若木アルマ・2
この後、長は他氏族に使者を送りつつ、先んじてアルマによる教導が始められることとなったのだが、誰もが唖然とすることになった。
まず、〈念動〉を使える者が矢を放ってみても当然アルマの真似は出来ない。
そこで、どうやってそこに至ったのかという話から行われた。
実のところアルマが最初に着目した術式は〈二重思考〉だった。
術式は熟達すれば詠唱の手間も減り、魔力の消費も減る。
〈二重思考〉を常時発動できるまで使い込んだのだ。
そして〈二重思考〉でさらに〈二重思考〉を使用した。
〈四重思考〉である。
これを考えたものは他にも存在する。だが決して一般的ではない。
当然である。脳や身体が増えるわけではないのだ。脳への負荷が増える上に、同時に複数の指令が身体に発せられると身体が混乱するだけだ。
また魔術を同時に発動させることもできない。だが片側にだけ長い魔術発動のための集中を行わせたり、既に発動させた魔術を制御させるには向いているのだ。
アルマは1つの思考を他の思考の統括に、1つを身体操作に、1つを魔術の発動に、残りの1つを魔術の制御に使った。
ちなみに現在のアルマは〈八重思考〉の使い手である。つまり魔術制御専用の意識が5つ存在する。
彼女の2つ名は北斗七星。
双剣を手に持ち、五振りの剣を宙に浮かせる七剣流の使い手故にである。
さて、アルマは多くの術式を学んだが、4種類の術式を極めようと決めた。
〈二重思考〉〈念動〉〈射出〉〈虚空庫〉である。
〈虚空庫〉に武器を蓄えておき、それを〈射出〉で撃ち出し、さらにそれを〈念動〉で操作する。そして手にした剣でも戦う。
これがアルマの見出した戦法。後にラツィオの闘技場で、剣舞士・念動士と呼ばれる戦法はこの時には原型が出来ていたのた。
「けっきょく、わたしはあまり弓に触れる機会がなかった。だから剣を弓矢として使うことに決めた」
アルマは長に伝える。
「むう……」
「剣の方が矢より大きいから術式の対象に捉えるのは矢より簡単だと思う。銃弾は小さいし速すぎて目視できない。わたしでは操作できない」
「若木アルマよ。我らに弓矢を捨てて剣を飛ばせと?」
「うーん……。でも〈射出〉との複合術になる。弓矢なら〈念動〉だけで済むからそこは一長一短。
魔術は使い慣れているもの、愛着あるものの方がかけやすいと聞く。正直、わたしは弓矢より短剣やナイフを握っている時間が長かったから」
「なるほど」
「でも長の矢は速すぎるから、最初は矢を手で投げてそれで練習した方が良いと思う。だんだん速くして練習した方が良いよ」
「承知した」
こうして大森林の各所からエルフの氏族の者たちが集まり、そうして彼らにこのやり方を教えるまでに季節が一巡するほどの月日がかかった。
その頃にはエーベンプーの長もまた3回に1回くらいは〈矢避け〉を抜けるようになっていた。
「若木アルマ。汝の功績を讃え、祝福されしエルフの樹剣、ミストリミエッカを授ける。
汝の旅路に祖霊の祝福のあらんことを」
エーベンプーの長は各氏族の長たちと話し合い、一振りの木剣を旅立つアルマに授けた。
ミストリミエッカ、エルフ語で宿木の剣。
大森林の中央に聳える世界樹。それに生えた宿木を切り落とし、削り出した木剣。
世界樹そのものを切ることはエルフにとって最大の禁忌である。その魔力を、神力を宿した宿木は最上位の素材といって良かった。
普通であれば弓の素材とするそれを、アルマのために剣としたのであった。
それは剣でありながら強く魔力を、命を感じさせる生きた剣であった。
そしてそれは彼女が手に入れた一振り目の魔法剣でもあった。
まだ身体の完成していないアルマにとって腰に佩くにはまだ少し長く、彼女はそれを背に負った。
「長よ、氏族の皆よ。感謝いたします。……行ってきます!」
こうしてアルマは森の外へと旅立ったのであった。
その後、彼女は新大陸と人類領域と魔族領域の交わる戦場へと赴く。数年を戦場にて過ごし、剣の腕前を磨きつつ傭兵として、暗殺者として金を稼ぎ、戦場を縦断して人類領域へ。
そこでも旅を続け、スティバーレ王国へと辿り着いたのは40歳の頃、人間で言えば成人する頃の年齢であった。
だが戦場で粗野な口調となったこと、エルフ社会にはあまり存在しない貴族階級への対応を誤ったことにより、ある貴族に囚われることとなる。
彼はアルマを解放する代償として、一人の少女を暗殺するよう持ち掛けた。
アルマは暗殺者として育てられた。
魔族との戦場においても敵の指揮官を、あるいは味方であっても地位だけ高く無能で味方を死地に追いやる者、力あるが粗暴すぎて味方を殺し女を犯すような者を暗殺することはあった。
エルフの暗殺者団、黒檀の短剣と言えば南東最前線における恐怖の象徴だったのだ。
つまりそれはアルマのいたエーベンプー氏族の者達であり、彼女はその一員として仕事を行ったのだ。
アルマをとらえたスティバーレ王国の貴族の男はそれを知っていたのだろう。
わざと彼女に罪を着させ、手駒としたかったに違いない。
「……誰を殺せと?」
「トゥーリア・スカンディアーニ。スカンディアーニ公爵家の呪われ子だ」
これがアルマの長いエルフの生の転機となった。




