秘密
ξ˚⊿˚)ξ <昨日はなろうメンテで投稿時間ズレました。
ξ˚⊿˚)ξ <今日も緊急メンテあるとのことで、先に投稿しちゃいますわ。
ヴィンスたちは組合へと戻る。
ブリジッタは甲斐甲斐しくヴィンスの世話をしようと風呂にまでついてきた。
公衆浴場とまではいかないが広い浴室である。
決闘士見習いを同時に何人も入れられるようにするためだ。
「浴槽は入っちゃだめよね、寝ちゃうと危ないんだから」
「まあそうだな」
「背中は流すわ」
「そこまでしなくても」
「だめよ。髪とかだってまだちゃんと血が落ちてないわ」
ブリジッタはヴィンスに座らせ、背中にまわる。
長い髪を纏めている紐を解き、色褪せた金髪をお湯で揉み、固まりかけた血を落としていく。
ゆったりとした時間が流れる。
壁の向こう、グラウンド側からは訓練生たちが今日の訓練の最後、ストレッチをしている声が聞こえる。
夕陽がヴィンスの背にかかり、巌のような筋肉を橙に染めた。
ブリジッタはどこか慌てたような声を出す。
「そ、そう言えばヴィンスって髪に魔力込めたりしているの?」
ヴィンスは身体の前を海綿で洗いながら答えた。
「……昔な。ただこれに失敗してな」
「ん、うん?」
「髪が死んだ細胞だって話は知ってる?」
「ええ。……まさか」
「ちょうど髪に魔力込めた直後にそれを知ったら、魔力取り出せなくなってな」
ヴィンスは生きた自分の身体に魔力を通せるという認識を強くもつことで血や離れた手も動かせるようにしているのだ。
逆に死んだ身体の部位と知ってしまった髪や爪に魔術が使えなくなってしまったのである。
「えー、もったいない」
「まあ、魔力篭ってるせいでそうそう切れないし燃えないんだけどね。便利なような不便なようなだ」
くすくすとブリジッタが笑った。
「はい、とれた。流すわよ」
ざばー、と頭から湯をかけていった。
着替えて部屋へと戻る。
「チェザーレ!ちょっと食事とってくるからその間ヴィンス見てて!」
ブリジッタはぱたぱたと部屋から出ていった。
ヴィンスの部屋にチェザーレが苦笑しながら入ってくる。
「よう、負けたって?」
「ああ、完敗だった」
チェザーレがヴィンスの顔を覗き込む。
「ふぅん?……落ち込んではいないようだな?」
「ああ」
「どうだ、女でも買いに行くか?」
ヴィンスは首を横に振った。
「いや、チェザーレ遠慮しておこう」
「ブリジッタを抱いたりした?」
「彼女とは恋人ではないよ」
「……お前、不能か?」
「いや?」
「それとも男色か?男娼の店とかもあるぞ?」
ヴィンスは笑う。
「それもないよ」
チェザーレは大仰に頭を振った。
「おいおい、信じられんな。お前何のために闘技場にいるんだ。
酒も碌に飲まず、女も抱かず、買い物や賭け事に金を使うでもない。人生の何を楽しんでるんだ」
「俺は今の人生、楽しいけどね」
チェザーレはヴィンスの肩に腕を回す。
「おい、後輩。ストイックが悪いとは言わねえ。お前とはまだ会って数ヶ月だがマジメでいい奴だってのは分かる。
だが、お前は奴隷闘士じゃねえんだ。人生に潤いはあるべきだ。心が折れるぞ」
「チェザーレ、あんたは良い先輩だ。生意気な後輩を気にかけてくれるのだから」
「あれか、戦士の誓約か騎士の誓いで貞操の誓いでも立ててるのか」
「いや」
「なんかそういう信仰?禁教の司祭とか」
ヴィンスは首を横に振る。
「なら!」
「だが俺はA級に上がるまで女は作らない」
「お前A級上がれなければどうすんだよ!」
「そんなことを考えて決闘士になってはいない」
ヴィンスがチェザーレを見つめる。榛色の瞳に込められた強い意志にチェザーレはたじろいだ。
ぐいっとヴィンスはチェザーレを抱き寄せる。そして耳元で囁いた。
「おい、絶対誰にも言うなよ」
その真剣な声音にチェザーレが頷く。
「俺、ヴィンスは死んだことになっているが貴族の長男だ」
チェザーレの目が限界まで開かれる。脳裏にヴィンスの後援者である金髪の小さな兄妹が浮かび、思わず叫びそうになる。
「ロッ……!」
ローズウォール家の子供たち、ウィルフレッドとイヴェットはヴィンスを慕っている。それは決闘士への憧れではなく、元々知っていたのだということか。それも単なる知人ではなく兄と言うことか。
「なぜ……」
「俺の魔術は出来損ないでな。近接戦でしか使えないんだ。ローズウォールの広域殲滅魔術を継げない。だから弟たちに託した」
「それでも貴族として過ごせただろうに」
「……俺、魔力量高いだろ。俺の子供がそれを万全に継いだらどうなると思う?」
チェザーレは天を仰いだ。
「お家騒動か」
「まあ、それだけが理由じゃないにしてもそういうことだ。俺が女を抱かないのも同じ。万が一にも子供できたら困る。
A級になって望めば爵位貰えるだろ。そうすれば気にしないで済む」
「……なるほどな」
ヴィンスは空いた左手でチェザーレの腹を叩き、笑ってみせた。
「俺がA級に上がってさ。その時に彼女とかいなければさ、誘ってくれよ」
「ああ」
チェザーレも笑う。
その時、部屋の入り口にブリジッタが盆を持って戻ってきた。
「ヴィンスー、ご飯だよ……」
濃紺の瞳が大きく見開かれる。
「そんな、2人がそんな……お邪魔しました!」
ブリジッタは盆を部屋の入り口に置くと駆けて行った。




