第121話 観測が照らす帰還――継承される守護の意志
◆推論の確信と報告への布石
ルミエルはふと壁際に残る板を見やった。
そこに浮かぶ白い光筋を、じっと目で追いかける。
「……まるで、生き物みたいに脈打ってる。
魔素って、本来こんな動きをするの?」
リュークは頷かず、静かに否定する。
「いや、普通はもっと拡散的に広がる。
だが、ここでは“収束”してる……
まるで何かを核に、強制的に引き寄せられているみたいだ」
彼は導電性板の反応と、先ほど採取した岩壁データを照合する。
光の筋が示す流れは、点ではなく“面”。
坑道全体に広がる網目のような魔素の流路だった。
「……やはり、鉱脈そのものに流路が形成されている。
古井戸で観測した魔素核の波形と一致してる。
これを立証できれば、ギルドはここを正式に“危険区域”に指定するはずだ」
ルミエルは小さく息を吸い、真剣な眼差しで頷いた。
「……つまり、この記録があれば、次に来る人の命を守れる」
そのとき、シャドウファングが短く吠えた。
リュークが視線を向けると、搬送が進められている負傷者たちの傍らで、修復された旧式守護ゴーレムが歩いていた。
少女の遺骸と荷を静かに抱え、
その背に揺れる影は――無言のまま、
それでも確かな“意志”を物語っていた。
「……あの子を守り続けた想いが、まだ歩いているんだな」
リュークの呟きに、ルミエルもまた切なげに頷き、じっとその背中を見つめた。
ふと、リュークの視線がゴーレムの横腹に付着した装甲片へと向く。
「……この構造。
内部の支持軸と装甲が連動して応力を分散してる。
旧式の簡易設計とは思えないほど緻密だ」
指先でなぞると、カチリ……と微かに金属が応答した。
「これは……設計図を確認すれば、修理や応用に活かせる」
彼はすぐさま観測ノートの別ページにスケッチを始め、魔力回路のパターンを転写していく。
「……たしかに破損率は高い。
けど、この支柱部とコア装着位置さえ再現できれば……
同型機体への流用は可能だ。
鉱山用の中型搬送ゴーレムにだって展開できる」
リュークが指先で装甲片をなぞると、カチリ……と微かな金属音が返る。
その間にも、起動した旧式守護ゴーレムは無言のまま立ち上がり、道具や鉱石を背負い直していた。
「……無理はさせない。
でも、この子、自分に“まだできること”を探してる気がする」
ルミエルがそう呟くと、不意にゴーレムの視線がわずかに彼女へと傾いた。
まるで、その言葉に応えるように。
リュークは深く息をつき、すでに書き込まれた観測ノートを閉じた。
「……このデータがあれば、廃坑に“魔素核と類似する汚染波形”が存在することを証明できる。
しかも――点じゃなく、面として広がっていることがわかるはずだ」
ルミエルが横で顔を上げ、わずかに鼻をひくつかせる。
「……空気の流れが変わってる。
地中に“通り道”がある……もしや、外と繋がってるのかもしれない」
リュークの目が細く光る。
「古井戸の現象と同じだ。
もし他地域でも“再現”されているなら……
これはただの局地的汚染じゃない。
“発生源”そのものが連鎖している証拠になる」
彼は短く言葉を継ぐ。
「次は、そのルートを“視る”必要がある。
量子視覚で波形の連動を解析できれば……
“根”のように広がる構造が浮かび上がるはずだ」
坑道の奥――霧が晴れ、静けさを取り戻した通路の先に、まだ誰も踏み入れていない領域が口を開けていた。
そこにはきっと、新たな痕跡と真実が待っている。
◆帰還と報告 ― 忘れられた声を運ぶ者たち
坑道の空気は、時間と共にわずかに清浄を取り戻していた。
だが地表に比べれば、まだ毒素は濃く、マスク越しにさえ呼吸は鉛のように重い。
修復された守護ゴーレムは、
その背に少女の亡骸と記録資材、さらには毒に侵された鉱石を黙々と載せ、
無言のまま進み続けていた。
途中、落盤しかけた通路では――
バキッ……! と崩れる音。
リュークが事前に描いていた簡易魔方陣が光を帯び、支柱を強化する。
さらにルミエルが魔力を注ぎ込み、ズゥン……と大地が支えられるように通路が安定した。
「ルミエル、あの右の通路――空気が濁ってきてる。こっちを選ぶ」
「了解。……魔素の流れが、さっきより薄い。ここなら抜けられるはず」
仲間を背負い、支え合いながら進む一行。
複数の負傷者と共に、彼らはついに光差す坑道入口へたどり着いた。
眩しい朝の光が射し込むと、
酸の匂いと血の鉄臭さに満ちていた肺が、わずかに解き放たれる。
地上では、救助の報を受けて集まった町の医師や補助員たちが待機していた。
運び込まれた冒険者たちは次々に担架へ移され、処置が施されていく。
解毒処置を受けた者の中には、まだ意識を取り戻さない者もいたが――
坑道内でリュークとルミエルが即席調合したポーションが徐々に効き始め、
苦しげだった呼吸が少しずつ穏やかさを取り戻していった。
「……助けてくれたんですね」
少女の仲間だった青年が、震える声で言い、深く頭を下げる。
「……あの子も、最後まで……守られていたんですね……」
リュークは短く頷いた。
痛みを押し殺しながらも、その眼差しは未来を見据えていた。
地上へと戻った一行は、そのまま町の中央管理詰所に赴き、正式な報告を終えた。
炭鉱の管理者は、生還した作業員たちの姿を見るや、椅子を倒す勢いで立ち上がり、両拳を机に打ちつけた。
バキッ――。
その目には涙があふれ、声が震えていた。
「……命を救ってくれて、本当にありがとう!
あなたたちには、何と礼を申し上げれば……!」
リュークは首を横に振り、静かに言葉を返す。
「それより――“なぜあの坑道が放置されていたのか”。
その答えを出すことだ。
二度と、同じ犠牲を繰り返さないために」
その声音には力がこもり、場にいた誰もが胸を打たれた。
ざわめきはやがて静かな決意へと変わっていく。
やがて、感謝の証として差し出されたのは、炭鉱で採取された希少鉱石と、旧式ゴーレムの設計図の写しだった。
「これ、元は解体予定だったが……君たちの手なら、有効活用してくれるはずだ」
リュークは設計図を受け取り、しばし無言で紙面を見つめる。
その眼差しは鋼のように固く、どこか優しさを帯びていた。
「……“過去の記憶”ってやつは、捨てるには惜しい。
特に“誰かが命をかけて残したもの”なら――なおさらな」
夕暮れ。日が落ちかけた赤い光が、坑道の入口を照らし出す。
運び出された少女の亡骸は、祠の隅に静かに安置された。
その傍らには、守護ゴーレムの残骸と共に――
「最後まで守ろうとした意志」が寄り添うように残されている。
リュークは祠の前で短く祈りを捧げ、ノートを閉じた。
その背に宿る決意は、もう迷いではなく――確かな指針。
――そして、旅は続く。
次なる報告の場、ギルドへ。
そこでは、この坑道で記録された“魔素核と類似する汚染波形”が、新たな真実を呼び起こすだろう。
次回:帰還の証明――守護の意志と連鎖汚染の確証
予告:炭鉱の連鎖汚染が確証へ変わり、守護の意志は地上へ還る
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