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レッドドラゴンの飼い方1 プライドの高い子なので色々と配慮してあげましょう

 うっすらと目覚めていく意識に、甲高い声がとどいた。


「きゃー!? なんなのです!? なんなのです!?」


 これはツンの声だろうか?

 随分と切羽詰まっているように聞こえる。


「みんな、逃げるのですよ! あ、パパを起こして――」


 なんだよもう……こんな平和なのに、いったいどうして逃げるようなことが起こると――

 ――いや、起こりうるんだった。

 この世界って人間とモンスターで戦争中じゃねえか!

 跳ね起きる。

 ここは〝モンスター小屋〟だ。

 藁を敷いただけの広い木造の建物で、俺のしていた〝モンスターテイマー〟というゲームでは、主に飼育しているモンスターの寝床として使用されていた。

 シロのイタズラにより〝調教師〟である俺までここで眠る羽目になってしまったのだが……

 周囲を見回しても、一緒に寝ていたはずのシロやツンたちがいない。

 たしか――昼寝をしていたはずなのに。


「わたしに任せてみんなは早く逃げるのですよ……!」


 声は外から聞こえる。

 俺は建物の外部へと駆け出した。




 外に広がっているのは、ちょっとした広場だった。

 ところどころに草が生えており、周囲を取り囲むようにいくつかの木造の小屋が建っている。

 とうに夕刻だ。

 太陽が沈みかけ、周囲の景色が赤く染まっている。

 だというのに気温が高いのは、ここが〝南国〟に分類される調教場だからだろう。


 その広場の中央に、ツンたちはいた。

 灰色の毛皮をもつもふもふした子犬どもだ。

 彼女たちはひとかたまりになって震えながら〝あるもの〟と対峙していた。

 視線を〝あるもの〟へ向ける。


 そいつは全身を熱されたように輝く赤い鱗で覆った生き物だった。

 体躯は象ほどだ。

 短く太い二本足で立ち、前足を手のように使って子犬を一匹つまみあげている……つままれているのはネムのようだ。まだ半分眠っているような顔で口元をむにむに動かしている。

 そいつの手足には剣のように鋭い爪が生えているのだが、器用に怪我をさせないよう加減してつまんでいる様子だった。

 どことなく居心地悪そうに、太く長い尻尾がゆれている。そのたびに鱗がこすれてシャー……という音が鳴った。

 背中にはコウモリのような翼が生えている。体に比すればかなり小さく、似たサイズのものを挙げるならば、片方の翼が二リットルペットボトルぐらいの大きさと言えるだろうか。

