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異界へは往復切符で  作者: 岡達 英茉
第七章 再び、王宮へ
46/52

7ー4

その先に何があるのか。

それは穴を開けたケインだけが知っていた。


「さあ、こちらにおいで。……どうしたんだい。あれ程君が帰りたがっていた所へ、帰れるんだよ。」


ケインは動こうとしない私に業を煮やし、右手は穴へ向けたまま、もう片方の手で私の右肩を掴んだ。グイグイと穴に向けて押して来るので、私はそれを振り払おうと暴れた。


「おい。何やってるんだ。」


そんな私達を不審そうに眺めながらウーバがケインの手を払ってくれた。ケインはそれに気分を害し、ウーバを説得しようとし始めた。


「邪魔しないで手伝ってくれ!彼女に生きていられたら僕達は困るだろう?犯人なんだから。」


「ケインさん、やっぱり元の世界に帰してくれるなんて、嘘なんですね?あなたがやった事を、全部私になすりつけて…」


「おい、魔導師。この穴はどこにつながってるんだ?」


「……王宮の最上階にあるバルコニーの外だよ。大丈夫、充分高さはあるから、落ちる途中で意識を失って痛みは殆ど感じやしないさ!」


それで納得する奴がどこにいる!

私は頭の血管が破裂しそうだった。

ウーバは半ば呆れた面持ちで私達を見ていた。

尚もケインは私の肩を掴み、渾身の力で私を闇の穴へ押し出そうとした。私の靴がズルズルと石畳みの上を滑る。やはり男性の力には勝てない。

駄目だ、もう無理だ!っていうか、助けは来ないのか!!


「死んでくれ!犯人は捕まってはいけないんだから。これで、全てが終わる……」


「大佐のバカバカ!化けて出てやる!祟ってやる!」


暗い穴が力ずくで目前に迫り、私は我を忘れて遺言を叫んでいた。そのままケインが穴に差し出している右手に、警察犬よろしくかぶり付いた。


「あっつ!!」


驚いたケインは慌てて右手を引き、途端に空間に浮いていた穴は掻き消えた。

助かった!

私が逃げ出そうとすると、ケインは私の手首を捕らえ、長く黒い服の下から剣を取り出した。その服は四次元ポケットでも付いているのか。

ケインは柄を持ち一振りで鞘を払い落とすと、手首を振り払って逃げ出した私を追いかけてきた。

ケインから逃れ、倉庫の奥へと突進した私の目の前で、突然木箱の蓋が開き、まるでびっくり箱の様に人が飛び出して来た。心臓が止まるほど驚いた私は、急遽踵を返して、事もあろうに剣を構えるケインに向かって逆に突進していた。だがケインは既に私を見てはおらず、その視線は私を飛び越えて呆然と後方に投げられていた。


振り返ると、木箱からたくさんの近衛兵が出て来ていた。

いつから、そこに。

私は木箱にさっきぶつかった時に感じた不自然な重みの正体にやっと気付いた。


「そこまでだ。ケイン=ドーンズウィル殿。貴殿は完全に包囲されている。これ以上の抵抗は無意味だ。」


扉を蹴って大佐が登場した。

……遅いから。

時代劇のヒーローじゃ無いんだから、もっと早く出て来いよ!

文字通り、もし一歩間違えていたら私は空中に放り出されていたかもしれないのに。オトリの危機を悠長に見物していたのか。なんでこのタイミングなんだ。好機は山ほどあっただろ。


