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【書籍化】魔女軍師シズク  作者: 入月英一@書籍化
一章

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9/88

1-5

 石造りの建物、しっかりとしたその造りは、ちょっとしたことでは、ビクともしそうにない。

 その堅牢さは、傭兵団という、戦いを生業とする集団の拠点として相応しい。


 そんな建物の廊下を、引きたてられる罪人の如く、私は歩いている。

 先導するのは、コンラート副団長。

 今日も今日とて、愛用の派手な帽子を被っている。そして、何がそんなに愉快なのか、調子外れの口笛を恥ずかしげもなく吹き鳴らしていた。


 まったく、軽快な口笛を吹いていい気なものね。私の脳内では、ドナドナが流れているというのに。

 あまりにも憎らしい。その帽子の羽飾りを毟り取ってやろうか?


 そんな、物騒な考えが頭を過る。……実行したりはしないけどね。

 しかし、本当にできれば、どれだけ心晴れることだろう?


 右腕が疼く。駄目だ、静まれ私の右腕!

 ……なんてね。寝不足の頭では、馬鹿なことばかり考えてしまう。


 そうこうしている内に、建物の外へと踏み出した。

 頭上には綺麗な青空と太陽……って眩しい!

 寝不足の目に、慣れない陽の光は厳しいものがある。……あれ? そういえば、外に出るのはいつぶりだろう?

 ……二日、三日? いや、もっと? ……いつのまにか立派な引き籠りじゃないか!


 判明した事実に愕然となる。

 駄目だ、このままでは、本当に駄目だ!


