アルマ北斗七星・3
アルマは机の上に印璽をおいた。
世界に5つしかないラツィオのS級記念である黄金の印璽。
紋は交差する7剣が刻まれている、アルマの紋だ。
「身分証明はこれで良いかしら?
ついでにこれを押してラファエーレに見せればすぐに来るでしょう」
ジュディッタはそのようにした。印璽を押すときに手が震えた。
手紙を別の職員に渡すと、決闘士の復帰用書類の準備をする。戻ってきた職員にカウンターを任せると応接室へとアルマを連れて行き、紅茶を淹れる。
紅茶を淹れ終わりもしないうちに廊下を走る音が聞こえ、扉が激しくノックされたかと思うと返事もしないうちに開けられて男が走り込んできた。
ラファエーレである。
普段は高位の貴族の出らしい落ち着いた品のある所作の欠片も見えない。
ただ、その上気した頬ときらきらした瞳を見て、ジュディッタは彼にも人間らしいところがあるとむしろ感心した。
ラファエーレはアルマの前に片膝をつくと左手を胸に右手を前に。
「闘技場にお帰りなさいませ麗しの我が女主人偉大なるS級決闘士生涯40戦無敗栄光の北斗七星アルマ様貴女のお帰りを待ち焦がれておりました特に昨年の秋にお手紙を頂いてからは正に一日千秋の如しそれにしても最後にお会いしたのは20年も前ですがあの頃よりまるで翳らぬ美貌は天に浮かぶ月の女神永遠の翠」
一息で言い切った。
もはや興奮が溢れすぎて三文喜劇のようだった。
アルマは彼の差し延べた手をそっと取るとひっくり返して撫でながら微笑んだ。
「お前は大きくなったね、ラファエーレ。手も大人のものだ」
ふふ、良かったですね。運営委員。
ジュディッタは心の中で語りかける。
闘技場の職員の全てが知っている。ラファエーレは幼い頃決闘士アルマの熱狂的なファンであったと。
そしてその熱は今も治っていないと。
運営委員であり爵位を有するラファエーレは自前の馬車での出勤である。職員用通路を通る必要は無い。それでも彼は闘技場に来るときは必ずそこを通り、アルマの銅像への礼を欠かさないのだ。
ラファエーレが落ち着くにはそれなりの時間がかかった。
ジュディッタが促し、ラファエーレをアルマの向かいに座らせ、自分もその隣に座る。
「さて、ラファエーレ運営委員。S級決闘士アルマ様から先ほど決闘士復帰の申請がございました」
「本当ですか!」
「ええ。闘技場の規約通りに処理して貰えるかしら?」
「ええと、来季からの復帰でよろしいですか?」
ジュディッタの言葉にアルマが唇を歪める。
「いいえ、今日の日付での復帰です」
ジュディッタが困ったような表情を浮かべる。
「どうした、早くアルマ様の仰る通りに」
「ちょっと委員は黙ってください。……特別な意図がお有りになる?」
「ええ、もちろんよ。分かるかしら?」
「ジュディッタ嬢、どういうことだ?」
ジュディッタはしばし黙考した。
その時、窓の外から一際大きな大きな歓声が聞こえた。アナウンサーの声が風に乗って流れてくる。
「竜殺しヴィンス!鮫使いベンチリーの繰り出す無数の鮫を全て撃破して勝利です!
そしてこれで今季B級8勝2敗は唯一!B級優勝が決定だ!」
はっ、と彼女の表情に驚きが浮かんだ。
アルマは窓の外に顔を向け、満足げな笑みをたたえている。
「決闘士ヴィンスと闘技場で戦いたいのですね、それも今すぐに、模範試合ではない全力の決闘を」
「そう。ラファエーレにはこっそり伝えてあるけど、彼、私の弟子なの」
ジュディッタはふう、とため息をついた。
なんと勿体無い。だがまあ仕方ない。委員もアルマ様の仰る通りと言ってるし。
「畏まりました。そのように取り計います」
ジュディッタが書類にペンを走らせた。今日の日付を書類に記す。
ラファエーレが尋ねた。
「どういうことです?」
「ラファエーレ委員、決闘士の復帰時の規約ですが、1ランク下での復帰となります。C級はそれができないので引退となりますが」
「そうですね、アルマ様はS級なのでいつでもA級順位戦での復帰ができるということになります」
「はい。ですがアルマ様は本日付けの復帰を希望なされました。
季中に復帰した場合、それまでの全ての節の決闘が不戦敗扱いとなります」
ラファエーレがアルマの顔をまじまじと見つめた。
「つまり私は今季0勝10不戦敗扱いになるわけ」
「アルマ様!それは!」
ジュディッタは続ける。
「今季はA級決闘士のウーゴ氏が既に引退を表明しています。A級10人の原則により、B級優勝者のヴィンス氏がこのままA級に昇格される筈でしたが、ここでアルマ様が0勝の状態で復帰されることによりA級が10名となるので入れ替え戦が発生します。
その組み合わせはA級最下位のアルマ様とB級優勝者のヴィンス氏。これでよろしいのですね?」
「ええ」
アルマは紅茶を口に運んで言った。
「さあ、この話をすぐに告知する準備をなさい。ラファエーレ。
今日はこのあとの決闘で覇者が決定でしょう?
その後で私の復帰の話をしなさい。私も顔出しするくらいなら付き合うわよ」