 細く長くしかししなやかな力強さを感じさせる首をもたげて、つまみあげた子犬を見ている。

 顔立ちはトカゲのようで、黄色い瞳には縦長の線が入っており、鰐のような口からはびっしりと牙がのぞいていた。

 レッドドラゴンという名前のモンスターだ。

 別に世界に一体しか存在しないというはずもないだろうし、爬虫類系の見た目なので、表情もなにもなく、普通であれば見分けなどつかないはずなのだが……

 俺は、あのレッドドラゴンが自分の飼育したことのあるモンスターだと、一目で見抜くことができた。


「ラスボス……だよな?」

 ……人生において他者へ呼びかける時に使うとは想像していなかった呼称だった。

 ドラゴンの目がギョロリとこちらを向く。

 そして――見た目からは想像ができない、やや幼げな少女の声がその口から聞こえた。

「なんじゃァ、(あるじ)ではないか。あやつの言う通りじゃな。生きておったか」


 ポロリとつまんでいたネムを放す。

 子犬たちは慌てたようにネムを回収すると、またドラゴンからちょっと離れた場所でひとかたまりの毛玉になった。

 俺は子犬にたずねる。


「なあツン、シロはどこだ?」

「ママ、ま、ママ、ままま……」

「落ち着け。見た目は怖いが一応、俺のモンスターだから……」

「ま、ママは……他のひとに連絡しにいってるのです」

「ああ……連絡手段は遠吠え式だったな、たしか」

「調教場の場所がバレないようにちょっと離れたところにいるのです。そしたら、このひとが、突然きて……」

 プルプルと震えている。

 俺は笑った。

「わかったわかった。とりあえず小屋の中にいるといいよ」

 言い終えるか終えないかのうちに、子犬たちは一目散に小屋へと駆けて行った。


 ……たしかに子犬には刺激の強い見た目だ。

 というか、俺だって突然こんなのと遭遇したら泣いてその場にへたりこむ自信がある。逃げる気も起こらない。

 改めてRPGの勇者はすさまじい。こんなの相手によくもまあ戦う気力があるものだ。

 感情のうかがえない瞳――

 強靱そうな手足、尻尾。

 爪なんか輝きが刃物そのもので、あれでひっかかれでもしたらたぶん痛みでショック死する。

 全身を覆っている赤い鱗はうっすらと光っていて、触っただけで火傷しそうに見える。

 なにより象のようなサイズが絶望的だ。

 ……うん。

 超カッコイイな!

 初見でみっともなくガタガタ震えないですんだのは、単純に運がよかった。

 シロという前例に加えて、子犬どもの前じゃなかったら、へたりこんで命乞いするぐらいカッコイイ。

 ドラゴンは基本的にワガママで育成方針が〝スパルタ〟じゃないと言うことを聞かないことも多いモンスターだ。

 少しでも調教師として威厳ある態度で接する必要があるだろう。

 よかった。最初に会ったのがシロで。

 心の準備ができてなかったら確実に醜態をさらしてたからな!


 俺はラスボスに近づいていく。

 正面に立った。

 下から見上げれば、ラスボスが鎌首をもたげて俺の顔をのぞきこむ。

「よくもまあ、この状況で五体満足だったもんじゃのう。まこと強運よな」

「……最近の状況は聞いてる。ラスボスもずいぶんがんばってくれてたみたいだな……他のモンスターたちの助けになってくれたみたいなことも聞いたよ。ありがとうな」


 ラスボスにねぎらいの言葉をかける……すごいシチュエーションだ。俺は隠しボスかなんかか。

 などと考えていると――

 ブオン、と彼女(モンスターテイマーに出てくるモンスターは全員女性なので呼称として間違ってないのだが、どうにも象サイズの爬虫類に使うことへの違和感はぬぐえない)の尻尾が揺れた。

 ドゴン! と地面に叩きつけられる。

 地面に爆ぜたようなクレーターができあがり、吹き飛ばされた土塊と草が舞った。


 ラスボスが低くうなる。

「主よ、今、(わし)に向かって礼を述べたか?」

「え? え? い、言ったけど……」


 なんだ!?

 よくわかんねーけど、怒ってるのか!?

 なにが逆鱗に触れた!?

 お礼を言ったら地面が爆ぜるとか、気難しいってレベルじゃねーぞ!?


 ラスボスの口の端から炎が漏れ出す。

 鱗の輝きが増していく。

 ……ゲームでも、放置して広場を闊歩する姿を見ていると、たまに口の端から炎が漏れたり、鱗がよりいっそう輝き始めたりすることはある。

 だが、目の前でやられると、まるで噴火寸前の火口をのぞきこんでいるような気分だ。

 もちろんドラゴンの表情なんて読めないのだが、調教師的な経験から感じられる彼女は、〝ムッとしている〟ように見えた。


 ラスボスが首を曲げて、俺の顔を下から見上げる。

「もう一度言ってみよ」

「は? え? ……あ、ありがとう……?」

「……ふむ。ふむ。つまりそれは、儂に感謝の意を示しているというわけじゃな?」

「そ、そうだけど……なに、なんかまずかった……でしょうか……?」

「まずい!? なぜじゃ!?」

「えっ!? いや、だってなんか怒ってるように見えるし……?」

「怒っている!? 儂がか!?」

「そうとしか見えないけど」

「アホゥが! 中火で燃やすぞ!」

「ええっ!? なぜ!?」

「知らんわ!」


 き、気難しいってレベルじゃない……

 なんだこの……胃の腑から口先に向けてずっしり来るような……小学校の時クラスでやった演劇の舞台で行った本番みたいな、すごい緊張感は……

 チラリと彼女が尻尾で作ったクレーターを見る。

 ゲームの〝モンスターテイマー〟において、プレイヤーはモンスターに攻撃されない。

 そういう仕様になっているし、初対面だったはずのツンたちにも最初からだいぶ好意的に接せられていたので、この世界でも安心かと思っていたが……

 実は普通に攻撃を受けたりするんだろうか?

