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 こんなに寝たのはいつぶりだろうか?


 とても気持ちよく意識が浮上する。暗い。夜中か。


 ここのところずっと王宮に詰めていた。グィネヴィア王女殿下にまたなにかあってはと休む気になれなかった。


 なんて、今度は自分が捕まってしまって。囚われている身で寝ることなど出来ない。あいつらは本当に油断ならない。


 今日、やっとちゃんとベッドで寝れた。愚痴を吐き出したおかげか気分も軽い気がする。


 辺境伯邸ここにはグィネヴィア王女がいる。館の入口にいるのは見た。あんな格好だったから近寄ることもできなかった。歩けなかったし。横抱きされてたから、恥ずかしくてちらりとしか見ることができなかった。


 遠目でも愛らしかった。とても心配そうにこちらを見ていたな……弱りきった女性の姿だったからか、私には悪態をついてばかりだが本来とても優しい女性なのだ。はやく、会いたい。


 え、目の前にいる?


 まだ夢を見ているのだろうか?



 触ってみると、消えたりしない。ちゃんと感触がある。


 ちがう、幻なんかじゃない……



 可愛いほっぺ、あぁ柔らかい……








 じゃない!



 本物のグィネヴィア王女だ!




 しまった、軽率に触ってしまった。



 どうして、こんな、男の寝てる部屋に彼女がいるのだ。危ないだろう!一気に視界が鮮明になる。


「あの、お腹が空いているだろうからお粥を」



 心配顔だ。王女が私のことを心配してくれているなんて。申し訳ない気持ちと嬉しさがないまぜになる。


 身体を起こすと甲斐甲斐しくクッションを背中に当ててくれる。なんと優しい……。奥方に言われて来てくれたのだろう。あの人には全く敵わない……。



 王都から殆ど出たことのないお人が、わざわざこんなところまで、不甲斐ない私の為に来てくれたのだ。


 隠密の格好をして、いくら強いからとはいえ守られる立場の王女が剣を取って危険に身を晒してまで。王女は気付いてないが守ってもくれた。



 山ほど私に文句があるだろう。

 これまでの彼女なら冷たい顔で嫌味を淡々と述べているような状況だ。どんな罵倒も覚悟している……


 なのに弱った姿の私に気遣わせない為か、その事には何も触れず器を持ってお粥をスプーンに掬った。


「はい、あーん」



 え、


 なんだそれ……いいのか?いや、……ダメだろう!

「あの、自分で……食べます」


 器をもらって掬いあげようとすると指先にまだ力が入らない。今日中は動けないとか、女帝が言っていたな。


 見かねた彼女がスプーンを取り上げて口元に持ってきた。


「はい、あーん。ダーマッド?」


 うわ、上目遣いはダメだ!首を傾げるのも無理!可愛い、可愛いすぎる……

 あーんとか、そんな恋人同士の甘いやり取りみたいなこと、してもらっていいのだろうか?


 いや、そうじゃない。具合が悪そうな私を心配してくれているんだ。けしてそういうことじゃない。優しさからだ。は、はやく食べないと逆に失礼だろう……ぱくりと食べると、グィネヴィア王女がほっとしたように微笑んだ。うわ……


 私に、王女が笑顔を見せてくれている……


 これ、本当に夢とかじゃないのだろうか?なんだこの幸せな状況。ちょっと前まで鼻水垂らして愚痴ってへこんでたのが嘘みたいだ。



 お粥は嫌いだった。子供の頃、熱が出たりしてベッドから出てはいけない!と怒られながら仕方なく食べる味気ないもの。


 王女に食べさせてもらうと、なんでこんなに美味しいのだろうか。



 黒瑪瑙オニキスの瞳が潤んで私を見つめている。ランプの暗がりでも王女の顔が上気しているのがわかる。


 薔薇色に染まった頬が愛らしい。あーん、とか、する方も恥ずかしいよな……。耳まで色づいている。唇はさくらんぼのよう。あぁ……なんて


 身体がちゃんと動いていたら……やばかった……。





 奥方も私がこんな状態だから安心して王女を寄越したのだろう。薬湯のせいかまた頭がぼうっとしてくる。まだ寝ろってことか。


 彼女とこんなに長い時間、二人きりで過ごしたのは初めてだな。幸せだ。


 王女が私の身体をそっと横にして寝させてくれようとしている。私に触れるのに抵抗はないのだろうか?だとしたら嬉しい……。


 労るような手の感触が、くすぐったいような、心地いい……




 意識を失う瞬間、手に柔らかいものがあたる。なんだこれ……気持ちいいな……













 夜明け前に目が覚める。本当によく寝た。


 ずっと動いてなかったから身体が鈍っている。動きたい。


 ローンファルに剣を借りて鍛錬していると辺境警備の者や銀獅子隊が集まってきて一緒にやりはじめた。辺境警備兵とはこの前の国境戦で一緒に戦った。私が子供の頃から可愛いがってくれている老兵もいる。


