アルマ北斗七星・2
「アルマ、これをあなたに」
トゥーリアが立ち上がり手を上げると、細長いものが飛翔して彼女の手の内に収まった。
それは純白の鞘を金と翡翠で飾った細身の剣であった。
剣の柄の部分は持ち手を守る籠鍔には菖蒲の花を束ねた図柄の彫金、そして菖蒲の花の形に紫水晶が填められている。
「あなたにスカンディアーニ家に代々伝わる宝剣、エペ・ド・リスを授けます。これは父、ファウスティーノからであり、あなたの長の忠義に報いるため、用意されたものです」
アルマは動揺して答えた。
「う、受け取れません。これから大旦那様の孫と戦うことになる私に忠義など」
「仮にあなたがヴィンセントを殺すのだとしても。
それでもあなたがわたしに、スカンディアーニに、ローズウォールに仕えてくれた過去が変わる訳ではないわ。あなたはこれを受け取るに相応しい仕事をしました。誇りなさい、わたしの剣」
アルマの長い銀の睫毛から煌めきが零れ落ちた。
そして剣を捧げ持つと、推し戴いて立ち上がり、腰に佩いた。
「似合っているわ、アルマ」
メイド服の上から剣を吊るしているのである。一般的に似合っているとは言えないであろう。
だがそれでも、彼女の腰に剣があると、それだけで剣士としての風格を感じるのだ。
ユリシーズが言う。
「アルマ、君の前に良き戦場があらんことを」
「はい、ユリシーズ様、トゥーリア様。あなたたちに祖霊の加護あらんことを」
彼女はスカートの中ほどを摘まんで頭を下げた。
トゥーリアは彼女の前に立って顔を上げさせ、ハンカチで眉尻を拭って手を取った。
「アルマ」
「はい」
「行ってらっしゃい」
「……はい!」
アルマはそのままタウンハウスを出る。手ぶらで腰に剣を佩くメイド、頭のホワイトブリムだけは外した。
フードも付けず、幻術もかけてもらわずに、翠を帯びた銀の髪、緋色の瞳、褐色の肌、長い耳をあらわにして昼の王都を歩くなど何年ぶりだろうか。
目立つ容姿なのは分かっている。
交易目的以外で人類領域に住まうエルフなど稀だ。
周りの者の視線が集まる。
だが声を掛けるものはいない。
剣呑な気配を感じているのもあろう。
メイド服が街中で買い物や掃除などしている者が着ている既製品とは違うものなのは服飾に詳しくないものでも明らかであり、高位の貴族に仕える者であるからだ。
彼女は闘技場へと向かい、その外周を歩く。
折しも今日はヴィンスのB級最終戦の日。ウィルフレッドとイヴェットは観客席にいるだろう。
「……ヴィンス竜殺し!」
彼女の長い耳がヴィンスを呼ぶ名と、それを打ち消さんばかりの歓声を捕らえる。
「……網闘士・鮫使い、ベンチリー!」
再び起こる歓声。
「ふふ、面白そうな相手と戦っている」
だが、そちらを見に行く暇はない。
人の気配はないうちに動いておかねばならないのだから。その目立つ容貌を晒しながら彼女が向かうのは受付。それも正面のものではなく、決闘士用の受付だ。
闘技場の決闘士用受付、決闘のさなかは暇である。
この時間帯では屯している暇な決闘士もいない。
誰もが決闘に出ているか、見ているかだろう。
受付嬢のジュディッタはひとけのない受付のカウンターに座りながら、運営委員会の資料作成の手伝いを行っていた。
だが、入り口のスイングドアが軋む音を立て、メイド服を着た女性が入ってきたのである。しかもあの人類にはない髪色、長い耳、エルフであった。
「いらっしゃいませ」
資料を脇に置き、立ち上がって頭を下げる。
初めまして。と口にしようとして、なぜか口籠った。
見たことのない女性であった。だがいつも見ているような気もした。
一瞬、どこかの大手組合がメイドにエルフでも雇ってその挨拶かと思ったがそうではない。
そもそも腰に優美な剣を佩いているのもあるが、この気配、立ち姿。剣闘士や決闘士の上位でもそうそう出せるものではないと感じた。
そしてふと気づく。
「初めまして、偉大なるS級決闘士、アルマ北斗七星」
そう言われた彼女は笑みを浮かべた。
「あら、お若いのに私を知っているの?それともあなた長命種かしら」
ジュディッタの外見は20代の前半だろう。アルマの決闘を見ていたとも思えなかった。
「は、はい。偉大なる北斗七星、私は普通の人間ですが、あなたのご尊顔は毎日見ております!」
「……ああ、あの銅像ね」
S級決闘士は全て闘技場の周囲に銅像が建てられている。
アルマのそれが完成した時、好事家の貴族らがその銅像を求め盗難事件まで起きたため、一般人の立ち入らない職員用通路の方に飾られているのであった。
つまり、職員であるジュディッタは毎日見ているのだ。
「はい、美しい像と思ってましたが、あれもあなたの美を再現しきれていないと感じたところです。
本日のご用件はなんでございますか?」
「用件は私の決闘士への復帰。
それと運営委員のラファエーレ・アルベルジェッティ卿にアルマが来たと伝えなさい。何をしていても声をかけておいた方がいいわ。あの子、私のファンだから」




