クライマックス2
ヴィンスは警戒しつつ動かない。
アルマは隙無く立っているが、今の彼女からは闘気も殺気も感じないからだ。
アルマが審判へと話しかける。
「審判、少し時間を貰っても良いかしら」
静かな口調ではあるが、〈拡声〉の術式を使っている。その声は闘技場じゅうに響いた。
審判はヴィンスに視線をやり、彼が頷いたのを見ると、恭しくアルマに頭を下げた。
「今日の闘技場はあなた方のためだけのものです。ご随意に、偉大なる北斗七星」
「では少々遊ばせて貰いましょうか」
アルマの横に巨大な箱が出現した。
それは身長よりも大きなもの、ヴィンスはそれを見て思わず笑う。
「観客の諸君、かつてのわたしを知る者たちよ!君たちの思うことは分かるとも。ヴィンスがわたしの弟子とは思えんのだろう?
観客の諸君、かつてのわたしを知らぬ者たちよ!君たちの思うことは分かるとも。わたしの戦法が分からんのだろう?」
客席からどよめきがおきた。
「それを示そうではないか。そしてこれはちょっとした心遣いでもある。我らの速度に目を慣らせ」
箱の一面は扉になっていてアルマはそれを開け、体をその中に突っ込み、中にあったものを取り出す。
彼女が取り出したものは何本ものモップであった。
箱とは闘技場の廊下の隅から掻っ払ってきたのであろう掃除用具入れである。
「いいかな、我が弟子」
「もちろん、師匠。懐かしいですね」
モップを使っていたのは確か12歳頃までだったか。
アルマの手からモップが消える。〈虚空庫〉へと収納されたのだ。
「抗いなさい」
ヴィンスはその声に懐かしさすら憶える。
「2本からいきます。防御!」
アルマの声が闘技場に響く。彼女が右手をヴィンスに向けた。
手首のあたりからモップが2本射出され、矢の如き勢いでヴィンスに迫る。
ヴィンスは前に突き出した右手でそれを背中側、腹側へとそれぞれ弾き飛ばす。
地面に落ちるかと思われたモップはその直前でそれぞれ弧を描くように浮かび上がり、左右からヴィンスを突き刺さんと迫る。
一歩飛び退き、それを回避。モップは流れるように突きから振る動きへ。
これも軽く右手で払う。
「2本追加」
そこにアルマの手から2本のモップが射出。地面を蹴ってサイドステップで躱す。
計4本のモップがヴィンスのまわりを回転しつつ、突かんと叩かんと迫る。
「1本追加」
更に増える。
彼はその全てを右手で払い、いなし、躱す。
時に足への攻撃は脚甲で受けられ甲高い音を響かせる。
観客は驚愕する。
なぜアルマは同時に5本のモップをそれぞれが独立した動きで動かせるのか。
そしてそれをヴィンスが全て対処していることに。後方からの攻撃も、複数本が同時に打ち掛かってもだ。
ふと、アルマの手元に一振りの剣が握られている。
彼女はそれを振る。決して力の入った動きには見えなかったが、易々とモップの布の部分を斬り落とした。
そして斬り落とされた布が激しく橙の炎をあげる。
彼女が手にする少し短めで剣身に厚みのある片手剣は対の魔道剣の片割れ、炎帝だ。
斬った対象を燃やし、焦がす炎熱の剣。
次々と火球を作っては自分の周りに落としていく。
「炎弾」
火球が群れをなしてヴィンスに殺到する。
ヴィンスは斜め前へ前進。
先頭の火球を脚甲で蹴り上げ、後続の火球の一部を巻き込んで排除。空いた空間に身を割り込ませ、前転するように飛び込んで前方のモップは右籠手で弾き、後方から追ってくるモップは左手で掴む。
掴んだモップを横薙ぎに降るって残った火球を叩き落とした。
「行きます」
アルマの声。
そちらを見れば両手にモップを握ったアルマが滑るように突進を仕掛ける。
突き出された右のモップをヴィンスが左のモップで受けると、そこにアルマは左のモップを差し込み、てこの原理のように固定。
そこを宙に浮かぶモップが突きささんとし、ヴィンスはモップから手を離して後退。
アルマはそのモップを一度〈虚空庫〉へと収納すると即座に射出。
再び5本のモップが宙を舞い、アルマの持つものと合わせて7のモップがヴィンスを狙う。
会場中の観客全てが思わず息を止めており、ここで攻防が中断して息をついた。
連続する、思考が追いつかない動き。
というより1つの思考では到達し得ない動きであった。
5本のモップが同時に迫る、次々と迫るのではないのである。
あるモップは突き刺さんと、あるものは叩き切らんと、あるものはヴィンスの行動を阻害せんと、別々の意思をもって動くのだ。
「攻撃」
アルマがそう言いながらヴィンスに斬りかかる。だが攻勢に出て良いとの許可が出た。
アルマの両手のモップを右手で捌きつつ迫るモップの1本を左手の籠手で叩き折る。
防御が甘くなる。モップの幾本かがヴィンスの身を掠めるようになりつつも致命となるような直撃は避けつつモップを破壊。
後はアルマ本人を残すのみ。
と言うところで彼女の前に〈念動〉で掃除用具入れの大きな箱が飛翔して割り込んできた。
なるほど。ヴィンスはそう呟くと右手に魔力を軽く込める。
「〈突き〉」
ヴィンスの右手は掃除用具入れを轟音と共に割砕いた。
「ま、こんなとこでしょう」
アルマが頷いた。




