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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の死闘  作者: 橋本 直
第十四章 『特殊な部隊』のデート

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第31話 佐官の本気と新米パイロットの涙

 マルヨの無料駐車場を出てすぐのことだった。


 アメリアが足を止め、急に振り返った。その目は、甘えた笑顔ではなく『収集家』の鋭い眼差しに変わっていた。

挿絵(By みてみん)

「……そういえば、アニクラ。今日って限定フィギュアの発売日だったかも……」 


 隣のアニメショップのビルに目を奪われていたアメリアは、一瞬、足を向けかけたが、首を振った。


「でもやめとく。今日は『デート』だもの。一緒に楽しめなきゃ意味ないし」

 

 アメリアが隣のアニメショップ『アニクラ』が入ったビルを凝視した後、そのままそのビルを通り過ぎて駅への一本道を誠を引っ張って歩いた。だが何度も看板を振り返るアメリアに、誠は思わず苦笑した。


 道を行くOLは見てすぐわかるほどの美女のアメリアに好意的とは言いがたいような視線を送っている。誠にも仕事に疲れた新人サラリーマンと思しき人々からの痛々しい視線が突き刺さってくる。


「そっちじゃないわよ!誠ちゃん!こっちだって、こっち!」 


 そう言って駅に向かって直進しようとする誠を引っ張り大きなゲーセンのあるビルへとアメリアは誠を誘導した。


 パチンコ屋の前には路上に置かれた灰皿を囲んで談笑する原色のジャケットを着た若者がたむろしているのが見えた。その敵意を含んだ視線を誠は全身に浴びた。

挿絵(By みてみん)

 哀願するようにアメリアを見る誠だったが、そんな彼の心を知っていてあえて無視すると言うようにアメリアは誠に胸を押し付けてきた。


「ここね。来るのは久しぶりかしら」 


 そう言うとアメリアはそのままゲームセンターの自動ドアの前へと誠を引きずってきた。


 木曜日の午後まだ早い時間とあって、騒々しい機械音が響き渡るゲームセンターの中はほとんど人がいない状況だった。


 考えてみれば当然の話だった。


 もうすぐ期末試験の声が聞こえる高校生達の姿も無く、暇つぶしの営業マンが立ち寄るには時間が遅い。見受けられるのはどう見ても誠達より年上の男達が2次元格闘ゲームを占拠して対戦を続けている様子だけだった。


「誠ちゃん、あれはなあに?」 


 そう言ってアメリアが指差すのは東和陸軍のシミュレータをスケールダウンした大型筐体の戦闘機アクションシミュレータだった。アメリアがそれが何かを知らないわけは無いと思いながら誠はアメリアを見つめた。明らかにいつものいたずらを考えているときの顔である。


「あれやるんですか?いつも隊でもっと本格的なのを使ってるじゃないですか。劣化版で訓練……いや、これはデートでしたね、失礼しました」 


 誠の顔が少し引きつる。大型筐体のゲームは高い。しかもかつて誠もこれを一度プレーしたが、いつも部隊で05式のシミュレータを使用している誠には明らかに違和感のある設定がなされていた。そして誠にとってこれが気に食わないのは、このゲームを以前やったとき、AI相手にほぼ瞬殺されたと言う事実が頭をよぎったからだった。


「お金なら心配いらないわ。なんたって私、佐官だもの。誠ちゃんの倍くらいはもらってるのよ」


 そう言ってアメリアは誠をシミュレータの前に連れて行く。そのまま何もせずに乗り込もうとするアメリアを引き止めて誠はゲームの説明が書かれたプレートを指して見せた。


「一応、この説明書きを読んで……」 

挿絵(By みてみん)

 前回は実物のシミュレータで慣れた自分なら簡単にクリアーできると言うような慢心が有ったので、今度はちゃんと説明書を読んできちんとしたプレイをしてアメリアに恥をかかせないようにしたいと言う誠の思いがあった。


