グレイフェンリルの飼い方3・犬の褒め方、叱り方
生肉はダメだ。
人間の食べ物じゃない。
目が覚めてしばらく経ったので、ご飯の時間になった。
シロが肉食系女子なので鹿をとってきてくれたのだが……
まあ、世の中には見てはいけないものもある。
肉食系女子ガチで怖い……
というわけで。
「肉をどうにかしたい」
提案した。
現在は、シロ、ツン、ロッチとあと1人が人型になっている。
ずっと俺の服を噛んでた子だ。
今も噛んでいる。
人型状態なのに俺のズボンをよだれでベトベトにしている。
調教が必要そうだった。
顔立ちについては……正直なところ、ツンと見分けがつかない。
銀髪を長く伸ばしていて、気弱そうな顔立ちだ。
ただ、この子にかんしては〝いつも眠そうな目をしている〟という特徴があった。
そういうわけで、名前は〝ネム〟にした。
ロッチの顔も、やっぱりツンとほぼ同じだ。
ただし、こちらは妙に色っぽい目つきで俺をながめている。
もっとも俺はなぜか彼女たちの見分けがつくので、いちいち特徴探しなんかしなくってもいいのだけれど。
一番大きいのがシロ。
ツンツンした無表情なのがツン。
艶っぽい目でこちらを見ており、言動が心配なのがロッチ。
眠そうなのがネム。
あとはおいおい考えていこうと思う。
名前を考えるというのは大変なのだ。
俺のセンスでも一応、苦労はしているのだ。
逆にネーミングセンスがないからこそ苦労しているのかもしれない。
閑話休題。
俺たちは鹿肉を目の前にして、ひとかたまりになっていた。
膝の上にツンを乗せて、右側からシロがよりかかっていて、ロッチが俺の前であおむけにねそべっていて、ネムはずっと俺のズボンを噛んでいる。
ちゃんと服を着せた。
シロはゲームグラフィック通りの白いワンピース(に似ているが微妙に貫頭衣っぽいもの)だ。
他の子もワンピースだが、丈の長さや色が違う。
黒いワンピースで、スカート丈が長めなのがツンだ。
赤いもの選んで着ており、ただでさえ短い丈を尻が見えそうなほど短くした(爪で切り裂いた)のがロッチ。
くるぶしくらいまで丈のある青いワンピースを着たのは、ネムだった。
全体的に薄着なのは、このあたりが南国の気候だからだろう。
砂漠とオアシスの都――
俺を追い出した人間の国は、そう形容できるアラビアンな雰囲気だった。
獣型の1人は俺とシロの周囲をうろちょろしている。
シロがたまに子犬たちの頭をなでたりしているのを見ると、立派な親子に……は見えなくって、姉と妹、あるいはペットと飼い主の女の子って感じだ。
で、生肉をどうにかしたいという話についての反応だが……
シロが力強く拳を握りしめる。
「ご主人様のなさりたいことに、シロは異論ありません!」
「……いつもはどういうご飯を食べてるんだ?」
「生ですけど」
知ってた。
さっきも当たり前のように生(骨と皮もついており、血抜きもしていない状態)で提供されたので俺がドンびきしたばっかりだ。
しかしこの子ら獣だし、わからんでもないのだが……
俺には無理そうだ。
シロがふと思い出したように言う。
「そういえば、以前はご主人様がシロにお料理をくださいましたよね? あれはどうやって作っていたんですか?」
「……たしかにそうだったな」
〝モンスターテイマー〟には料理というシステムがある。
というか、育成や調教に必要なものはだいたいシステム化されているのだ。
俺も調教師としてモンスターたちにはいい食事をあたえていた。
だが、もちろん生の鹿肉をさばいた経験なんかない。
素材を仕入れて組み合わせ、焼く、煮る、そのまま(生)の三種類から調理方法を選ぶだけだ。
クリックポチポチでできる。
