若木アルマ・1
ξ˚⊿˚)ξ <実のところ世界ちゃんは善意の存在ではないです。
エルフの大陸はアフリカ大陸を消失させて変わりに地球に持ち込みましたっていう。
アルマは暗殺者となるべく育てられた。
だが戦士の誇りを持っていた。
そして彼女は魔術の才を有していた。決してその魔力容量は豊かではなかったが、魔術を操るのに大切な思考力と発想力、そして創意工夫を続ける根気を有していた。そしてその性格は、誰も真似できない精密な魔術という形で開花した。
さらに彼女は暗殺者としての体術を修めながら、弓を扱う方法、自分にとっての弓とは何かという概念について考え始めた。
エルフにとっての哲学である。自分にとって世界とは何か、森とは、氏族とは、弓とは、誇りとは、戦いとは何か。その長き生の中で自らの答えを考え続けるのだ。
彼女は大きなものについての思考はまだ自らの手に余るとして放置している。それは現在でも変わらない。
だが彼女は弓については20を過ぎたばかりの頃、エルフにとってはまだ幼い時分に、自らの解を見出したのだ。
「長」
アルマが氏族の長を呼んだ。
「何だ、若き芽アルマよ」
「わたしはわたしの弓を見出した。それに付随して、人類たちの護りの魔術を破る術も見出した」
「何だと?」
「これを以ってわたしは自分が若き芽ではなく若木になったと判断する。
そして旅に出ようと思う。その力を試すために」
「まて!お前は〈矢避け〉を突破できるということか?」
アルマは頷いた。
急遽、氏族の者たちが集められた。
森の中に拓いた集落、その広場。
〈矢避け〉の術式を覚えた者が的を盾のように構え、その正面、数十m先、アルマと長が弓を携え並んで立つ。
まず長が正面に立ち、矢をつがえて弓を引く。強弓だ。老境に差し掛かっているとはいえ、戦士の一族の長としての力強さは失われていない。
右の引き手は綺麗に顎に添えられ、微動だにしない。
氏族の皆が固唾を呑んで見守る中、長の右手が離れた。
びょうと空気を切り裂いて飛ぶ矢は、誰もが中ると確信する1秒の飛来時間を以って的へと向かい、的の直前で不自然に逸れて外れる。
的を構える男の後方の木立に消えた。
氏族の者から溜息が漏れる。
次いでアルマが正面に立った。女性用であり、子供用でもある小振りな弓だ。しかも彼女たちの世代はあまり弓に慣れていない。戦で使えないためだ。
少し矢をつがえるにもたつきながらも、それでも綺麗な姿勢で構える。
アルマの右手が離れた。
ひょうと飛ぶ矢は長のものより遅く、それでも真っ直ぐ的へと向かう。
そしてすこん、と乾いた音をたて、的に中った。
的を構える男が矢を見て驚愕の表情を浮かべた。
どよめきがおきる。
アルマは小さく頷いた。
「はい」
「……見事だ」
長もまた驚きを抑えきれない。
「ん」
「どうやったか教えてくれるか」
「〈念動〉で押し込んだ」
「……バカな」
アルマはいとも簡単にそう言うが、尋常な技ではない。
「バカではない。
〈矢避け〉、〈矢返し〉は術者の身の回りのええと……人類単位で30cmに展開される結界。物質が高速で迫ってきた時、その進むベクトルを変えることによって作用する」
「うむ」
「抜く方法は思いつくだけで4つ。魔術を打ち消す、30cmの内側で撃つ、大質量の物を上から落とす、結界に触れベクトルを変えられる瞬間に力を加える」
なぜ〈矢避け〉は振られる剣を避けられないのか?それは結界を越えるときに剣を握る者によって力が加えられているからである。
矢弾は射出時に大きな力が与えられるが、飛来時には力が加わっていない。それを曲げることに特化した術式なのだ。
「秒速で30m、時速200kmを超える速度で飛んでいった数十m先の矢に魔術をかけたというのか、若木アルマよ」
そう呼ばれたアルマが顔を綻ばせた。
「ん。10年くらい頑張った」
長は溜息をついた。
「大したものだ。俺たちにはその根気が足りなかったか」
「それは仕方ない。氏族は今生きるために最適の行動を取っただけ」
氏族の弓兵たちを失った中、即座に立て直すには剣を取り、また闇夜の中でも動ける種としての強みを生かすしかなかった。アルマのように10年もの間、戦い方を模索するようなことができなかったのは当然と言えよう。
「若木アルマよ。汝の旅立ちを認めるが、その前に全ての氏族の者を集めて今の技を見せたい。そして汝の10年の技の要点を我らに教導してくれ」
「分かった。それとわたしが見せたいものは終わっていない」
「ん?」
「わたしはわたしの弓を見出し、それに付随して、人類たちの護りの魔術を破る術も見出したと言った。
今見せたのはオマケ。わたしの弓ではない」
改めて長の顔に驚愕が浮かんだ。
アルマの手から弓が消失する。
そうして空の右手を的へと向けた。
「これがわたしの弓。……〈射出〉」
彼女の緋色の瞳が輝く。
右手首のあたりで風切りの音がしたかと思うと銀線が煌めく。
的が穿たれる、ガッと硬い音。
ナイフが深々と突き刺さっていた。
手を斜め上方へと上げる。
「〈射出〉」
再び風切りの音と煌めき。
今度は長剣が飛んだ。
的を構えていた男が逃げる。
地面に投げ出された的。
アルマは手を振り下ろすと、剣は軌道を変え、上から的を盾ごと真っ二つに叩き割った。




