インタビュー
この年の秋のラツィオは突然のアルマ北斗七星の復帰とヴィンス竜殺しのA級昇格戦の話題で大いに湧いた。
アルマは闘技場の運営委員より充てがわれた最高級の宿、パラッツォ・マンフレディに滞在している。
闘技場に程近い、西暦時代から存在する宿の名を借りたという老舗だ。
宿のそばには彼女の姿を一目見ようと観衆たちが集まる。
わざと朝夕に窓を開け、ちょっと手だけ振ってみせることで、宿の前の広場は観光地の様相を呈した。
貴族たちからの招待や会いたいという話、あるいは記者による取材は全て宿の従業員と闘技場の職員たちにより断られている。
アポなしの突撃をしてきた記者はアルマ自身に斬り捨てられた。
その記者を有していた雑誌社による抗議はすぐに撤回された。
彼女はかつてエルフゆえにスティバーレ王国の爵位は断っている。だが子爵相当の特権を有すると前王の名において認められているのだ。
貴族の滞在する部屋に無断で侵入しようとした男を本人が無礼打ちにして、誰がそれを咎められようか。
そして数日後、アルマによる記者会見が開かれることになっていた。
その前に彼女の不興を買う訳にはいかないのだ。これは雑誌社一つの問題ではなく、新聞社たちも全ての報道を含めた問題であった。
昼、パラッツォ・マンフレディの広間は記者たちによって満席だった。
そして彼らをたっぷり待たせ、エルフの女が彼らの向かいに座った。
――偉大なるアルマ北斗七星、今日はこうしてお話しできる場を作って頂けたこと感謝いたします。
「ええ」
無論全ての質問は事前にチェックされている。アルマが答える気がないと、はねたものは質問してはいけないとなっているのだ。
ここに並ぶ記者たちは年配のものが多い。
最も気難しく、秘密主義な彼女の気を悪くさせないように。
そして何よりここに集まった誰もが彼女のファンでもあるからだ。
――あなたが4年間全勝でS級決闘士となられた最盛期で突然の失踪、なぜだったのでしょうか。
「わたしを負かせる可能性のある相手がラツィオにいないと確信したから。勝てると確信できる戦いしかなくて何の意味がある?
それにわたしは長命種だ。強者が長期に覇者として君臨する闘技場はお前たちも退屈でしょう」
記者たちは思う。何たる傲慢。だがそれでこそだ。
――その後、どこで何をなさっていたのでしょうか?
「それはわたしのプライバシー、答える気はない。だがスティバーレ王国内にはいたと言っておきましょう。
そして6年前から1年前まで。北の地で一人の少年を育てていた」
失踪直後から6年前までの10年の期間、何をしていたのか尋ねたい。だがそれは問うことを禁じられていた。ここから摘み出される覚悟で聞くものはいなかった。
――それは竜殺し、今季B級優勝のヴィンス氏ですか。
「そう。彼は我が弟子だ」
このタイミングでの復帰だ。彼女とヴィンスの間に何らかの関係があるのだろうと想像はついていたとはいえ、会場がどよめく。
「お前たち記者に告げておく。先日わたしはどこぞの記者を無礼打ちにした。
今、ヴィンス及び、彼が所属し、かつてわたしが所属していた黄金の野牛組合。それもまたわたしの目の届くところと心得なさい。
いいか、お前たちの取材により決闘においてヴィンスが不調だったとしたら決して許さない」
――今回の復帰はヴィンス氏とそこまで戦いたいと望まれたからと考えてよろしいでしょうか?
「そう。
彼がわたしの弟子であった時、彼がわたしに土をつけたことは幾度かある。だがそれはあくまでも修行の範疇、わたしの全力に立ち向かえるとは思っていなかった。だが……」
アルマが微笑んだ。
記者の多くが後に語る。
記者に対して許さないと言った時には威圧感を覚えた。だが、一番恐ろしかったのはこの時の微笑みだったと。
「ヴィンスはこの闘技場でわたしが教えていなかった技を使った。彼は恐ろしい勢いで成長している。
彼と全力で殺し合いたい」
――ではなぜこのタイミングでの復帰を?来年A級で戦っても良かったのでは?
「我が弟子、ヴィンスと確実に戦うためだ。来季A級で復帰してみろ。師弟対決と煽るだけ煽って特集が組まれたり取材をたくさん受けさせられた上で最終戦に回されるのがオチだ」
笑いが起きた。
闘技場もビジネスだ。そういった側面があるのは否定できない。
――先程あなたが現役だった頃、負ける可能性がないと仰いましたが、ヴィンス氏はその頃の彼らよりも強いと?
「そうだな……これは難しい問題だが概ね肯定だ」
――詳しくお願いいたします。
「知っての通りだが、同条件で戦う拳闘士などとは異なり、決闘士・魔術師の戦いは環境や相性による左右が大きい。
少なくとも当時、わたしが負ける環境ではなかった。誰も彼も遅すぎるんだよ」
アルマの特徴的なデータがある。彼女の決闘の勝利平均時間は、全ての決闘士の中で最も短いのだ。
「わたしが闘技場を去る前後から、わたしを真似て速攻戦術が流行ったが、その後で戦争が落ち着いて決闘士の平均的な質が上がっただろう。戦闘魔術師が決闘士に流れてきた。
逆にそのせいで半端な速攻だと防御魔術を抜けなくなった。それゆえに今の決闘は大規模魔術の撃ち合いに近い」
彼女はこの20年の闘技場の戦法の流行を端的に表現して見せた。
「カモなんだよ。それは決闘士の戦い方じゃない」
ざわめきが起きる。
「ヴィンスは付き合いが良いから一発待ってくれている。強化術士だから間違ってはいないけど、本来はとっとと前に出て殴っても勝てる。
予言しましょう。
ジャルイが来季黄金の野牛に入る。B級の優勝はヴィンスかジャルイかチェザーレかブリジッタだ。それだけ速度に差がある」
ざわめきが強くなった。
「全ての決闘士に警告しよう。戦いの速度を高めなさい。武器の技を磨きなさい。
だらだら大魔術を構築する時代は今年で終わりです」