「貴殿の悪事は全て陛下もご覧になっていましたよ。」


違う方向からカイの声がして、別の扉が開くと、国王夫妻を従えたカイが立っていた。更にその後ろには、かつて謁見の間で私が会った男達が数人控えていた。


「陛下!?…姉上!?」


ケインが驚愕に目を見開き、緩々と剣を落とした。


「王太子が危篤だというから医務室へ行ってみれば……、その男を王宮に手引きしたのは本当にお前なのか、ケイン?」


怒りと失望が交錯した迫力ある声で国王がケインを問い詰めると、ケインは言うべき事が思いつかない様子で、首を振りながら口を開け閉めしていた。


「陛下。ドーンズウィル殿がここ半年ほど盛んにウーバについて嗅ぎ回っていた事は、複数の貴族の証言で私も把握しておりました。」


大佐がケインを追撃する報告をした。

ふいに大佐の後ろから聞き覚えのある声がした。


「ケインから俺の暗殺を強要されたエリに、それを実行しろと命じたのは俺です、父上。その男の本性を、御覧頂きたかったのです。」


大佐の後に続いて中へ入って来たのは、トンプル宮の医務室医長に肩を支えられて、もつれる足取りで未だ青い顔からあぶら汗を滲ませた王太子だった。


「殿下…!」


良かった、無事だったんだ。

安堵から私の足は遂に崩れ落ち、その場に力無く座りこんでしまった。王太子は私と目が合うと、微かに頷いてくれた。


「な、っ。どういう事だ!ウーバ、お前……裏切ったのかい!?」


黒い装束をなびかせてケインがウーバに掴みかかった。ウーバは動揺するそぶりも見せず、淡々と答えた。


「医務室に行ったら王太子はいなく、代わりに近衛兵に取り囲まれたんでね。俺はあんたに勝手に王宮に連れ込まれて、中を練り歩いただけさ。……フォークと飾り紐を持ち歩いても、罪にはならないだろ?」


ウーバは両手にそれぞれフォークと飾り紐を持ち、軽く振った後、からかう様に眼球をぐるりと回して見せた。


「……司法取引か。汚いぞ…。僕を騙したんだな。」


わなわなと唇を震わせ、大佐とウーバを睨むケインは、自分が私を騙して命まで奪おうとしていた事は完全に棚に上げているらしい。


「陛下、これは何かの誤解ですわ。弟がこんな事するはずありませんもの。」


蒼白な顔で王妃が隣に立つ国王に縋った。それに反駁したのはまだ真っ直ぐ立てない王太子を支える、医長だった。


「ラムダス殿下が口にされた毒は、11年前にシエスタ王子が盛られた毒と同じものです。」


「……それはどういう事だ。説明しろ。」


一層表情を険しくさせた国王が、その場に集まった者達全員に問う様に言った。ここぞとばかりに私は口を開いた。


「私はその毒をケインさんから渡されました。元の世界に帰してやるから、と。ちなみに地下牢の門番が殺されて、私は今、彼の血だらけではございますが、その犯人もケインさんだと申し添えておきます。」


私はこの場を借りて無罪を主張した。


「シエスタ王子に盛られた毒の小瓶を、当時あの場から先の王妃様の部屋に移動させられたのは、ドーンズウィル殿だけです。あの騒ぎに紛れて、術を使ったのでしょう。あの時、先の王妃様がどうやって毒を入手されたのかが、最後まで分からないままでした。」


大佐がそう言うと、王妃が耳を劈く金切り声を上げた。


「嘘よ!あの事件の犯人は捕まっているわ。それがケインだと言いたいの!?……そんなはず無いわ。シエスタを、あの子をケインは誰より可愛がっていた!」


大佐は尚も国王に縋り付き叫ぶ王妃の訴えを無視し、どこか典雅な動作でケインと私に近付き、そっと言った。


「これ以上の追及をお望みですか?剥がされたベールの更に下にある存在を晒すのは、私の本意でもありません。無用な混乱は国の為になりませんので。」


どういう意味だろう。

私は大佐の発言の真意が理解できなかった。それは毎度の事ではあったが。

しかし、私達だけに聞き取れたそれを耳にした途端、ケインは小刻みに震え出した。それを確認してから大佐は続けた。


「貴殿が認めれば、全て終わるのですよ。楽になれますよ。」


大佐は自白の強要をしていた。

ケインが尚も強情に口をつぐんでいると、大佐は一層声を落として囁いた。


「幼き者にもやはり贖罪の機会が必要ですか?」


それは二人にしか分からない何かだった。ケインはうな垂れ、体の芯から絞り出す様に罪を認めた。


「僕が、やったんです。……11年前、姉上を正妃にする為に、僕が…。二人の甥に、毒を…」


私と大佐を除く全員が、息を呑んだのが分かった。前王妃の冤罪がやっと明らかになった瞬間だった。





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