(第17話)アスター侯爵の後悔~お父様目線~
「サマセット公爵家のライアンとアスター侯爵家のデイジーを婚約させる」
デイジーが目覚めて二か月程した頃、国王陛下からデイジーと共に王宮に招集された。
フレディ殿下との婚約の打診や、婚約解消の時でさえもデイジー本人は同席させなかったが、今回は必ずデイジーも同席させるようにという要請だった。
王宮に向かう馬車の中でもデイジーはまるで俺なんか存在しないかのように読書をしていた。
……プライドが許さなくて俺から話しかけることもしなかったが、それでも実の娘にいない者として扱われることは辛かった。
……だとしたら、幼いデイジーはどれほど辛かったことだろう。実の母を失って、デイジーには俺しかいなかった。そんな俺に必死で話しかけても冷たくされて、どれほど辛かったことだろう。……自分が同じ目にあって初めて考えた。
きっと俺が考えなければいけなかったのは、独りよがりなデイジーの幸せではなく、幼いデイジーの心情だったのだろう。
やっと気付いたのに。何年間もずっと手を伸ばせばすぐ側にあったデイジーからの愛情は、もう届かないくらいに遠くに行ってしまっていた。
「サマセット公爵よ。異論はあるか?」
「ございません」
「アスター侯爵よ。異論はあるか?」
国王から問いかけられた時、やはり妻の遺言を諦められなかった俺は、まだ独りよがりなデイジーの幸せに縋っていた俺は、いつものように勝手な解釈でデイジーの気持ちを代弁してしまった。
「デイジーはフレディ殿下の側妃となることを望んでいます!」
国王陛下は、デイジーに問いかけた。
「デイジーよ。お主はフレディの側妃となることを望んでいるのか?」
「恐れながら、私がフレディ殿下の側妃になりたいと望んだことは一度もございません」
「ほう。一度も……な」
国王陛下は鋭い目線で俺を見た。
……以前俺は国王陛下と王妃の前で『デイジーはフレディ殿下の側妃となることを強く望んでいる』と堂々と宣言したことがある。なぜなら、あの時は本当にそれこそがデイジーの幸せで、デイジーの義務だと信じていたから。
だけど今は……。背中から流れる汗を止めることが出来なかった。
「ではデイジーよ。ライアンとの婚約に異論はあるか?」
「ございません」
デイジーは国王陛下にきっぱりと答えた後で、サマセット公爵の隣に同席しているライアンの方を見た。
その顔は、俺が初めて見る顔だった。……まるで亡き妻が俺を見つめる時と同じような表情だった。
そしてライアンも愛しそうにデイジーを見つめ返していた。
「ライアンとの婚約の件、本当に良かったのか?」
王宮からの帰りの馬車の中で俺は聞いた。デイジーはまっすぐに俺を見て答えた。
「はい。出来るなら少しでも早く婚姻させてください」
「……なんだと?」
「少しでも早くアスター侯爵家から出たいのです」
……そんなに。そんなにも俺のことが……。
「お前がサマセット公爵家に嫁いだらアスター侯爵家はどうなると思うのだ」
なかば脅すように言ってしまった。そう言えば、アスター侯爵家を盾に出せば、ずっとアスター侯爵家のために努力してきたデイジーは……。そんな最低な俺の思いを見透かしたように、デイジーは冷めた目をした。
「私なんかが余計な事を考える必要はないのでしょう?」
それはいつか俺自身がデイジーに言い放った言葉だった。
「お父様は今まで通りに行動してください。結婚式にも参加いただかなくて結構です」
「何を言っているんだ! 結婚式に新婦の父親が出席しないなどとありえないだろう!」
「聖女のお披露目パーティーの時と同じように、『仕事』を優先してください」
それも過去に俺自身がした行動だった。
愕然とする俺に、デイジーが問いかけた。それは、デイジーから俺への最後の問いかけだった。
「お父様にとっての幸せとは何だったのですか?」
その問いに対する答えを考えている間に馬車は屋敷に着いた。デイジーはもう俺に何も問いかけることはなかった。
俺にとっての幸せは、俺には妻がすべてだった。貴族だったから幸せだったわけではない。ただ妻が笑ってくれたから、それだけで幸せだったんだ。
それなのにどうしてデイジーの幸せは王妃になることだと決めつけたのか。
たった一度だけでも俺はデイジーに問いかけるべきだったんだ。
≪デイジーはどんな時が幸せなんだ?≫
ただそれだけでも、デイジー自身に聞くべきだったんだ。
きっと失う前だったら、あの昏睡状態に陥る前だったら、きっとデイジーは笑って答えてくれただろう。
≪お父様と一緒にいるだけで幸せです≫
きっとそう答えてくれたはずなのに。
もう戻ってこない、失ってしまったかけがえのない時間を思って、俺は飲めない酒を飲み続けた。
ライアンと結婚したデイジーはもしかしたらこの国で一番に幸せになることが出来るかもしれない。
だけど今まで俺が無自覚にデイジーにした仕打ちを妻が許すことはないだろう。
実の親への期待をすべて捨てて前を向いたデイジーを見て、妻はどう思っただろう。
デイジーを失い、俺がデイジーを幸せにさせるという妻の最期の願いも叶えることは出来なかった。今の俺にはただひたすら過去の自分自身の行動に対する後悔と、吐き気だけが押し寄せていた。




