わたしの北斗七星
アルマは笑う。
「まあ、言われずとも決闘士たちは分かっていると思いますが」
――それはどういう意味でしょうか。
「先日、わたしは闘技場の砂地と観客席を隔てる円柱状結界を割って見せましたから。
あれは通常起動ですのでそこまで強度が高いわけではない。それでも決闘士の一般的な防御魔術よりずっと上なので」
彼女は立ち上がる。
「知っての通り、この後で要望のあった武装の展示をしていくので見ていくと良いだろう。少なくとも君たちも驚くものがあるだろう」
去り際にそう言葉を締めくくった。
今回、A級昇格戦を行うにあたり、アルマの武装に関しては問題があった。
本来ならばA級順位戦及びA級昇格戦において魔術道具の持ち込みに制限はない。
ただ、その量・質ともにアルマの有するそれは隔絶している。
委員会からはいくつか使用を取りやめてもらうべきかと話があったが、ヴィンスからは全ての使用を容認するとの返答があった。
ただ、さすがに情報的なアドバンテージの問題がある。
ヴィンスとてアルマの有する魔剣はほとんど見たことがないのだ。
手の内を晒すという目的。それは決闘前に互いの武装を見せるという古来の作法でもあった。
また貴族たちからもどのような武器を使うか見たいという要望が寄せられたのもある。スカンディアーニの宝剣まで彼女はその手にしていたのだから。
そこで1日のみ展示することとなった。
もちろんヴィンスの武装も並べられている。
来季のA級昇格に合わせて使うつもりであった手甲と脚甲である。
それはヴィンスたちが討伐した悪食竜の素材を後援者であるローズウォール家に献上した対価の一部として彼に与えられたもの。
ヴィンスの体格に合わされた特注品でもあり、溶かした魔法銀に砕いた竜鱗を混ぜて鍛えられた逸品。
本来であれば注目を集めるに相応しい出来だ。
だが、その奥の展示から発せられる異様な魔力に、そしてそれを見つめる人だかりに意識は持っていかれてしまうのであった。
極めて厳重な警戒の中、7振りの剣が並べられている。
4人の闘技場の魔術師による結界が張られ、その中で優雅に椅子に座るアルマ北斗七星。その背後にはまるで彼女の執事かのようにラファエーレ卿が控えている。
アルマの前に置かれた彼女の身体より巨大な純白の丸盾。
そしてその上に、7振りの剣が展示されているのだ。
看板には剣の銘が刻まれている。
聖剣・パクス・スティバーレ
スカンディアーニの宝剣・エペ・ド・リス
対の魔導剣・炎帝・氷后
魔剣・魂啜り
秘剣・アルコル
竜剣・ヴィンセント
エルフの樹剣・ミストリミエッカ
7剣が共鳴し、反発するかのように膨大な魔力が渦巻く。
その7剣の中でも特にその中央にある純白の剣を見て、驚愕のあまり貴族も騎士も決闘士も記者も呆然とするのであった。
国宝、パクス・スティバーレである。
スティバーレ王国の建国王リベリアがかつてローマと呼ばれていたこの地から魔族を退け、王都ラツィオを切り拓いたという王国の歴史。
その手にあったという武器、王権の象徴にすら匹敵する聖剣が彼女に与えられていたとは誰も知らなかったのだ。
あまりにも質問が多かったので急遽説明の看板が横に立てられた。
『聖剣・パクス・スティバーレ。
アルマ北斗七星がS級決闘士となった栄誉を称え、時の王、ミケーレⅡ世により、彼女が存命であり、スティバーレ王国内にいる限りという条件のもとに貸与された』
優雅に、だが気怠げに椅子に座り、机の上の黒檀の木の実を摘みつつ酒杯を傾けていたアルマの前で人垣が割れる。
ヴィンス竜殺しがこちらへとやってきたのである。
「師アルマ」
「やあ、我が弟子ヴィンス。これがわたしの北斗七星だ」
アルマは立ち上がるとパクス・スティバーレを掴んで鞘から抜きはなち無造作に振った。
剣身から魔力の煌めきが蒼白い流星のように流れ、結界を抵抗もなく切り裂く。
そして彼女は前へと進み、ヴィンスの前に剣を突き出した。
黄金の柄、金剛石のように輝く魔石が埋め込まれた剣身。
「どうだ、いい剣だろう」
子供が宝物を見せるかのような無邪気な笑顔を浮かべた。
なるほど、S級決闘士となり授与されたものの、それからすぐに身を隠していたのだ。他人に見せる機会はなかったのだろう。
触れてもいないのにヴィンスの肌が切れんばかりの圧を感じる。
「ええ、素晴らしい。それに……アルマ、あなた自身も」
アルマは決して魔力量が多くはなかったはずだ。
だが今、彼女からは力強い魔力を感じる。
「あなたとの戦いのために仕上げてますからね」
ヴィンスは机の上に視線を送る。黒檀の実、決して美味いものでもないそれをわざわざ取り寄せているのだ、彼女のエルフとしての根源の力があるのか。
酒杯からも魔力を感じる。あれも霊薬を酒で割ったもの。
アルマに視線を戻す。
緋色の瞳は、銀の髪は魔術を使っているわけでもないのに魔力の光を帯びている。
「その身に魔力を蓄えているのですか」
アルマが笑いながら剣を鞘へと納めた。
「全力で戦うと決めましたから」
ヴィンスは頷く。
「良い決闘を」
「ええ、良い決闘を」
長い言葉はいらなかった。ヴィンスは彼女に背を向ける。
決戦は明日である。




