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王都の決闘士 【完結】  作者: ただのぎょー


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嘉睿戦・中

 地に倒れ伏し、迫り上がってきた胃液を唾液と共に吐きすてる。


 声を出す余裕がない。左手で〈治癒〉の魔法文字を描く。痛みが少しずつ引いていく。

 むくりと立ち上がりつつ、嘉睿(ジャルイ)を見る。彼はこちらに振り返り、自然体に近い構え。

 ヴィンスは思考を巡らせる。


 嘉睿の気の乗った声を浴びた段階で〈魔力鎧〉が消えた。

 彼の拳の間合いに入った時、〈筋力強化〉などの他の強化魔術も消えた。


 今、ヴィンスが治癒魔術を使っているのは分かっているはずだ。


 だが今、彼はこちらに声を放っていない。彼がこちらを格下と見て余裕ぶっているのでないのならば。


 反魔術の声は、連続での使用ができないか、体表面や放出される魔術にしか効果がないのどちらかだ。

 だが連続使用できないなら、最初に使うべきではない。故に後者、自身の体内に発する治癒魔術は打ち消せないと判断できる。


 また彼の拳の間合いへと入ると、恐らく体内の魔術をも打ち消されるのだろう。それがヴィンスにとっての死地、嘉睿の必殺の圏だ。


「ふむ、厄介だ」


 ヴィンスはそう刹那に判断した。

 むろん、彼とてこの推論をこの一瞬で組み立てた訳ではない。数少ない反魔術師についての文献を調べ、同じく稀な東方より来たる漂泊の民の使う功夫の魔術的効果について調べることでいくつかの推論を立て、その上で今の一合で判断しているのである。


 一方の嘉睿は気を整えつつ思考していた。

 今の一撃、常人であれば二度と立ち上がれないほどの打撃であったはず。

 無論、竜殺しが常人であるとは思わないが、強化の魔術を破ってから打っているにしてはこちらの勁が徹っていない。


 理解はできる。

 ヴィンスが打撃の刹那に芯をずらす回避をしたこと。彼の豊かな筋肉が剛性と弾性を兼ね備えていること。そして何より彼の内なる魔力が、魔術として発せられなくともその身を守っていることだ。


「強いな……」


 気が整った。右肩を前にした体当たりのような構えを取る。


「シィッ」


 そして前方へと飛ぶ。箭疾歩(せんしっぽ)、上体を揺らさず、滑るように一歩で間合いを詰める歩法だ。

 この動き、正面から見ると動いているようには見えず、気づいた時には懐に入られているというものだ。


 右拳を突き出す。形状は把子拳、拳を握り締めきらない縦拳で、正面から見ると人差し指と中指あたりの第二関節のみが見えるような拳。通常の拳に比べ面積が狭い。

 故に防御しづらく、また間合いを狂わせる技だ。


 だがヴィンスはその拳を、前に突き出した右腕で外へと払ってみせた。

 ヴィンスの技の基礎はフェンシングである。どの武術よりも飛び込みでの突きに対応する回数の多い武術だと言えよう。箭疾歩も捨身フレッシュの突きと同様。把子拳とて、点での突きであるフェンシングより大きいのだ。


 嘉睿はその動きに逆らわず、さらに前進。左脚が右脚に追いついた段階で腰を横に回し縦に落とす。


――ダン!


 震脚。密着した状態での肩での体当たり、鉄山靠てつざんこうだ。

 肩、または背中での体当たりをする技、八極拳のそれは他の流派より威力が数段上。

 当たれば吹き飛び、体勢を崩したところに追撃を加える。


 だがヴィンスは同じく肩で当たり、その威力を抑え込んでみせた。


 肉と肉がぶつかったとは思えぬ轟音が響き、鍔迫り合いのように動きが止まる。


「……八極拳の経験が?」


 全身に力を漲らせながら問う。


「ねえよ」


 ならば恐るべき力、そして体幹の強さ、バランス感覚だ。ヴィンスが嘉睿を振り払う。嘉睿は後方へと飛んだ。拳が漢服を掠め、それだけで服が千切れる。


 再び前に出て数合。撃ち合いは本質的に嘉睿が優位。

 拳法としての腕の違いもあるが、そもそも片腕での戦法であるヴィンスと両手を自在に使う嘉睿とでは文字通り手数が違う。


 ヴィンスの左手は魔法文字を描き続けている。

 嘉睿の圏にあって魔術は即かき消されようと、その僅かな瞬間でほんの一瞬だけ膂力をあげたり打たれたところを少しづつ治癒しているのだ。


 馬歩冲捶まほちゅうすい、馬歩という独特の歩法で前進しつつ打撃。重力、作用反作用の力、捻りの力。全てを一点に重ねて威力とする。八極拳の基礎にして奥義たる発勁。

 ヴィンスの腹に嘉睿の拳が突き刺さった。


 ヴィンスが吹き飛び地に臥し、血を吐きつつもなお立ち上がる。

 強き意志の折れぬ視線が嘉睿を射すくめる。


 押しているのは圧倒的に嘉睿だ。だがそれでも気圧されるものを感じた。


 ――あり得ぬ。


 彼の戦歴を見た。15の春に闘技場へ来て、まだ一年と数ヶ月。

 彼の所属する黄金の野牛組合の訓練士はエンツォ。良い訓練士と聞くが、単純な力量としてヴィンスよりは格下。そして彼は闘技場の戦いでまだ負けを知らない。


 彼が自身より強い相手に折れない、その不屈はどこから来る。


 ふと、脳裏に少年の姿が過ぎった。


 父より修行をつけられる幼い自分、師父に敗れる青年期の自分、私の前で倒れる浩宇、そして両手に棒を構える緋眼の女の前に倒れる金髪の少年。


 幻か、否。

 そう、我等は皆同じなのだ。


「ヴィンス、あなたの師は女か」


「そうだ」


「無数の敗北を刻まれたか」


「一万と一」


「彼女は何と言っていた?」


「ただ、抗えと」


 嘉睿は呵々大笑した。

 強い訳だ。


 一度息を吐き、全霊で気息を練り直す。


「武人、竜殺しヴィンス。我が絶招(ぜっしょう)を以てお相手しよう」

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i521206
― 新着の感想 ―
[良い点] 絶招きたぁーーー! 必ず殺す技! わくわく! [一言] 史上最強の弟子ケンイチ!を思い出しました! 馬歩とか! 基礎は大事!
[一言] 強敵と書いて、「とも」と読むという言葉を思い出しました。
[一言] 聴頸で相手の人生まで垣間見るの好き DRAGONBUSTER好き
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