主な作業は、〝どの組み合わせをすればどのパラメーターが伸びやすくなるか、隠し効果はどうか、材料の鮮度や品質による差異はどうだろうか〟という情報を収集することであって、料理の実作業はなんにも負担がない。
というか今考えたら、包丁などの道具を用意した記憶もない。
素手で生肉分解してたとしたら、ゲームの中の俺、相当すげーな。
ちょっと過去の俺がどう料理してたかは気になる。
俺はシロに聞いてみることにした。
「変な質問をするようで悪いが、かつての俺はどうやって料理をしてたんだ?」
「かつての、ですか? ううんと……調理場には入ってはいけなかったので、料理中のご主人様を見たことはなくって……わかりません……」
そういえばモンスターが調理場に入る描写はなかった。
プレイヤーの知らないところで、〝入ってはダメ〟というルールを教え込まれていた、と考えるのが妥当だろう。
まあ、材料がいっぱい保管されてる場所だと考えれば、モンスターが勝手に入って勝手に喰うこともありうるし、そういうルールがあることに不思議はない。
調理場にはアイコンをクリックすることで移動できた。
大まかな位置関係は覚えているが、内装は一枚絵で見たぐらいのものしか知らない。
そういえば、食材などもあそこに保管されていたはずだ。
さらにたずねる。
「シロの記憶では、俺がいなくなってどのぐらいの期間が過ぎてるんだ?」
「三ヶ月ほどです」
「……うわあ……ってことは食料が腐ってるかもしれないんだな」
「あ、あの!」
シロが言いにくそうに視線を落とす。
俺は彼女のほうを見て首をかしげた。
「どうした?」
「……シロは、ご主人様に逆らってしまいました……どうか悪いシロを調教してください」
ギョッとする言い回しだった。
子供が見てる前で〝調教してください〟とか……すごいプレイだな。
いや、相手は女の子にしか見えないが犬なので、あながちおかしな言葉選びとも言えないのか。
見た目通りに可憐でかわいい女の子だと思って接すると、これから先も心臓に悪そうだ。
ある程度は彼女らが魔物であることを念頭においてコミュニケーションをとっていったほうがいいだろう。
それに――
人間の女の子だと思うと、まともに会話できなくなるしね!
ぼく、非リアマン。ゲームと二次元だけが友達さ。
俺は咳払いをして問いかける。
「話を聞いてみないとなんとも言えないが……なにをしたんだ?」
「実は、ご主人様がいないあいだに、調理場に入ってしまったのです……」
「なんでまた」
「それは……お食事のために。そのせいで、今、調理場には一切の食料がなくって……」
俺に抱きついていたツンが俺の耳をひっぱる。
「なんだなんだ」
「……ママを叱らないでほしいのです。わたしたちを育てるために、ママは仕方なく調理場に入ったのです」
「……あ、はい、うん、そうですよね。ごめんね。マジごめんね」
子育てなら仕方ない。
俺がいなくなって三ヶ月ぐらい経つらしいが、三ヶ月前の俺はいったいなんでこいつらを放り出したんだ。
まったくありえない。
というわけでシロを叱るのはなしにしたいと思います。
しかし……
〝モンスターテイマー〟では、育成方針というパラメーターがある。
厳しければ〝スパルタ〟になり、甘ければ〝ゆるふわ〟になる。
俺の育成方針は基本的に〝ゆるふわ〟だ。
だが、モンスターの種類にもよるのだが、育成封神が〝ゆるふわ〟だと、言うことを聞かない場合がある。
なのである程度厳しく接することが調教師には重要になってくる。
ちなみに。
ゲーム上で育成方針が〝ゆるふわ〟になってしまったのは、効率からそうすべきだったという理由なんかではなく、単純に厳しく接するのが苦手だっただけだ。
だってさあ。
かわいいじゃん。
