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53話



 ルインの案内で村へとやって来た俺は、すぐさま族長の元へと連れて行かれた。

 村の場所はコルルク荒野の北東部に位置する場所にある人目のつかない谷間に集落を作って生活しているようだ。

 住居は現実の世界でいう所のゲルと呼ばれる遊牧民などが使っているテントのような構造をしていた。



 一際大きい造りのテントにいたのはルインと同じ褐色の肌をしたダークエルフだったのだが、その姿は何というべきか目のやり場に困るような格好をしていた。

 辛うじて見えてはいけない部分のみを隠しているとしか言えないような薄い生地の服装にまるで天女の羽衣のようなこれまた薄い衣を羽織っているだけの妙齢の女性がいたのだ。



 熟れた果実というべき表現かしっくりくるほどの女性特有の丸みを帯びた艶のある身体つきに、自己を主張する二つの膨らみはアカネやアキラと比べて見ても引けを取らないほど大きい。

 そして何よりも目鼻立ちの整った顔は美人という言葉ですら過小表現だと思うほどの美貌を湛えていた。



「初めまして、私はこの村の代表を務めます族長のアイリーンと申します。以後お見知りおきくださいませ」


「こちらこそ初めまして、じゅ、ジューゴ・フォレストと申します」


「うふ、そんな堅苦しくなくても構いませんよジューゴ様。この度は村の者であるルインを魔物の手から救っていただいたとの事、村を代表して感謝申し上げます」



 そう言って、ゆっくりとした妖艶な動きで頭を下げてくるアイリーンさんだったが、彼女が屈んでいるのが原因で胸の谷間がちらちらと見えて本当に目のやり場に困ってしまう。

 だが次の瞬間突然アイリーンさんが前のめりに倒れ込んで、床にうつ伏せに倒れた。

 どうやらルインが彼女のお尻に蹴りを入れたことで倒れてしまったようだ。そして、ルインが呆れた声で言い放つ。



「姉さん、ボクの命の恩人を誘惑しないで……」


「ルイン……よくもやってくれたわねっ」



 アイリーンさんはそう言いながら立ち上がると、先ほどのルインの行動に怒ったのか「よろしい、ならば戦争だ」と言わんばかりに喧嘩が始まった。



「大体あなたは姉である私に対してやることが辛辣すぎるのよ、少しは姉を敬いなさい!」


「婚期が遅れているからと言って、誰彼構わず誘惑してるような姉さんをどう敬えというの? 22歳にもなっていい加減慎みを持った方がいい……」


「なっ、ルイン! 言ってはならないことを言いましたね。そこに直りなさい、お尻ぺんぺんの刑です!」


「ボクは事実を言ったまで、そんなことをされる理由なんてない……」



 そこからは最早どっちが大人でどっちが子供かわからない状態となっていた。

 感情的にルインの言葉に過剰に反応するアイリーンさんに対し、常に冷静に正論をぶつける年下のルインという構図が展開され、俺は二人を止めることもできずただ黙ってそれを眺めていた。



「二人ともいい加減にしないか!!」



 そこに現れたのは、魔法使いが着るような茶色いローブに身を包んだ老婆だった。

 ダークエルフ特有の長い耳と褐色の肌は同じだったが、年齢的なものもあって顔には皺がある。

 突然現れた老婆は家の中で子供のように追いかけっこをするルインとアイリーンさんに向かって持っていた杖の先で二人の頭を一回ずつ叩いた。



「この村の恩人であるこの方を放って何をしておるのじゃ! 特にアイリーン、そなたはワシから族長の座を受け継いだ族長なのだぞ、しっかりせぬか! ルインも下手にアイリーンを挑発しないように」


「「すみません……」」



 そう厳しく二人を怒鳴りつけた後、老婆は俺へと向き直り改めて自己紹介をした。



「御客人、不肖の孫が大変失礼な事をしたのお、ワシはこの村の前族長で村の相談役を務めておるエゼルという」


「いえ、お気になさらず。それと初めまして、ジューゴ・フォレストという者です。よろしくお願いいたします」


「まったくこの馬鹿ときたら、婚期が遅れているからといって村の若い男を手あたり次第誘惑などしておって。もう少し族長としての自覚を持って欲しいものじゃ」



 自分の孫とはいえ歯に着せぬ物言いに少々戸惑ったが、これがいつもの事だと察しはつくので当り障りのない返答をする。



「それほど悲観することはないでしょう。私の国での感覚で言えば、お孫さんの年齢的には適齢期ですし、何よりもあれ程の美貌の持ち主だ。すぐにいい相手が見つかりますよ」



 俺がそう返答すると一瞬にして場の雰囲気が変わった。

 アイリーンさんは「まあ」と言いながら両手で口を覆い隠す仕草で喜び、ルインは信じられないといった表情を浮かべ、エゼルさんは「ほぅ」という感心する声を上げた。

 不安になった俺は何か失礼な事を言ったのだろうかと聞こうとしたが俺よりも先にエゼルさんが俺に提案してきた。



「ではうちの孫を嫁に貰ってくれぬか?」


「はい?」


「身内であるワシが言うのもなんじゃが、確かに見目は悪うない、どうじゃ?」


「いやいやいやいや、どうと言われましても、いきなりやってきたよそ者が族長と結婚だなんて非常識ではないでしょうか? アイリーンさんからも何か言って――」



 そう俺が抗議の声を上げアイリーンさんに助けを求めて視線を向けると、顔を紅潮させもじもじと身体をくねらせる乙女がそこにいた。

 そして、トドメの一言がルインの口から発せられる。



「これからよろしくね、義兄さん」


「待てええええええええい!!」



 ダークエルフの里にとある一人のプレイヤーの叫びが木霊するのであった。







 あれから何とかエゼルさんとアイリーンさんを宥め、結婚は冗談という事で片が付いたが、一度灯ってしまった恋の炎はなかなか消えないもので……。



「それからぁ~、ここがぁ~村の貯蔵庫にぃ~なってるんですぅ~」


「あ、あのアイリーンさん……くっつき過ぎです。離れてください……」



 それから俺はアイリーンさんの案内で村を見て回っているのだが、俺と彼女との距離感と密着度が半端ない。

 そうでなくてもこれだけの美女にくっつかれては意識せざるを得ないだろうし、さっきからいろいろと柔らかいものが当たってるんですよ!