「必要ないわよ。一応私も予備のパイロットなのよ!それに実はやったことあるのよ、これ。結構、コツがあるから実物のシミュレータで慣れてる誠ちゃんでも結構苦労するかもね」 

 

 そう言ってアメリアは乗り込んだ。彼女は隣のマシンを誠に使えと指を指す。しかたなく誠も付き合うように乗り込んだ。すでにプリペイドカードでアメリアが入金を済ませたらしく設定画面が目の前にあった。


「最新式にバージョンアップしてるわね……って05式もあるじゃないの」 


 インターフォン越しにアメリアの声が響く。アメリアはそのまま05式を選択した。誠もこれに習うことにする。誠ははじめて知ったが、このマシンは他の系列店のマシンと接続しているようで次々とエントリー者の情報が画面に流れていった。


「はあ、こんな時間にエントリーしているなんて世の中には暇な人もいるのね。まあ私達も言えた義理じゃ無いけど」 


 そう言いながらアメリアはパルス動力システムのチェックを行った。誠はこの時点でアメリアがこのゲームを相当やりこんでいることがわかってきた。05式の実機を操縦した経験を持つ誠だが、ゲームの設定と実際の性能にかなりの差があることはすぐに分かった。それ以上に実機と違うコンソールや操作レバーにいまひとつしっくりとしないと感じていた。


『今度は瞬殺だけは何とか回避したいな』


 そう願う誠に自信と言うものはまるで無かった。


「エントリーする?それとも一戦目は傍観?パイロットなら初戦から当然エントリーよね」 


 そう言うアメリアの言葉がかなり明るい。それが誠のパイロット魂に火をつけた。


「大丈夫です、行けますよ。エントリーします!」 


 誠はそう言ったが、実際額には脂汗が、そして手にもねっとりとした汗がにじむ感覚があった。


 エントリーが行われた。チーム分けはゲームセンターの場所を根拠にしているようで、32人のエントリー者は東と西に分けられた。誠とアメリアは東に振り分けられた。


「誠ちゃん。この機体には法術増幅システムは無いわよ。法術無しでどれだけできるか見せてよね」 


 アメリアの声が出動前の管制官の声をさえぎるようにして誠の耳に届いた。


『負けられない!あれだけ馬鹿にされたら……正規のパイロット失格だ』 


 へたれの自覚がある誠にも意地はある。撃墜スコアー6機に巡洋艦一隻撃沈。エースの末席にいる誠はスタートと同時に敵に突進して行った。


『誠ちゃん!それじゃあ駄目よ。まず様子を見てから……』 


 そんなアメリアの声が耳を掠める。敵はミサイルを発射していた。


 27世紀も終わりに近づく中、実戦においてミサイルの有効性はすでに失われていた。アンチショックパルスと呼ばれる敵の攻撃に対し高周波の波動エネルギーを放射してミサイル等を破壊する技術は、現在の最新鋭のシュツルム・パンツァーには標準装備となっている防御システムである。


 当然、誠も05式にも搭載されているそのシステムを利用して、一気に弾幕の突破を図るつもりだった。


『えっ……?』


 初弾は防げたが、二発目が直撃した。その後も容赦なく降り注ぐミサイルに、05式はあっさりと沈んだ。


『はい、ゲームオーバー。本当に誠ちゃんは下手ね。それでよくパイロットが務まるわね』 


 アメリアの声が響いた。

挿絵(By みてみん)

「えっ!?いやいや、これおかしいでしょ!あの……教官が言ってましたよ、今どきミサイルなんて意味がないって!」


 誠は実機に乗った経験のあるパイロットならではの言い訳を繰り返すが、非情にアメリアは首を振った。


『言い訳は無しよ。このゲームではアンチショックパルスシステムなんかも再現されてはいるけどゲームバランスの関係であまり使えないのよ。あくまでこれはゲーム。実戦とはかなり違う訳。分かった?』 


