第109話 揺れる影と報酬の行方――安堵の余白にて
◆成果と安堵の余白
崩落寸前だった通路の奥――
霧の魔物が残した名残も、すでに空気の中に溶けていた。
ルミエルが魔力を込めた小瓶を取り出し、霧体の名残りから採取した微細な結晶粒をそっと封じ込める。
カチャリと蓋を閉じる音が、静けさの中に小さく響いた。
「……この成分、霧魔素核としてギルドに提出すれば、きっと報酬対象になるよ。稀少性も高いし」
そう言って、彼女は柔らかく微笑む。
リュークはうなずきながらも、まだどこか実感を掴みきれていない様子だった。
「あなたがやったんだよ、リューク」
ルミエルは背中越しに振り返り、はっきりと言った。
「起点を作って、流れを見極めて、封じ込めた。
現象の因果を“収束させた”のは、まぎれもなく君の手で……」
そこで言葉を切り、彼女は小さく頷く。
「……ううん、君の“観測”によって生まれたものだった。私はただ、それに魔力を重ねただけ」
リュークは言葉を返さず、わずかに視線を逸らして通路の先を見つめた。
その横で――
シャドウファングが鼻先でリュークの腰元を
ゴソッ
と押した。
「うわっ……おい、やめろって……」
リュークが思わずよろけると、シャドウファングはくぐもった音を**グルル……**と立てながら、背中を彼の足元に擦りつけてくる。
戦闘のときの張り詰めた鋭さとは違う、どこか“子犬のような甘え”の気配。
**ズリ、ズリ……**と擦れる毛並みが、土と硫黄の残り香にまぎれてやさしく動く。
(緊張が解けた……そうか、こいつもずっと張ってたんだ)
リュークはようやく、少しだけ口元をほころばせ、指先でその頭を軽く撫でた。
「……ありがとな、ほんとに」
その様子を、ルミエルも静かに見守っていた。
彼女の瞳にも、どこか安堵の色が滲んでいる。
深い戦いのあとに訪れた、わずかな休息。
その空気には、確かに“生きている”という実感があった。
通路の奥には、まだ未知が広がっている。
だが今だけは、この余白に身を預けることを、誰もが自然と選んでいた。
魔素の残留も、反応の気配もない。
“本当の意味で静かな空間”を、リュークは初めて感じた気がした。
彼はゆっくりと息を吐き、言葉にしないまま――その余韻を、心の深いところに染み込ませていく。
◆報酬、対話、そして揺れる影
日が暮れかけた頃――
リュークたちはギルドに戻っていた。
ギルドの報告窓口では、ルミエルが提出した霧魔素核と付随資料をもとに、手際よく処理が進められていく。
「これ……魔素濃度、高すぎないか?」
カウンター奥の係員が、魔力測定装置の針を見て小さく唸る。
**カチ……カチ……**と振り切れそうな針が微かに震えていた。
「こんな純度の高い霧核、上位帯でも滅多に見ないぞ。危険等級、再査定が必要だな……」
提出品を確認するスタッフたちの間に、静かなざわめきが広がっていく。
やがて、手続きを担当していた女性スタッフが、リュークたちのもとへと戻ってきた。
「すみません。この魔素核の扱い、規格外の可能性があって、正式な再鑑定と記録処理が必要になります。確認に時間がかかるので、結果が出たらこちらから連絡を差し上げます」
彼女は丁寧に頭を下げ、報告控えと仮受付票をリュークへと手渡した。
「……わかった。頼む」
リュークはそれを受け取り、小さく頷く。
そして、壁際の椅子に**ギィ……**と音を立てて腰を下ろした。
冷えた木の感触が、ようやく現実に戻ってきたことを教えてくれる。
しばらくして、ルミエルが隣に腰を下ろした。
「……すごい反応だったね。魔物の霧核、あんなに強力な個体は久しぶりかもだって」
「……ああ」
リュークは、言葉少なに返した。
彼の視線は、窓の外――夕焼けに染まる街の景色へと向けられていた。
しばらく沈黙が流れた後、ルミエルがぽつりと口を開く。
「リューク、さっきの戦い……やっぱり君、何か“視えてる”んだね」
「……かもな。完全に説明はできないけど、
あの時、“何をすれば崩せるか”が、分かった気がしたんだ」
「視るだけじゃ足りない。構造を理解して、自分で選ばなきゃって……」
そう呟いたリュークの目に、確かな光が宿っていた。
ルミエルは、どこか安心したように微笑む。
「それならきっと、もう大丈夫。
あなたは、ただ守られる存在じゃない。自分の意思で未来を選べる人だよ」
その言葉に、リュークは黙って頷いた。
静かな肯定には、言葉以上の重みがあった。
そこへ――
「……リューク?」
少し控えめな声が、カウンターの奥からかかった。
リュークが振り向くと、白衣をまとったエリナが手帳を抱えて立っていた。
「無事だったのね。……よかった」
彼女は安堵の表情を浮かべながら、少しだけ歩を進める。
「ルミエルも。ふたりとも、かなり危ない魔素反応だったって聞いて……
またでいいから、ギルドで報告を聞かせて」
ルミエルがにこりと笑い、軽く手を振った。
リュークも小さく頷く。
エリナはそれを確認すると、再び静かに奥の部屋へ戻っていった。
彼女の背中が消えたあと、再び夕焼けの光が差し込む静かな窓辺へと意識が戻る。
リュークはゆっくりと息を吐いた。
その言葉はなかったが――
ルミエルの言葉が、彼の中の何かを静かに肯定してくれたようだった。
報酬は金貨20枚あれば良いと想定
• 基本報酬:金貨大1枚
• 霧魔素核(未登録魔物)討伐に対する追加報酬:金貨小2~3枚
• 魔物核(素材)としての換金額:銀貨大1~2枚程度
• 総額:金貨小3~5枚 + 銀貨若干
シャドウファングが、トコッ、トコッと軽やかに歩いてくる。
だが、その動きにはどこか――かすかな“違和感”があった。
リュークの足元まで来た瞬間、影が**ズズッ……**とわずかに揺れた。
瞬きほどの短さで、影が“もうひとつの線”として、二重に伸びかけたのを――リュークは見逃さなかった。
(……まただ)
霧を断ち切ったときと同じ現象。
まるで、何かが“彼の中”で目覚めようとしているかのような――そんな直感。
「リューク?」
ルミエルの声に振り返ると、シャドウファングはすでにいつもの姿に戻っていた。
その背後の影も、きれいに一つに戻っている。
「……いや、なんでもない」
リュークは軽く首を振った。
「……そう? なんか、今……」
ルミエルは訝しむように言いかけたが、それ以上は深く追及しなかった。
それでも、リュークの胸の奥には“揺れ”が残っていた。
シャドウファングの視線の奥にあるもの――
それが、これから何を見せてくるのかは、まだ分からない。
だが、確かにそれは
「今までの戦い」
とは、どこか異なる“何か”を孕んでいた。
静かなギルドの灯りが、そんな彼らの姿を優しく包み込んでいた。
次回:ヴァルトの語り――観測者の選択と記憶座標
予告:リュークたちは路地裏でヴァルトと再会し、金属板が指し示す“記憶の座標”と、観測者として背負うべき重みを知らされることになる。
100話以降は、仕事の都合もあり、これまでのような毎日更新が難しくなります。
そのため、更新は 週2~3話程度 を目安に続けていく予定です。
お待たせしてしまうかもしれませんが、そのぶん丁寧に物語を紡いでいきたいと思っています。
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