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そこは辺境伯執政府、その無数にある部屋の中でも一際大きな一室。
部屋の中央に鎮座するのは、大きな円状のテーブル。その周りに並ぶ椅子に腰掛けるのは、辺境伯軍の重鎮たちと二人の王侯貴族。……そして、ちゃっかり私。
「皆揃ったか。それでは会議を行う。……よろしいですな、コンラート殿下?」
「ああ、始めてくれ、メデス辺境伯」
会議室に響く辺境伯とコンラートの声。これから、今後の方針について、ここに揃ったメンバーで語り合うことになる。
「ふむ、まずは騎士団長、マグナ王国の動きはどうか?」
「はっ! 敵が予想していなかった先遣軍の敗北。また、コンラート殿下の旗上げ。これらの影響は大きく、マグナ王国は動揺している模様。敵本軍の動きも鈍くなっています」
辺境伯の問い掛けに、ウェルテクス騎士団の団長がハキハキと答える。
「そうか……。つまり我々は、一時の猶予を得たわけだ」
「はい。それから、諸侯方の援軍もリーブラに向かって、それぞれ自領を発ったとの由。おそらくは、敵本軍よりも早く駆けつけるものかと」
「ふむ、それも良い知らせだ」
辺境伯と騎士団長のやり取りを聞いていた周囲の武官たちも頷き合う。
前回の謁見室に比べ、随分と場の空気は明るい。
しかし、それはそれで厄介なもの。窮地に立たされれば、人々は否応なしに力を合わせもするが、一度余裕が出てくると……。
「さて、諸侯の軍が到着するまでだが……。それまでにできることはやっておこう。騎士団長!」
「はっ!」
「諸侯が到着するまで、やらねばならぬことは?」
「……そうですな。マグナ軍の動きを掴むための斥候に、軍需品の確保、リーブラの城壁の強化などなど、数え出せば切りがありませぬな」
騎士団長が指折り数え上げていく。尚も言い募ろうとする騎士団長を、辺境伯は手で制すると、口を開いた。
「もうよい。それら全ての差配を騎士団長に任せる。私の代行として、騎士団ならび全傭兵団の全権をそなたに委ねる。とくと励め」
「はっ!」
辺境伯と騎士団長の二人だけで淡々と進めている話に、第三者の横槍が入る。
「それほど膨大な仕事、騎士団長一人では手に余ろう。私も手伝おうではないか」
「……コンラート殿下。いやいや、殿下の手を煩わせるまでもない。殿下はドンと、泰然として、戦いの時を待たれなされ」
「そう言うな、辺境伯。私もただの飾りというわけではない。軍務の一端ぐらい担わせてもらうさ。遠慮することはないぞ」
互いに、にこやかな表情を崩すことなく話し合うコンラートと辺境伯。
しかし、その目は笑っていない。
そう、つまりはこういうこと。
余裕が出始めた途端始まったのは、仲間内の主導権争いだ。
辺境伯にとってコンラートはただの御輿だ。無駄なことなどせず、じっとしてもらいたいわけだ。
そして当然、コンラートはただのお飾りに甘んじる気はない。
隙あらば、軍内での実権を握りたい。それが無理でも、少しでも軍内での影響力を強めたいという思いがある。
この主導権争い、優勢なのは勿論、メデス辺境伯の方だ。
なにせ、コンラートはただの居候に過ぎない。独自の力などなく、軍内における影響力など皆無に近い。
唯一の例外が、フィーネ傭兵団だが、一傭兵団を掌握したところで、その力は微々たるもの。
そもそも、その傭兵団の傭兵たちを雇う資金源すら、元を正せば、メデス辺境伯のものなのだ。
まさしく、首根っこを掴まれたようなもの。
そりゃ、辺境伯からしたら、おとなしく御輿になれってものでしょう。
もっとも、コンラートはお飾りに甘んじる気は毛頭ない。
お飾りのまま玉座を手に入れても、ただの傀儡政権……とまではいかなくても、何かと辺境伯、引いては、アルルニア王国に遠慮しなければならない。
それは政治的に、致命傷に近い痛手だ。
そもそも、そんな隣国に弱みを持つ王を推戴したいと思う臣下が、マグナ王国にいるだろうか?
