感覚故なのだろうか。


また少弐屋形を追討するに辺り、西千葉とその周辺の協力者たちは少弐屋形の舎弟が入っている東千葉を牽制する役割を担っている。

当家からも数名の将が応援に向った。

可能であれば、東千葉も一気に抜いてしまいたいと思っているようだ。


ともかく、俺は新次郎と共に軍を率いて豊前守様に合流。

少弐一党を滅ぼすべく動きだした。



天文十六年(1547年):遣明船最終便

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