師弟
「当時、アルマにはろくに取材も出来なくてな。宿もずっと取ってあったがそこに戻るフリして結局いねえっていう。スカンディアーニ公のタウンハウスに戻ってたのか」
「ええ、そういうことです。
4年間の決闘士生活で、魔力そのものも少し上がりましたし、制御力や抵抗は大きく上がりました。ダミアーノたちには感謝していますよ」
「ふん、お前ならどこにいても強くなっただろうさ」
「それは事実でしょうが、そもそもわたしみたいな怪しいエルフを受け入れた組合は黄金の野牛だけですよ?」
自分が何処に住んでいるかも明かさず、過去を語らず、ふらっとやってきては練習してふらっといなくなる。
そんな異邦人の、さらには異種族の女を在籍させ、秘密には触れず、ちゃんと決闘を組んでくれる組合長などまずいないのだ。
「……まあうちは元々脛に傷ある者たちばかりだったからな」
「わたしはS級決闘士となり、決闘士を引退しました。それからすぐ、トゥーリア様は当時伯爵に陞爵したばかりのローズウォール伯、ユリシーズ様と結ばれ、北の地、フリウール地方に住まいを移すこととなります。わたしもそれに従いました。アルマ北斗七星は行方をくらましたのです。
北の地でお嬢様は奥様となられ、そうしてお母様となられました」
アルマがヴィンスに視線をやり、酒杯を呷る。
彼女の話はここで終わりということだろう。
ヴィンスが話を継ぐ。
「そのユリシーズとトゥーリアの子の名前はヴィンセント。つまり……俺だ」
全員がため息をつく。ロドリーゴが呻いた。
「良いとこのおぼっちゃんだとは思ってたし、アルマの話の流れからそうじゃねえかとは思ってたが、伯爵、それも北方戦役の英雄『薔薇の王』の令息とはな。……とても記事にはできねえ」
ブリジッタがぺたりと倒れた。
「うわぁ……ヴィンス王子様じゃん」
「王子ではないが」
実のところスカンディアーニ家は王位の継承権こそないが王家の血をひいている。仮に今が乱世で王の直系が全て弑されたとすれば、王位についてもおかしくはないほどであった。
ヴィンスはその後、自分の話を続ける。
魔力放出能力が無いこと、そのために魔導伯の地位は継げないと感じたこと、弟を父の後継とし、自分は家を出たこと。
そして、アルマのもとで5年間の修行を積んでラツィオにやってきたこと。
「ロドリーゴ、俺がA級になって男爵以上の爵位を得たとすれば、この話を記事にしても構わない。ブリジッタ、俺はローズウォールの家を出ているんだ。ヴィンセント・ローズウォールではない、ただのヴィンスだ」
アルマが項垂れているブリジッタの頭を撫でる。
「奥様はあなたとヴィンスが結ばれるのを期待していますよ、ウィルフレッド様もイヴェット様も。それは分かっているでしょう?」
「……うん」
「ユリシーズ様はそういう話をなさいませんが、反対なら大旦那様、スカンディアーニ公に挨拶なんてさせませんから」
ブリジッタは上目遣いにヴィンスを見つめる。濃紺の視線が榛のそれと絡み合う。
ヴィンスはちらりとアルマに恨めしげな視線を送り、ブリジッタに手を差し伸べた。
「ブリジッタ、お前に告白する気はあったんだよ」
「あった……?」
「A級決闘士に上がり、爵位を得たらだ。そして今の話をしてついてきてくれるか聞くつもりだった。
そこに師匠が立ち塞がったんだがな」
ブリジッタもアルマに恨めしげな視線を送り、ヴィンスの手を掴んだ。
「ヴィンス」
「うん」
「勝って」
「分かった」
それを見てアルマは立ち上がり笑った。
「ふふ、恋愛には障害がつきものでしょう。さて、我が弟子よ」
「ちょっと思ってた障害とは違ったけどね。なんでしょう師匠」
「わたしが20年前にS級決闘士になるまでに、闘技場で魔剣を振るったことは数えるほどしかない。
基本的には数打ちの鉄剣だったわ。勿論、それなりに上等なものではあったけど」
ロドリーゴが言う。
「アルマ、あなたが今日振っていた剣について尋ねても?
対の魔導剣・炎帝と氷后しかわたしは見たことがない」
アルマは虚空より2振りの剣を取り出した。
共に翠を差し色にした黒白の鞘。
黒の鞘から剣を抜き放つ。
僅かに黄味がかった剣身、まるで生きているかのような強い魔力を迸らせる。
「あなたのおかげもあって、7剣が揃ったの。
奥様からいただいたスカンディアーニの宝剣・エペ・ド・リス。
そしてこれはあなたがくれた竜の鱗と角を削り出して鍛えた剣よ、竜剣・ヴィンセント。
わたしは1週間後あなた相手に北斗七星の全てを振るうわ」
「あげなきゃ良かったかな」
ヴィンスは苦笑し、それでもアルマの前に立って瞳を合わせる。闘志を漲らせた。
それは周りにいるロドリーゴ達が熱さを感じる程のものであった。
「アルマ北斗七星、我が師。あなたが全力で俺との闘いに臨んでくれること、光栄に思います」
「ヴィンス竜殺し、我が弟子。我が全力を出すに値する戦士にお前がこの短期間で至ったこと、心から、心から嬉しく思う」
アルマから刺すような、冷たい殺気とも思えるほどの闘志が漏れ出でた。
「ふふ、1週間後を楽しみにしている」
そう言い残してアルマは黄金の野牛組合を立ち去った。




