第56話 『07式』の崩壊、そして笑う者たち
『まったく……このタイミングで!誰の許可で遼帝国にあんなもん供与したんだ!?どうせ『ビッグブラザー』の仕業だろ!東和さえ平和なら、他の国がどうなろうが知ったこっちゃないってか!聞け、神前!目の前の07式にはお前の兵器は効かねぇ!あれのコックピットは対法術用シェルで守られてんだ!ただ05式の売りは重装甲だ!そう簡単に堕ちる機体じゃねえ……だから、絶対に……死ぬんじゃねぇぞ!二、三回攻撃を耐えきればランの姐御が助けてくれる!』
怒声混じりのかなめの通信が、誠の機内に響き渡る。
だが、その声を聞きながらも、誠は既に起動手順の最終段階に入っていた。
砲身は固定済み。座標範囲を確認する余裕すらない。
ただ、05式の重装甲にすべてを預け、迫る猛攻に耐えるのみだった。
『神前ェッ!』
『誠ちゃん!』
『……神前』
かなめ、アメリア、そしてカウラの声。
最後に飛び込んできたのは、紅い05式で空から突入するランの叫びだった。
『間に合え!神前!死ぬんじゃねーぞ!』
その刹那、誠の視界に07式の姿が飛び込んできた。
サーベルを掲げ、灼熱の光を裂いて突進してくる巨大な敵影。
幸運だったのは、07式が主武装である230ミリレールガンを搭載していなかったこと。
だが、それでも誠の05式にとっては脅威だった。
誠は祈るようにして、起動ボタンに手をかける。
「行け――ッ!!」
咆哮とともに、法術砲が放たれた。
赤い光が一気に空間を制圧する。灼熱の奔流は、進撃してくる敵影も、地上の兵も、味方機すらも包み込む。
後方へ逆流したエネルギーは、旧式のM5・M7型をも痙攣させ、次々に沈黙させていった。
だが……それでも、07式は止まらなかった。
わずかにたじろぎながらも、サーベルを掲げ、誠機へ肉薄してくる。
しかしその瞬間、異変が起こる。
07式の動きが急にぎこちなくなり、膝を折るようにぐらついた。
次いで、コックピット周辺の装甲が内側から内側から吹き飛ぶように破裂した。
そして……誠の機体をかすめるように、崩れ落ちて動かなくなった。
『……自爆?事故……いや、違う。どこかの炎熱系法術師が内部から叩いた?何者の仕業だ……?』
かなめが07式に接近しながら、呟いた。
だが誠は、目の前の光景に目をやりながらも、砲身の効果範囲を保つため、静かに機体のバランスを取り続けた。
地図上の制圧エリアは赤く染まり、ゆっくりとその色が地図全体を覆い尽くしていく。やがて砲身の赤い光も、徐々に収束していった。
赤い光が闇夜を満たす。全周囲モニターの中で、すべてが赤く照らされる。
『これが……05式広域制圧砲の、本当の威力……』
カウラはそれだけ言うと、口を引き結んだ。
かなめもアメリアも、言葉を失ったように口を開けていた。
「ふぅ……やったんだ……。作戦、成功です!全域制圧確認、計画通りです!」
誠は深く息を吐きながら、シートに体を預けた。
視線の先には、崩れ落ちた07式の隣に着陸していたランの紅い機体『紅兎・弱×54』の姿。
「クバルカ中佐……終わりましたよ。今回も、やりきりました。でも……あの07式、どうして……?まさかパイロットがパイロキネシストで戦闘の恐怖のあまり自爆した?それとも……誰かが、助けてくれたんでしょうか」
そう口にする誠の顔には、勝利の実感と同じだけの戸惑いがあった。
『言いたいことは分かる。けど、自爆じゃねぇな。弱いとはいえ正規軍の兵隊が、丸腰の相手を『いただきます』なんて状況で怯えるわけがねぇだろだというのに何で怯えて自爆するんだよ。どこかからこの状況を見ていて法術で仕留めた奴がどこかにいたって線が濃いだろうな。だが、それを追うのは今の仕事じゃねー』
ランは、冷静に言葉を続ける。
『07式の投入も、それを止めた法術師の存在も……隊長の想定外だ。たぶん、『ビッグブラザー』が仕込んだ猿芝居さ。奴にとっちゃ、この大陸が無法状態でいてくれるほうが都合がいーんだよ。でも、それじゃいつまで経ってもこの地は『修羅の国』だ。私たちは、それを許さねーために戦ってる』
そして……。
『助けてくれた法術師のことは今は考えるな。たぶん、目的は『ビッグブラザー』の妨害だけだったんだ。命の恩人には違いないが……追うだけ無駄だ』
そのとき、沈黙を破るようにかなめが怒鳴った。
『悠長なこと言ってられるか!こんなところで、しかもこのタイミングで法術なんか使う奴、正気じゃねえだろ!? どうせテロリストか何かだ!すぐに追っ手を……』
『かなめちゃん!まずは目の前の仕事に集中!範囲外にいた敵機がまだ数機、抵抗を見せてるわ!早急に排除して!』
アメリアの厳しい声が飛ぶ。
かなめはゴーグルを外し、頬を膨らませた。誠はその気持ちが痛いほどわかった。
『指揮官の命令だ。これからは残敵の排除と07式の回収が我々の任務だ』
カウラが淡々と告げる。
『甘いわね、カウラちゃん。ま、いいけど。……『ふさ』がもうこの空域に入ったわ。医薬品と食料を積んでる。これから倒れた人々の救助活動が始まるわ。法術兵器の影響については、すべての観測点で十分なデータが取れた。あとはひよこちゃんの仕事ね』
アメリアは、先ほどまでの厳しい顔から、柔らかな笑みに変わる。
『……でも、本当にこれで終わり?ちょっとあっけないな。それに、本当に効果が出てるかどうかなんて……見てみないと分かんねえだろ』
すでにタバコをくわえているかなめを横目に、誠もうなずいた。
『なら、見せてあげるわ。サラが『分かりやすい証拠』を送ってくれたの。見る?』
アメリアが画像を転送してくる。
そこには……大の字で倒れて失神している整備班長・島田の姿があった。
泡を吹いたその顔に、部下や同行していた飛行戦車の操縦手たちがマジックで落書きをしていた。
その光景を見て、彼の彼女のサラが大笑いしている。
『あの馬鹿、法術兵器の効果を『試してみる』とか言って、わざわざ干渉空間シェルターから出て受けたらしいのよ。……本当に、『自称タフ』の自慢はほどほどにしてほしいわ』
アメリアは呆れ顔で笑う。
そして、次の画像……正面から撮られた島田のアホ面が画面に映ると、かなめがタバコを吹き出して笑いだした。
誠も思わず吹き出す。間違いなく、あとで本人に報告されるのだろうが、それでも笑わずにはいられなかった。
『任務完了。第一小隊、撤収』
そう言ったカウラの顔にも、安堵の笑みが浮かんでいた。
誠は静かに敬礼を返す。
「……終わった。これで、本当にすべてが守られたんだ」
あの『近藤事件』以来、久々に味わう『勝利』の感覚。
そしてふと気づいた。
「……あれ? 乗り物酔いしてない……?不思議だ……」
『おいおい、自分の戦果よりそっちに驚くのかよ!』
かなめのツッコミに、誠はただ笑うしかなかった。
……この一撃で、本当の意味で「近藤事件」は幕を閉じた。