女の子型の時は言うまでもなく、魔物型の時だってかわいい。
ゲームだとわかっているんだけどさ……どうにも〝育成〟においてゲームと現実を分離しきることは、俺には難しかった。
そして――
今は、実際に、目の前に、シロがいる。
彼女たちに〝スパルタ〟で接するのは難しいだろう。
だが、相手によっては〝スパルタ〟な態度をとる必要がある者もいる。
ドラゴン族なんかが該当しており、あんまり甘く育てるとつけあがって言うことをきかなくなるのだ。
ゲーム内では全然言うこときかなくてすごく苦労した。
なので、いい機会だからシロを相手に〝あえてスパルタな態度で接する訓練〟を積むべきかな、とも思うのだが……
シロを見る。
彼女は、しゅんとうつむいて、俺の〝お叱り〟を待っていた。
子犬どもを見る。
人型の3人――ツン、ロッチ、ネムが、うるうるした瞳で俺を見ている。
犬型の1人も、俺の服にすがりついてこちらを見つめていた。
このすさまじいプレッシャー。
今、ここでシロを叱ることができたなら、今後、どんな相手だろうと俺は必要に応じてスパルタに接することができるだろう。
――わかった。俺はもう迷わない。
覚悟を決めてシロに言葉をかけることにした。
「シロ」
「はい……」
びくびくと震えている。
俺は息を吸い込んで、言った。
「食料がなかったなら仕方ないよな!」
「え?」
「いや、ほんと、よくがんばって子犬どもを育ててくれたと思うよ。俺が突然いなくなったせいで苦労かけたろ。悪かったな。よくやったな」
「……ご主人様!」
シロが俺に抱きついて首筋を舐める。
俺は、その頭をなでた。
……覚悟は決めた。
俺は彼女たちに〝ゆるふわ〟で接していく!
こんなにかわいい生き物に〝スパルタ〟で接するとか、それもう人間の所行じゃないって!
へたれでほんとすいません。
シロがぺろぺろと首をなめながら言う。
「……シロは感動いたしました! これからもご主人様にいっそうの忠誠を誓います!」
ツンがささやくように言う。
「ママを叱らないでくれて、ありがとうです。でも我々は犬じゃないです……グレイフェンリルなのです」
ロッチがころんと俺の前で寝転んだ。
「パパ素敵よぉ。ご褒美にあたしのおなかとかなでるぅ?」
ネムが俺の袖をかじる。
「はむはむするとねー……きもちいねー」
なつかれるのは悪い気分じゃない。
ただし、めちゃくちゃ暑い。
気候が温暖なのにくわえて俺の周囲の人口密度がヤバイせいだ。
外の風をあびたい。
あと、施設の確認をしたい。
俺はまとわりつくシロたちをふりはらうように立ち上がった。
首にはツンがぶらさがったままだが大して重くも感じない。
全員へ振り返って告げる。
「とにかく、調理場を確認して、可能なら鹿肉を調理してご飯にしよう」
今後の方針を発表する。
シロが嬉しそうに尻尾を振って言った。
「はい! シロはどこまでもご主人様についてまいります!」
……叱らなかった弊害が早速出ている気がする。
シロは調理場までついてくる気だ。
今回〝ダメ〟と言われなかったことで、調理場に入ること自体はオッケーというように覚えてしまったのだろう。
まあ、彼女であれば、必要さえないなら俺に黙って勝手に調理場から食料をとっていくことはないと思うけれど……
このままだとどこに行っても、シロたちにまとわりつかれそうだ。
モンスターが増えてもずっとこの調子だったら、そのうち俺を中心にした巨大なモンスター団子ができあがるんじゃなかろうか……
それはそれで幸福そうな気もする。
だが、調教師としてそれでいいのだろうか。
悩みながら、俺はいよいよ今までいた建物から外に出ることにする。
一悶着あったせいで遅くなってしまったが――
そろそろ本気で料理をしたい。




