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【書籍化】魔女軍師シズク  作者: 入月英一@書籍化
五章

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5-4

 見るからに無様な様で壊走していくマイヤー子爵とやらの騎士団。

 フン、地方貴族の私兵騎士団如きが、名将ヤン・ジェシカの戦術を破れるわけがないでしょうが。

 私は、敵兵の無様な後ろ姿を見やりながら鼻を鳴らす。


 特に昂揚感もない。勝って当たり前の戦だ。

 その為に名将の戦術を模倣したのだから。

 そう、フス戦争の英雄ヤン・ジェシカ。彼の名将が、庶民兵を率いて騎士を破った戦術を。


 馬車を横向きに鎖で繋ぎ合わせ、簡易な馬防壁となす。

 その陰に隠れた魔杖兵たちが、接近する敵兵に一斉掃射を見舞うわけだ。


 この戦術の利点は、簡易馬防壁があるおかげで、敵騎兵は容易に魔杖兵に接近できないこと。

 敵兵が足踏みしている間に、魔杖兵は落ち着いて射撃できるわけだ。


 この落ち着いて、というのが肝である。


 戦慣れしない庶民兵にとって、騎兵突撃の圧迫感は凄まじい恐怖だ。

 遮るものがなければ、庶民兵はその恐怖に体を膠着させてしまう。

 まともな抗戦などできなくなるだろう。


 しかし、騎兵から身を守る壁があれば、兵らは安心して戦える。

 本来の力を存分に発揮しうるわけだ。


 さらにこの簡易馬防壁、馬車を用いるという発想が素晴らしい。

 鎖さえ外せば、スムーズな移動が可能だ。

 言わば、機動要塞と呼べる代物。

 行軍速度を損なうことなく、必要な戦場へと持ち運び可能なのだ。

 ああ、本当に素晴らしい。


 やはり、魔杖部隊を運用する上で、これ以上ない最適解だ。

 今後も、素晴らしい戦果を期待できるだろう。


 魔杖部隊の初めての本格運用となった、この戦い。

 私はそれを冷静に分析するのだった。


 そう分析だ。ようは、この戦いは一種の試験運用。

 勝利そのものに、昂揚感を覚えないのも当然であった。


 反して、我が魔杖部隊、三個大隊の面々は喝采を上げている。

 彼らは、ウィッラ領内の市民や農民から徴募したものたちだ。

 当然、初の実戦である。

 初陣を勝利で飾り、興奮するのも無理もない。


 これで少しは自信に繋がるだろうか?

 魔杖で武装さえすれば、自分たちでも一端の騎士に対抗しうる。

 その事実を認識できたならいい。


 ただ、過信は禁物だ。

 その薄っぺらなメッキが剥がれた時、彼らは木偶の坊へと変貌するだろうから。


 その辺、上手く引き締めないとね。

 それが指揮官としての役割の一つなのだろう。

 私はそのように独りごちる。



 解放軍の中にあって、魔杖部隊は正式な指揮系統とは独立した立ち位置にある。

 その所属は、総参謀長直轄。

 つまり、私の指揮下の特殊部隊という立ち位置だ。


 それだけに、彼らの不始末の責任は、全て私が負うことになる。

 上手く手綱を握ってやらねばならない。


 何か問題を起こせば、私を好ましく思わない連中に付け入る隙を与えることになってしまう。


 総参謀長という職責に私があることを、好ましく思わない者も少なくない。

 表だって声が上がらないのは、私が結果を示しているから。


 何か一つミスをやらかせば、ここぞとばかりに引き落としにかかるだろう。

 折角の要職、馬鹿どもの嫉妬で失うには惜しすぎる。

 回避するには、今後も結果を示し続けないとね。


 そのように決意を固めていると、興奮冷めやらぬ声が飛んでくる。


「魔女様! 追撃はどうするんだい!?」


 エルマだ。他の兵と同じく興奮した様子で、私に問い質してくる。

 私は冷静な声で答える。


「無用よ。ゆっくりと、ヴァール市に向かって進軍するわ」


 道すがら回収していきたいものもあるしね。


「はあ……。そうかい? 分かったよ」


 エルマが気の抜けたような声を返してくる。


 そうそう、エルマたち共和国で拾った娘たちは、魔杖部隊の中でも特別な役割を与えている。

 それは私の身辺警護だ。

 私は王様でも総大将でもないので、その言葉は不適切だが……。

 いわゆる近衛や馬廻りのような部隊と言えば、分かりやすいだろうか?


 死と隣り合わせの緊迫感故に、理性を忘れ、自身の本性を曝け出すことも多い戦場。

 そこでは、倫理に悖る行為が平然と罷り通る。


 そんな中、男ばかりの軍隊にあって、女性である私には当然警戒すべき事柄がある。

 下手な男を傍近くに置いておくのは、危機意識の欠如というものだ。


 だからこそ、エルマたち女性兵で私の周りを固めたわけである。

 彼女らなら、一定の信頼がおける。

 少なくとも、貞操の危機に陥ることはあるまい。


 もっとも、手放しで信用するわけにもいかないけどね。

 だって、そうでしょう?