 まずいぞ……これは、迂闊にラスボスの機嫌を損ねられない……


 ラスボスが思いついたように口を開く。

「主」

「な、なんでしょうか……?」

「…………なんじゃ、その卑屈な態度は」

「え、いや、その……別にいつもこんな感じではなかったですかね……?」

「……なんじゃその……敬語は」

「あっあっ、えっと……ほら、久々に会ったから緊張してるっていうか?」

「緊張か。緊張ならば仕方ない……しばらく話せば戻るじゃろうな」

「どうかなあ……?」

「……主」

「なんでしょう?」

「なにゆえだんだん儂から離れていくのじゃ」

「えっ?」


 言われて初めて気付いた。

 なぜか俺は、じりじりとラスボスから距離を取り始めていたのだった。

 無理もない。

 超怖い。

 俺の意思とは裏腹に俺の生存本能が、勝手に足を動かすレベルで怖い。


 ラスボスが背中の翼をピクピクと動かす。

(ちこ)う寄れ」

「あ、あー……そのサービス来月からなんですよ……」

 どうしよう、自分の発言が意味わからねえ……!

 ラスボスがボフッと炎の息をこぼした。

「来月からか……儂との付き合い方を取り戻すのに、一月もかかるのか……」

 うなだれる。


 ……アレ?

 ひょっとして、ヘコんでる?


 ……そういえば、ネット上でドラゴン系モンスターは〝ツンデレ〟扱いを受けていた。

 俺としては〝ツンツン〟だろと思っていたのだが……

 そう思う理由ももちろんあって、ゲーム〝モンスターテイマー〟において、モンスターたちのセリフバリエーションはさほど数がない。

 ドラゴンの代表的なセリフを挙げると……

「まあまあじゃが我慢して食ってやらんでもない」(大好物を与えた時のセリフ)

「この儂に訓練をさせおって……中火で燃やすぞ」(トレーニング終了時のセリフ)

「眠るが、起きるまで近付くでないぞ」(睡眠時のセリフ)

「儂を放っておくとは何事じゃ! 消し炭にするぞ!」(放置時のセリフ)

 となっている。

 ……デレ要素、どこだ?

 ただの不機嫌な人じゃねーか。

 というわけで俺はドラゴンのことを好意的な言い方で〝ツンツン〟、あまり愛情のない言い方をすれば〝苛立ってる人〟というように感じていた。

 だけど……実際に会話をして、様子の変化を見ていると、ちょっと感想が変わってくる。


 長い首が垂れ下がっているのは、ヘコんでいるように見える。

 尻尾がゆらゆらと落ち着きなく揺れているのは、場の雰囲気が固い……というか、彼女の主である俺がよそよそしいせいだろう。

 たまにボフッと口の端から炎が出るのは、ため息なんじゃないか?

 そして――

 俺が〝ありがとう〟と言った時に体が輝き始めたのは、ひょっとして嬉しがっていたのか?

 表情が〝ムッとしている〟ように見えるのも、実は照れ隠しだったりする?

 彼女に〝デレ〟があるという前提で考えれば様々な言葉に〝裏〟の意味が感じられる。

 当然、ゲーム内で聞いたドラゴンのセリフの解釈も変わってくる。


 大好物を与えた時に「まあまあじゃが我慢して食ってやらんでもない」と言うのは、実は内心で嬉しがっているのに素直じゃないからかもしれない。

 トレーニング終了時に「この儂に訓練をさせおって……中火で燃やすぞ」というのは、もっと遊びたいからではないだろうか?