 そんな俺の心中などお構いなしと言わんばかりに、標的を定めた獣のような顔つきでニコリと妖艶な笑みを浮かべる。



「いいじゃないですかぁ~、私とジューゴさんとの仲じゃないですかぁ~」


「俺たち出会ってまだそんなに経ってませんよねっ!? 離れてください、当たってますから!」



 そんなやりとりがあってようやく俺の腕を解放してくれたが、視線は俺を常に捉えており別の意味で恐怖を覚えた。

 すると俺と彼女のやりとりを見ていた一人の男性がアイリーンさんに声を掛けてきた。



「けっ、浮かれやがって、少しは相手の迷惑を考えたらどうなんだアイリーン? 明らかに迷惑になってんだろ」


「なによ、アゼルは引っ込んでてよ。今私とジューゴさんでデートしてるんだから!」



 いやいやいやいや、ただ村の中を案内してもらってるだけですからね? アイリーンさん? デートじゃありませんよ?

 そんな俺の心の声など届くはずもなく、アゼルと呼ばれた男性が俺に視線を向けてくると訝し気に睨みつけてきた。



 褐色の肌に筋肉質な引き締まった身体は芸術といってもいいほどに美しさを湛えていた。

 見た目は二十代前半くらいで、ダークエルフではよくある銀髪に切れ長の目を持った美青年だ。



「あんたも気を付けた方がいい、こいつは誰彼構わず村の男を誘惑しちまう尻軽な女だからな。あんたの事も自分の欲望を満たすための道具くらいにしか思ってねえだろうよ」


「ちょっと、それはいくらなんでも言い過ぎ――」



 ――ぱんっ。



 俺が彼の暴言を諫めようと、言いかけたところで大きな音が響き渡った。

 それはアイリーンさんがアゼルの頬を引っぱたく音だったのだが、彼女の様子が今までと違っていた。

 目の端に涙を溜め、アゼルを睨みつける。

 数秒ののち彼女がぽつりと呟く、それは消え入りそうな声なのにもかかわらずはっきりと聞こえた。



「……最低」



 それだけ言うと、彼女はその場を足早に後にした。

 あとに残された二人の間に気まずい雰囲気が漂ったが、その後すぐに。



「……ホント、最低だな俺。こんなこと本当は言いたくなかったのに……」



 その顔には「なんであんなことを言ってしまったのだろうか」という後悔の感情で塗り固められた苦悶の表情を浮かべていた。

 そして、淡々とした口調で俺に語り始めたのだ。



「俺さ、あいつとは同い年の幼馴染で小さい頃からずっとこの村で育ってきたんだ。これでもガキの頃は女の子にモテモテで将来俺のお嫁さんになるんだって結構言われたんだぜ」



 そう得意気な表情を作ったあと、再び気落ちした顔を浮かべながら続きを話し出す。



「でも俺はそれを全部断ってた。「俺には将来結婚したい女の子がいる」ってな……」


「それって……」



 俺がそう呟くと穏やかな微笑を浮かべながら首肯する。



「あいつも昔は「大人になったら、アゼルのお嫁さんになってあげる」なんて言ってたのに、いつの間にかあいつは次の族長になるための修行に忙しくなっちまって、次第に疎遠になっていったんだ。それからしばらく経ってからだったよ、あいつが村の男どもを誘惑するようになっていったのは……」

 


 事のあらましを話した彼の表情は少しすっきりとしたものに変わっていた。

 多分だが、誰かに聞いてもらいたかったのだろう。



「今からでも彼女に結婚を申し込めばいいじゃないですか?」


「今更俺が言ったところで、アイツが俺を受け入れてくれるとは思えない」


「それでも、それでもこのまま何も言わないよりはいいと思います。仮に最初は受け入れてもらえなかったとしても、誠実に、真摯に、彼女と向き合えばきっと分かってくれるはずです。まだアイリーンさんとは知り合って間もないですけど、悪い人じゃないっていうのはなんとなくでもわかりました。そんな彼女があなたのことを無下にするなんてことは無いはずです」



 さらに俺は続ける。



「彼女の事好きなんでしょ? 愛してるんでしょ? だったらその思いをぶつけてやればいい、何度断られても何度だって「好きだ」って言い続ければいいんです。彼女がわかってくれるまで」


「……」



 人生というのは限りがあり、その中で自分の全てを捧げてもいいと思う人間に会う機会などそう何度もはない。

 一期一会とはよく言ったもので、一度でもそういう出会いを果たすことができたのならそれは奇跡といってもいい事だろう。

 彼は自分の全てを賭けるに足りえる女性と出会う事ができたのだ、だったら全力でぶつかってその想いを相手に伝えればいい。



「俺も人にとやかく言えるほど、人生経験豊富じゃありませんけど。これだけは言える。今彼女に思いを伝えないと、一生後悔することになりますよ? よく考えてみてください」



 俺はそれだけ伝えると、そのまま族長の家に向かって歩き出した。

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