 全員と順番に打ち合いを始める。真剣だが、とても楽しい。



 朝食後、お風呂に入っていると従僕がサロンに来るようにと呼びに来た。ここの大きなお風呂はとても気に入っているのでもっとゆっくりしたかったのだが。



 急いでサロンに行くとジェラルドとタマル女帝がすでに来ていた。

 ソファに腰掛けると真横にジェラルドが座る。近い。


「お風呂入って来たの?うわー……やばいよこれ」


「は?いや、くっつくな気持ち悪い」


 ジェラルドは基本スキンシップ過剰だ。というかベッタリだ。私の肩に顎を乗せて首もとの匂いを嗅いでる。

「お風呂入ったし臭くないだろう?」


「臭いどころかやばい」


「は?」


「ほんにおぬしは……駄目じゃ駄目じゃ」


 タマル女帝はクッションにうずめた顔をぶんぶんと横に振っている。耳が真っ赤だ。なんでだ?


「自覚がなさすぎるのじゃ」


 そんな涙目で……奥方にも昨日同じセリフを言われたが、多分違う意味?


「僕たちでこれじゃ、グィネヴィアは多分倒れるんじゃないかな?」


 それは困る。王女の隣に立つべく自覚をやっと持った所なのだ。


「何が駄目なのかもっとはっきり言ってくれないか?臭すぎるとか?」


 対応に困る。


「あぁもう……ハーラ!なんとかしてくれぬか」


「はい、畏まりました!多分無理ですが頑張ります。ヤスミンはアリーさんにゆっくり来るようにとお伝えしてきて」


 侍女のハーラが女帝の後ろからすっ飛んでくる。どこからかサッと櫛を取り出して私のまだ濡れている髪を整え始めた。ヤスミンと呼ばれた侍女はサロンから急いで出て行く。私の横から別の侍女が私の黒の開襟のブラウスを淡いベージュの、少し厚手の襟の詰まったものへと着せ替える。


「陛下、いかがでしょう?駄々洩れは止まったと思うのですが」


「なんとか、うむ、さすがじゃハーラ。褒めて遣わす。黒か、黒だと危険さが増すのだな。おでこ丸出しもやばいがさっきのよりはずっとマシじゃ」


「頭をキリッとさせて、ちょっともっさりした色着せるとなんとかなるもんだね」

 侍女が離れるとまたジェラルドが真横に来た。だから近い。あと匂うな。



「もう大丈夫か?……何が駄目だったんだ、そんなに酷い格好だったか?」


 身嗜みのことか。一応鏡は見たが特に乱れてはなかったはず。


「酷すぎるよ。ちゃんと自覚した方がいいよ。胸元はきっちり閉める。あと、いつものサラサラヘアは絶対に必要だと思う。あれお坊ちゃん、って感じで引き算加減が丁度いい」



 辺境伯夫妻がサロンに入って来た。まじまじと私を見ている。


「私の格好なんかおかしいですか?」


「……ああ、多分、大丈夫じゃないかな?」


「またやらかしたのですねダーマッド様。女性もいらっしゃると言うのに。ほんと色々とご自覚が足りない。タマル様お手数お掛けいたしました」


 ローンファルはいつもの穏やかな返答だが奥方には駄目出しされてしまった。女帝がにこにことなんでもないとばかりに手をプラプラと振った。


 自覚か。今すぐには理解できそうにない。また詳しく教えてもらおう。そろそろグィネヴィア王女が来てしまう。


「ジェラルド、あっちへ座れ。向かいの、いちばんむこう、そう、そこ。」


「えー、酷い。僕を端に追いやって自分の真横にはグィネヴィアを座らせるつもり?」


「当然だ」


「やだー意外と独占欲強いのね」


「黙れジェラルド。そういうのじゃない」


 グィネヴィア王女が私に悪態をつかなくなったのは個人の感情ではなく公の人間として私の妻になることを受け入れたからだろう。


 私も奥方に叱られてから色々と考えた。


 これからは公私ともにグィネヴィア王女と過ごすのだ。

 照れたり挙動不審になって彼女に恥をかかせないように、いつどんな時も、誰に見られても大丈夫なように堂々とした態度で王女の隣にいることにしよう。


 そうしていれば、ゆくゆくはちゃんと仲良くなれるかもしれない。




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