「何、変な顔をしてるのさ。しゃきしゃき歩いてよ、リルカマウスちゃん」

「…………………………」

「……えっと、大丈夫? …………ちょっと、働かせすぎたかな?」


 そんなコンラート副団長の言葉も、素通りする。

 それほどのショックを私は受けていた。本当にどうしてこんなことに……。


 いや、理由は明白だ。

 その理由とは、まさしくこの傭兵団のいびつさが元凶であった。



 ライナス団長、コンラート副団長が率いるフィーネ傭兵団は、団員数三百人余を数える、中堅クラスの規模の傭兵団である。

 しかし、その歴史は長くない。新興の、いや、赤子のような、生まれたばかりの傭兵団であった。


 結成されたのが、およそ半年前。

 にもかかわらず、その規模は中堅クラス。もっとも、その人員は、文字通りの寄せ集め集団。

 基幹となる幹部要員があまりにも、不足していた。


 当然だろう。そんな急速に膨らんだ集団が、まともな構成の筈がない。

 それでも、団長、副団長を始め、各隊長クラスは何とか、まともな人員を確保することが出来た。

 出来なかったのは裏方とも言うべき、事務方であった。


 ロクな人員もなく、急成長の皺寄せをモロに受けた事務方は、既に戦線崩壊して久しい。

 ライナス団長も高い給金で、何とか引きとめようとしたようだが、そのほとんどが敵前逃亡を図り、既に傭兵団にいない。

 新たに雇おうにも、フィーネ傭兵団事務方の悪評は、リーブラ中に広まり、誰も志願者がいないという悪夢。


 それでも事務仕事は溜まるもの。仕方なく、団長始め、傭兵団の幹部要員たちが、手の空いた時に、なんとかやっつけ仕事で行ってきた。

 もっとも、彼らも暇ではない。というか、当然忙しい。何せ、幹部だもの。


 つまり、再び戦線崩壊の悪夢が、繰り返されようとしていた。

 しかし、神はフィーネ傭兵団を見捨てなかった。戦線崩壊を目前に、哀れな犠牲の羊がのこのこと現れたのだ。

 誰あろう、それこそが私である。……笑えない。


 しかもその上、今日の入団式によって、更に団員数が増えるという。

 最早、狂気の沙汰だ。しかし、これには止むえぬ事情があった。

 それは、昨今の危うい情勢が原因である。



 今から約一年前、マグナ王国に新王が即位した。

 この新王が、あまりにもキナ臭い人物であった。何せ、自らが王位に就くために、父王と、兄である王太子に、凶刃を向けた人物なのだから。


 この纂奪事件によって、先王は死亡、元王太子は生死も分からぬ行方不明。

 国の実権を握った、新王ハインリヒ五世は軍備を拡張。他国への領土的野心を隠そうともしなかった。

 あるいは、纂奪による国内の反発を、紛らわせる意図があったのかもしれない。


 ハインリヒ五世の真の意図は不明だが、彼の行動により、マグナ王国と周辺諸国との緊張感が高まることとなる。

 このような情勢の中、マグナ王国との国境に領地を持つメデス辺境伯は、自身の騎士団の増強と、複数の傭兵団との契約に踏み切った。


 アルルニア王国北部における軍備拡張。この追い風に乗り、いや、追い風に吹き飛ばされるような勢いで、フィーネ傭兵団も急成長。


 そして先日の、マグナ王国軍の国境侵犯を受けて、メデス辺境伯は各傭兵団に更なる人員の増加を厳命した。

 その結果として行われるのが、今日の入団式である。



 ざわざわとした群衆の声。伝わる熱気。

 苦悶している内に、入団式を執り行う広場へと到着していたらしい。


「本当に大丈夫かい、リルカマウスちゃん?」


 珍しく心から不安げな様子の、コンラート副団長。

 もっとも、彼が案じているのが、私の体調か、あるいは、崩壊しつつある事務方なのか。……きっと、後者だろう。


「あまり、大丈夫ではありませんね」


 零れ出るのは、弱弱しい声。

 せめてもの仕返しに、彼の不安を煽るような回答をしておいた。


 ふん、同情するなら金をくれ。金目のものでもいい。例えば……。

 視線をコンラート副団長の右手親指に向ける。そこには、ふざけた帽子を愛用している人間とは思えない、瀟洒な指輪をつけていた。


 ……なかなかの年代物に見える。それに、何より高そうだ。

 前から目を付けていた一品。どうにかして……。


「遅いぞ、二人とも!」


 前方から声が飛ぶ。そちらに視線を向けると、ライナス団長が立っていた。


「いやー、リルカマウスちゃんがトボトボ歩くものだから……」

「睡眠不足のせいですね。仕事量が多すぎるもので」

「…………ぐっ」


 コンラート副団長が私に責任転嫁してきたので、すかさず、反論し難い理由を、恨みを込めて言い放つ。

 ライナス団長は苦虫を噛み潰したような顔となった。


「……とにかくそこに座れ、シズク」


 ライナス団長が手振りで示した先には、横長の机と椅子。

 机の上にはインクと羽ペン、それから羊皮紙が広げられていた。


 私は指示通り、黙って椅子に腰かける。すると、ライナス団長は、集まった人々に向かって声を上げた。


「注目! ……私がフィーネ傭兵団の団長、ライナスだ!」


 静まるざわめき。幾人もの視線が、ライナス団長に集中する。


「これより入団式を執り行う! 一人ずつ、私の前に進み出よ!」


 そう言って、簡易な椅子に腰かけるライナス団長。そのすぐ背後に、コンラート副団長が控える。

 ライナス団長の宣言の後、少しの間を置いて、一人の若者が進み出る。


「名は何と言う?」

「ロメス村の、フランツです」

「そうか、フランツ。貴様は、フィーネ傭兵団の一員として、誇りある戦いを貫くことを誓うか?」

「誓います!」


 その問答の後、暫し青年フランツを観察するライナス団長。


「ふむ、体格は悪くない。給金は……一ニ〇シリカだ。書記官! 記録、ロメス村のフランツ、一ニ〇シリカ!」

「あ、ありがとうございます!」

「よし、次!」


 団長の声に応じて、新たな男が進み出てくる。

 私は、羊皮紙に、先程の青年の名前と、給金額を羽ペンで記す。


 そして同様の行為が繰り返されていく。全く、次から次へと、面倒この上ない。

 私は、集まった群衆に視線をやる。

 ……百人には満たないか? しかし、それでも、中々骨の折れる人数だ。


 今、ここに集まっているのは、全て入団希望者だ。

 傭兵団から派遣された募兵官たちが、各地の村などを渡り、勧誘してきたものたちが、ここに集まってきている。


 今日の入団式とは、団長の目通りと、新団員が傭兵団の一員になることの宣誓。そして、新団員にとって、最も重要な給金額の決定である。


「ほう、良い体格をしているな」

「へへ、村じゃあ、喧嘩で負けなしでんした」

「そうか、……給金は、ニ〇〇シリカ!」


 団長の宣言に、ドオっと歓声が巻き起こる。本日の入団式で最高の給金額だ。

 腕を高々と持ち上げて、勝ち誇る体格の良い青年。

 それを、新団員達が、羨望の眼差しで見やる。


 もっとも、所詮は新団員の給金額。

 新団員たちと違って、私は冷めた目でその様子を眺めていた。

 そう、私の給金額は新団員とは比べ物にならない。それどころか、傭兵団幹部とも遜色ない給金を与えられていた。


 その額、実に三五〇シリカ。


 都市や町に住まう住人の、平均的な収入が、月でだいたい一〇〇シリカであることを考えれば、相当な金額である。

 ライナス団長はよっぽど、私を逃がしたくないようである。

 実際、私が地獄のような職場から、まだ逃げ出していないのは、その給金を惜しんでのことに他ならない。



 本当、給金だけはいいのよねぇ、給金だけは。

 このまま、傭兵団に留まれば、遠くない将来、団内随一の小金持ちになることだろう。

 そう、何せ、私は他の団員とは立ち位置が違う。


 新入団員ですら、一般の平均収入を超えているのは訳がある。

 日々の食事は勿論、武具の調達費なども、団員はその給金から賄わなければならないからだ。

 その他にも、酒や女といったものにも傭兵たちは湯水のように金を使う。


 多少の給金では、常にジリ貧の自転車操業。

 幹部クラスになって初めて、蓄えができるといったあり様。


 一方、私は武具なんていらないし、酒も飲まず、当然女も買わない。

 金は貯まって行く一方だ。


 ……やっぱり逃げ出せないよね。

 本当にやばくなるまで我慢して、貯めれるだけ貯める。

 そして、それを元手に再出発だ。


 ふふふ、見ていろ、今に成り上がってみせる。


 そんな風に、野望を滾らせながら羽ペンを走らせている内に、どうやら最後の一人になっていた模様。


「記録! ヨイツ村のアベル、一〇〇シリカ!」


 ようやく自室に帰れると、安堵の息を吐きながら羽ペンを走らせる。

 もっとも、帰っても仕事が待っているのだけれど……。


 ふと、『仕事が終わったら仕事だぜ』という、某仕事人の声が、聞こえたような気がした。……幻聴とか、本気でやばくないですか?


 やっぱり、早期転職を検討すべきかしら?

 

 そんな風に頭を悩ましながら、青空を仰ぎ見るのだった。


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