そんな王を玉座に据えるぐらいなら、簒奪者の方がましだと考えてもおかしくない。
それに、そんな政治的な問題を無視しても、コンラートは自分の力で弟に勝ちたいという思いがある。
故に、御輿になることは、彼にとって決して受け入れられないことだ。
つまり両者の衝突は不可避。まだ決定的な亀裂は生じていないが、それも遠からずといった具合だ。
しかし、それでは不味い。コンラートには、メデス辺境伯の協力が、いや、リーブラが生み出す財力がどうしても必要なのだ。
そう、協力者や、自前の軍団などよりも、先ず金が要る。
どうしてかって?お主、金の重要性が分かっていないな? ……別に私が守銭奴というわけではないのよ。
先立つものは、金だ。それは戦争でも同じ。
以前、戦いは数だ、などと言ったこともあるかもしれない。
訂正しよう。戦争は金だよ、兄貴。
その証明に、日本史の偉人、織田信長に目を向けてみよう。
当初、信長は片田舎の小大名にすぎなかった。
他の大名に比べ、広大な領地を持つわけでもなければ、圧倒的な数の軍団を従えていたわけでもない。
むしろ、尾張兵は弱兵として知られていたほどなのだ。
そんな信長を、小大名から躍進させた原動力とは何であったのか?
常識に囚われない彼の異才? 優秀な部下たちの存在? それもあるかもしれない。
しかし、最大の要因は金である。
確かに信長は、広大な領土も圧倒的な軍団も持ってはいなかった。
しかし、他の大名が羨むものを一つだけ持っていたのだ。それが、彼を支援した商人たちの資金力である。
彼の支配地域に根差す津島・熱田商人、彼らの協力が、信長の躍進を支える大きな原動力となった。
考えてもみて欲しい。軍団とはただ消費するだけの、非生産的な大集団だ。
彼らを維持する上で必要なものとは何か? ――そう、莫大な金である。
その根源的な力をバックボーンに、信長は小大名から、大大名への躍進を遂げた。
後に信長が、当時では極めて開明的な『楽市楽座』という政策を採ったのも、戦争における金の重要性を、彼がよく理解していたからに違いない。
信長が畿内を制し、大大名となってからも同じこと。
新たに堺商人の協力を得た彼は、信長包囲網という、周囲敵だらけの状況でも、息切れすることなく戦い続けてみせた。
それもこれも、やはり金の力なのだ。
金、金、金。とかく戦争には金がいる。
などと、まあ、長々と講釈を垂れて、誠に申し訳ない。結論を言おう。
――世の中はやっぱり金である。
うーん、つまり、メデス辺境伯は我々にとって目の上のたんこぶ。
されど、彼が治めるリーブラ商人たちの協力は必要不可欠……と。
何とも悩ましい。打つ手が見当たらないし、これでは身動きできない。
どうしたものだろう?
……今挙げた、二つの事実は相入れないんだよね。
だったら、どちらかを変えてやればいい……のかな?
しかし、金がいるという事実は曲げられない。
ならば、どうにかするのはメデス辺境伯の方。辺境伯が、我々にとっての障害でなくしてやればいい。
だけど、どうやって? 辺境伯を心変わりさせる……とか?
そう、コンラートにもっと協力的に……。うん、ありえない。
そんなことができれば、人類皆兄弟になれる。
考えろ、考えろ、考えろ。
辺境伯を飛び越して、商人たちと直接協力関係を結ぶというのは?
……商人たちに、自分たちの領主を裏切らせるほどのメリットを提示できるのか?
そんなこと、できっこない。
うーん、名案が思い浮かばにゃいにゃー。
何故か、語尾が猫化する。頭の中が、茹であがってきている証左だね。
どうするの、この状況?
……名案が浮かばないなら、もう一度、状況を整理しよう。
それで何かが見えてくる……といいなぁ。
まず、メデス辺境伯が邪魔、邪魔、邪魔なのよ。
だけど、その邪魔者の影響下にある商人たちの力が必要不可欠。
この難題を打開するには?
商人たちを辺境伯から分断、そして我々の影響下に? ……無理ゲーだぁー。
リーブラ商人たちを従わせるには、リーブラを長く治めてきたメデス辺境伯家、その力がどうしてもいる。
ぽっと出の人間に、どうして商人たちがついてくれるっていうの?
そう、メデス辺境伯家の力がどうしても……うん? メデス辺境伯……家?
ううん? 待て、待て……整理よ、整理。
邪魔なのは、メデス辺境伯個人。
リーブラ商人たちが主と仰ぐのは、メデス辺境伯家。
必要となるのはメデス辺境伯家の力。メデス辺境伯個人ではない。
そして、そして、若き英雄に恋する、メデス辺境伯家の御令嬢……。
……なんだ、答えは単純明快じゃないか。何をこんなに悩んでいたのか。
そう、たったひとつのピースを排除すれば、全てが上手く回るじゃないか。
急に閃いたその名案に、私は思わず口元を歪めた。