 そう言いながらレールガンを振り回し、アメリアは敵機を次々と撃墜していく。誠はそのままゲーム機のハッチを開けて外に出た。


 大型筐体の中で何が起きているかを見せる大写しのモニターの前では格闘ゲームに飽きたというようにギャラリーがアメリアの機体のモニターを映した大画面を見つめている。


「アメリアさん、あれだけ大口叩いたんだから、『特殊な部隊』の意地を見せてくださいね」


 あっさり瞬殺されてパイロットとしての自信を失いかけながら、誠は画面の中を動き回るアメリアの赤い機体に視線を集中した。


 しかし、アメリアの活躍は圧倒的だった。


 アメリアの機体の色がオリジナルと違うのを見て、誠はもう一度丁寧にゲーム機の説明を読んだ。そこには端末登録をすることである程度の撃墜スコアーの合計したポイントを使って機体の設定やカスタムが可能になると書いてある。


「やっぱり相当にやりこんでるんだなあ。ここに来るのが久しぶり?アメリアさんの言うことは信用できないからな。アニクラに寄るたびに来てるって感じかな。これは完全にアメリアさんに騙されたってところだ」 


 敵の半分はすでにアメリア一人の活躍で撃墜されていた。空気を読んだのかアメリアはそのまま友軍機のフォローにまわるほどの余裕を持っている。


 味方の集団を挟撃しようとする敵を警戒しつつ損傷を受けた味方を援護する。


「あのオリジナルカラーの機体の奴、凄いぜ」 


「また落したよ、いったいこれで何機目だ?」 


 小声でギャラリーがささやきあう。誠はアメリアの活躍を複雑な表情で見つめていた。


 最後の一機がアメリアのレールガンの狙撃で撃墜されると、アメリアの機体が映し出されたモニターに、アメリアの姿が切り替わった。


「すっげー美人じゃん」 


「女だったのかよ!しかし、かなりやりこんでるな」 


 周りでざわめいて筐体から顔を出そうとするアメリアをギャラリーが驚嘆の目で見つめる。


 画面の中で赤い機体が次々と敵を撃墜する様が誠にも嫌でも目に入る。


 じっとりと汗ばむ誠の手が震えていた。


『……これじゃ、ただのやられ役だ。正規パイロットなのに……』


 そんな自虐が、喉の奥にひっかかる。


 それでも誠は、アメリアの動きから目を逸らせなかった。


 圧倒的な撃墜数で味方を勝利に導いたアメリアは得意げに大型筐体から降り立った。


「はい!これがお手本ね。次は正規パイロットらしく活躍してちょうだい」


 ……その言葉に、誠は思わず目を伏せた。10人くらいのギャラリーが二人を見つめている。明らかにアメリアが誠とこのゲームセンターに一緒に来たと分かると彼らは悔しそうな顔で散っていった。


「もう1回やる?」 

挿絵(By みてみん)

 そう言うアメリアの得意げな顔を見ると、誠は静かに首を横に振った。


「遠慮します。こういうコアなゲームはやりこんでいる人には勝てませんから」


「言うわね、誠ちゃん。まるで私がカウラちゃんみたいなゲーム依存症患者みたいじゃないの」


 アメリアは苦笑いを浮かべると再び誠の腕を手に取った。こんなに女性の近くに長くいた経験は誠にはこれまでなかった。


 アメリアが無言で手を差し出す。


 一瞬だけ迷ったが、誠はそっとその手を取った。アメリアが無言で手を差し出す。


『たぶん……これも訓練の一環だと思えば……どうせ僕は『モテない宇宙人』遼州人なんだから』


 そんな言い訳を心の中で呟きながらも、誠の頬は、ほんのりと熱を帯びていた。


「ゲームはこれくらいにして、ちょっとついてきて欲しいの。連れて行きたいところが有るから」


 いつもの見えているのかどうかも怪しい細目をさらに細めて、アメリアは楽しそうに誠にそう言った。



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