 睡眠時の「眠るが、起きるまで近付くでないぞ」は、本気かもしれないが……

 放置した時に「儂を放っておくとは何事じゃ! 消し炭にするぞ!」と怒るのは、飼育中に放っておかれれば、そりゃあ寂しいもんなと理解できる。


 なるほど、俺はセリフをそのまま受け取ってしまっていたから、ネット上の〝ツンデレ〟評価に首をひねっていたのか。

 落ち着いて考えてみよう。

〝モンスターテイマー〟はゲームだ。

 飼育を終えるとモンスターが女の子になります! というサービス内容で、ガチに不機嫌な女の子を出す理由がない。

 現実世界で〝あの子口調は厳しいけど実は俺のこと好きなんだな〟と思うのは頭がおかしい。

 しかし、ゲームでそう思うのはなにも間違ってない。

 むしろゲームで〝厳しい言葉ばっかりだなあ……嫌われてそう〟と考える俺がおかしかった。


 ちょっとたしかめてみよう。

 俺は深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

 そして、ラスボスに近付いた。


 ラスボスが首を動かす。

「む? どうした主よ……儂に近付くのは来月からではないのか」

「いや、その……」


 相手を人間のように考えてしまうと、途端に俺は気弱でなにもしゃべれなくなる。

 思い出せ。彼女は俺のペットの一人だ。

 俺がちっちゃいころから育てて鍛えて立派に調教したうちの一匹なのだ。

 ……よし、覚悟は決まった。


 俺は真っ直ぐにラスボスを見た。

 そして、近場にある頭を、そっと撫でる。

 ラスボスがおどろいて顔を遠ざけた。

「な、なんじゃいきなり!?」

「ねぎらおうと思ったんだ。俺がいないあいだにがんばってくれたみたいだし」

「……む……そ、そうか。なんだ……ねぎらうというのなら無理に止めはせんがの! いいか、儂がねぎらわれて喜ぶというわけではなく、主の意思を尊重してやるというだけの話じゃ!」

 顔が近くに戻って来た。

 ラスボスの鱗が真っ赤に光る。


 ……なるほど、これが〝ツンデレ〟か!

 象サイズの爬虫類を〝かわいい〟と思う日が来るとは予想だにしなかった。

 油断していると、ドゴォン! という音が響いた。

 ラスボスが強靱な尻尾で地面を叩いたのだ。

 ビクッとしたが、照れ隠しだと思えば……まあ……怖いもんは怖いが……踏みとどまれる。


 ラスボスが翼をピクピクと揺らす。

「……主よ……よくぞ五体満足で戻った。今の世では〝調教師狩り〟なるものも行われているようじゃからのう」

「そうらしいな……怖い話だ」

「捕まった調教師が無理矢理徴兵され、最前線へ遣わされるとも聞いた。実際、幾人もそれらしい者を見たのう」

「……最前線で戦ってたんだよな? まさか、その……殺したのか?」

「主がいるかもしれん。殺さぬ程度に追い払ったわ。連中は似たような鎧姿での、うっかり主と見分けられず焼き払ってしまっては困るからのう」

「……そうか。ありがとうな」

「なんじゃそれは。今、儂に向かって礼を述べたか?」


 最初にされたのと同じ質問だった。

 さっきは怯えてしまって、答えを間違えたが……

 ラスボスは、実はお礼を言われて嬉しいのだ。

 そう考えれば、俺のすべき回答も見えてくる。


「ああ、そうだ。がんばったのをねぎらいたいし、感謝もしてる」

「そうか! それはどういたしましてじゃな! ……あ、いや……ふん! だがな、勘違いをするでないぞ! 儂は主の意思を尊重してやっておるだけで、礼を言われて嬉しがっているわけではないからの!」

「わかってるよ」


 なんとなくだが、ラスボスの扱い方がわかってきた。

 うむ、これは……たしかに〝ツンデレ〟ですわ。

一週間ぐらいぶりの更新になります。待っていてくださった方々にはご迷惑をおかけしました。

また、感想をくださった方、ありがとうございます。

まだちょっと病み上がりという感じですがこれからもがんばって更新していきますのでよろしくお願いします。

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