暗殺者アルマ
「お前、捻る者を暗殺しにいったのか……」
「ええ」
「捻る者?」
ロドリーゴが呻き、ブリジッタが尋ねる。
彼はヴィンスにちらりと目をやった。ヴィンスは頷く。
「スカンディアーニ公爵家の末の姫は〈念動〉で全てを破壊してしまう呪われ子と言われていたんだ。だがそれは貴族の間での話、俺たち民衆はそんなことに興味はなかった。
だが、先王ミケーレⅡ世は幼い彼女を闘技場に引っ張り出してきた。決闘士、兵士、奴隷、魔獣たちが全て審判や調教師ごと雑巾を絞るみたいに捻じ切り殺されたよ。10歳にも満たない幼い彼女の泣き声に合わせてな。
そこで王が姫に与えた号が、魔女・捻る者だ」
ブリジッタは絶句する。ローズウォールのタウンハウスで会った彼女はとてもそんな女性には見えなかった。
「もう名前も忘れたけど、その貴族の男はスカンディアーニ家を敵視していた侯爵家の者で、トゥーリア様が魔女として戦力となることを恐れたのでしょうね。それで暗殺を試みた……」
再びアルマは語りだす。
アルマは夜陰に乗じてスカンディアーニ家の敷地へと乗り込む。
事前に調査はしていた。
トゥーリア・スカンディアーニ。現在10歳を過ぎた程度。数年前に王都ラツィオの闘技場で王命により魔力を披露させられる。
そこで捻る者という2つ名を得た。
膨大な魔力容量を有する上位の〈念動〉使い。先天性の魔力行使者、即ち魔法使いであり、その一方で魔力制御能力が無く、魔力が垂れ流しであり感情の昂りに合わせて周囲を破壊すると。
単純な話だ。寝ている間なら殺すのも容易かろう。知覚されていなければこちらに攻撃のしようもないと。
そう思っていた。甘いにも程がある考えだった。
アルマは〈念動〉で自らの身体を僅かに浮かせ、足音を立てず、足跡を残さずに歩く。魔力感知の罠には気付かれぬほどの微細な〈念動〉だ。
生き物は全て魔力を纏っている。その範疇から逸脱しない程度の弱い、魔術として発動するかギリギリの量しか周囲に漏らしていない。
だがそれで高い塀も見廻りも全てやり過ごし、屋敷の離れへと向かう。
トゥーリアは実質的にそこで幽閉されているとの話だった。
離れに近づくにつれ、人の気配がなくなる。
衛兵は離れへと繋がる道を塞いではいるが、不自然なほど建物からは離れた位置だ。
そしてその内側、本来であればいるはずの侍女や召使いたちの気配もない。
静かすぎる。
誰にも見咎められることもなく離れの主人の部屋へと向かう。
それは黒鉄の鳥籠であった。鉄で覆われた壁、鉄の檻、数少ない据え付けられた家具。
そして寝台の上、寝ているはずの少女は身を起こし、鉄格子の外の月を見上げていた。
「こんばんは。綺麗な月の夜ね」
鈴の転がるような美しい声が流れた。
夜闇を見通すエルフの眼には、薄手の夜着の上に布団を羽織るように肩からかけた少女が映った。
白金の髪は第一の月に照らされて光を放つよう。
優しい琥珀の瞳は暗がりに立っているはずのアルマを正面から見つめていた。
不可解と言って良い状況だった。
暗殺の情報が漏れていたというなら彼女が起きていることも分かる。
だが、それにしては見廻りが多かったり警戒しているということはなかった。
それが罠であったにしても、今ここに近づく兵たちがいなくてはおかしい。彼女の長い耳はそういった物音を一切拾っていない。
「なぜ……」
思わず声が漏れる。
「なぜ?」
「なぜわたしが来るのを分かっていた?」
「あなたの周りで力が働いているからよ」
トゥーリアは当然であるように答えた。
アルマは肉体の動作その全てを極小の〈念動〉術式で補助している。それは知覚できるようなものではないはずだ。
トゥーリアに魔力の知覚力はほとんどない。ただ、〈念動〉だけはどんなものであろうとも気づく。そういうものだった。
ふあぁ、とトゥーリアは欠伸をした。
侵入者を、暗殺者を前に一切の警戒心も無く視線を切ったのだ。
アルマの手が閃く。
〈虚空庫〉から3本の短剣を連続して〈射出〉。トゥーリアの首、心臓、腹へと致命の刃が迫る。
だがそれは何の前触れもなく空中に縫い留められるように止まった。
トゥーリアは武器を見てすらいないのにだ。
「くっ」
この暗殺は無理だ。アルマは撤退しようとした。
「ねえ、そんな暗がりにいないでこちらにいらして?」
全身が鷲掴みにされた。
アルマはそう感じた。
幼児が着せ替えて人形で遊ぶために人形を鷲掴みにするような。その人形の如くであった。
後方へ跳ぼうとした体勢のまま、月明かりの元、彼女の正面へと引き摺り出される。
「まあ、ミルクティーみたいなお肌の色をされているのね。お耳も長いわ」
そう言って無邪気に笑った。
「わたくしはトゥーリア・スカンディアーニよ。
あなた、お名前はなんとおっしゃるの?」
アルマが答えないでいると、ぎちりと彼女の身体にかかる負荷が増した。
闇の中では目立つ髪を隠すために頭に巻いていた布が落ちた。
翠がかった銀の髪が流れる。
トゥーリアは無造作にそれを一筋手に取った。
「綺麗なお髪ね。エメラルドを溶かした銀のようだわ」
「はなせっ……!」
声を出すだけで精一杯だった。アルマの全力の〈念動〉で、この掴まれている力に抗さねば身体が千切れてしまいそうであった。
ぱっとトゥーリアは言われた通り髪から手を離す。
「ごめんなさいね。あまりにも綺麗だったから、断りもなく手にしてしまったわ」
そうじゃない……!そう思うも声はでなかった。
「それで、お名前は何とおっしゃるのかしら?」
「あ……」
「あ?」
「アルマだ……」
そこまで答えたところで意識を失った。