 古今東西、信頼していた部下に寝首を掻かれるなんて、珍しくもないのだから。


「エルマ、部隊全体にヴァール市への進軍命令を。勝利に浮かれず、秩序だって行動せよと厳命しなさい」

「はっ!」

「ああ、それから……」


 一旦言葉を区切る。


「それから……何だい?」


 エルマが小首を傾げる。

 私は、そんなエルマににこやかに微笑んだ。

 そして言葉の続きを口にする。


 それを聞いたエルマの表情が、嫌悪に歪んだのだった。



****



 ヴァール市、マイヤー子爵領の中心都市。

 そこは四方を壁で囲まれた城塞都市であった。


 元の世界のドイツなら、きっと○○ブルクとか名前が付いたであろう、そんな都市。


 ふむ、ただ……地方貴族の限界とでも言うべきか、その規模は正直ショボイ。

 壁の高さは然程高くなく、所々修繕が必要そうな箇所も見受けられる。

 なんともお寒い限りだ。


 しかし、腐っても城塞都市。

 力攻めなんてすれば、手痛い被害を被ることだろう。


 さてさて、ではヴァール市に逃げ帰ったマイヤー子爵をどう調理するのか?


 その答えが、今まさに組み上がろうとしている。


 味方は、真下からそれを仰ぎ見る。

 敵は、城壁の上にいる兵らがそれを指差し、何やら声を上げていた。


 巨大な木材のパーツを組み上げ、出来上がったものは二基の投石機だ。


 ヴァール市に到着するや、迅速に組み上げられていく投石機。

 その速さは、バラバラにしたパーツを初めから用意していたからだ。

 それを各馬車に積んで運んできたのである。


 つまり、巨大なプラモデルのようなもの。

 一から作るより、時間は大幅に短縮される。

 そして、それを為す者たちの手際も悪くないから尚更だ。


 庶民の中でも、大工仕事などをしていた職人たちをいくらか部隊に選抜している。

 理由は当然ながら、工兵代わりにするためである。

 こういった兵らは、本当に重宝できる存在だ。

 使い潰さない程度に、存分に扱き使うとしましょう。



 順調に投石機が組み上がっていくにつれて、城壁の上の敵兵の数が増えていく。

 連中が顔色を青くしているのが、目に見えるようだ。


 巨大な岩石を雨あられと撃ち込まれる。そんなことを想像しているに違いない。

 だけど……。


「魔女様……。投石機の組み上げが……完了しました」


 おっと、待ちに待った報告がきたわね。


「大変よろしい。では、事前の命令通りに始めなさい」


 私は満足気に頷いてみせた。

 反して、吉報を持ち寄った職人の顔は優れない。


 全く、どうしたことだろうね? 不思議だなー。


 彼は渋々といった風情で、完成した投石機の下へと戻る。

 そして命令を遂行すべく、指示を出す。


 そんな彼の指示に従って、投擲物が運ばれてきた。

 心なしか、それを運ぶ兵らの顔色も優れない。


 ホント、どうしたんだろうね? 不思議だなー。


 程なくして、投石機にそれがセットされる。

 そして、てこの原理を用いて大空へと放たれた。


 大きな放物線を描いた投擲物は、一発目から見事ヴァール市内へと着弾する。

 地響きなどは無い。

 それは、巨石の様な大質量ではないからだ。


 そう、投石機で飛ばしているのは岩ではない。

 もっと、気の利いたモノだ。

 幸運なことに、道すがらいくらでも回収することが出来た。

 その正体とはズバリ、敵兵の死骸である。


 それを次から次へと、投石機にセットしては、ヴァール市内に放り投げていく。

 察しの良い者なら、その意図を悟り始めている頃合いだろう。


 そう、狙いは伝染病である。


 もっとも、こんな小競り合いを長期化させる積りもない。

 つまり正確には、籠城する兵や市民たちを伝染病の影に怯えさせることが目的である。


 医学が然程進歩してないとはいえ、この世界の住人も経験則として、大量の死体が伝染病につながることぐらい知っている。


 ただでさえ緒戦に敗れ、気落ちしている兵や市民たち。そこに、伝染病の恐怖まで加われば……。


 この後の展開は火を見るより明らかだ。そうでしょう?

 だって、誰がそれを押し留め、兵や市民の統制を図れるというのか?


 うん、無理、無理。少なくとも人望の欠片もないマイヤー子爵には荷が重すぎる。


 なれば、果報は寝て待て。

 その結果が出るまで、ゆるりと待つことにしましょう。



 それから二日後の朝、降伏の使者がマイヤー子爵の首を持参して、私の前にやってきたのだった。


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