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王都の決闘士 【完結】  作者: ただのぎょー


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嘉睿戦・前

近接格闘士ストライカー最強はどっちだ!

 ここまで無手で戦い抜いてきた両者の激突だ!」


 夏空にアナウンサーの声が抜けていく。


「3勝1敗!槍を携えるもそれを振ることはただの一度もなく、拳を以って挑み続けるは、無所属、近接格闘士・反魔術師、リン・ジャルイ!」


 ヴィンスの前には漢服と呼ばれる東方より来たる漂泊の民特有の衣装を纏う男。

 黒髪・黒眼の壮年の男、40に近い歳というが、その肉体は鋼を束ねたように引き締まっていると服より覗く首や手を見れば容易に想像がつく。

 右手には彼の身の丈より長い槍を携え、それを自分の開始位置の砂地に穂先を下に突き刺した。

 彼の戦いはヴィンスも何度か闘技場で見ては来た。だが、こうして相対して見ると男性決闘士としては小柄な部類であること、その顔は、眼は長年の風雪に晒されてきたことを感じさせるものであった。


「こちらも同じく3勝1敗!だが闘技場にての敗北は未だ無し!おっと今日は普段の手甲、脚甲も身に纏っていないぞ!黄金の野牛所属、ヴィンス・竜殺し!」


 嘉睿は思う。何と豊かでしなやかな筋肉だと。恵まれた肉体、そしてそれを十全に鍛え続けてきたことが分かる身体と立ち姿であると。

 そして驚くべきことに彼からは魔力を感じないのだ。竜を受け止めるだけの強化と竜の攻撃を受けようと立ち続ける治癒、膨大な魔力を有しているはずなのに、それを全て自らの内に収めているのだ。


 彼の胸をちりと焼く感情が湧き上がる。


 彼はまだ16歳だと言う。

 16と言えば、弟子の浩宇よりほんの1つ上の年齢である。

 私は16歳の時に彼に勝てただろうか。いや、無理だ。師父から基礎を修めたと言われ、師父がいなくなった20代、その頃でもまだ勝てぬだろう。


 だが、今なら。

 私の肉体が、技が衰えぬ前に彼と戦えるのはこの上ない僥倖だ。


 闘技場の中央で2人は向かい合う。


「今日は甲をしていないのですね」


「あなた相手では動きの邪魔でしょう」


 嘉睿は頷いた。


「胸をお貸し願います、竜殺し」


「それはこちらの台詞ですよ。それに……」


 そう言ってヴィンスは笑みを浮かべた。


「そう言うならもう少し殺気を隠しましょう」


 嘉睿は獰猛な笑みを浮かべ、左手で口元を撫でた。


「それは失敬」


「いいさ、気持ちは良くわかる」


 そう言って2人は開始線まで下がった。


 ヴィンスの心には歓喜が湧き上がる。自分よりも明らかに格上の人間に当たるのはアルマ以来初めてだと。

 もちろん竜は強かった。だが、あれは対人としての動きではないのだ。竜を殺しても人を倒す腕前は上がらないのだ。


 嘉睿の心には歓喜が湧き上がる。あれは10代の少年ではない。ただのB級決闘士でもない。まさに自分が求めていた龍だ。いや、竜殺しか。

 彼のつい漏れ出した殺気を感じ取り、その意味まで読まれた。心を読むとは[聴勁(ちょうけい)]の達人ということもあるまい。ただ、彼が真の武人であるということだ。


 2人は拳を構えた。ヴィンスは右前の半身。一方の嘉睿は脚を肩幅に開いた自然体で正面を向いて相対。


 審判が挙げた手を振り下ろす。


「始め!」


「〈筋力強化〉、〈魔力鎧〉……」


 ヴィンスが詠唱と左手の印で複数の強化術式を自らの身にかけていく。


「コオッ!」


 嘉睿は大きく気を吐いた。[呑吐勁(どんとけい)]、胸を縮めてより勁を蓄える術。そして[練気(れんき)]。気を充実させ、肉体の強度そのものを高めていく術だ。

 強化術に似た動きではある。そもそも魔術師の扱う魔力、内なる魔力と外なる魔素。それは気と同質のものであるのだ。

 腰を落とし、開手で片手を顔の前に、片手を腰溜めに構える。

 だが、嘉睿のそれはここからが違うのだ。


 ヴィンスの榛の視線と嘉睿の黒が絡む。


 ヴィンスの背後の砂が爆発するように吹き飛び、その身体が急激に嘉睿へと迫った。


「カアアッ!」


 嘉睿が声とともに練り上げた気を放つ。そして震脚、地を踏みしめて虚空を右の拳が叩いた。

 彼の正面の大気が不自然に歪む。

 反魔術師たる彼がその気を乗せて放つ声には破魔の響きが、その拳で叩かれる大気は破術の相を有するのだ。


 ヴィンスは嘉睿の声が自らの身を叩いたその刹那、空気の圧を強く感じた。

 それは〈魔力鎧〉が一瞬で剥がされたため、突進による風圧が身を叩くようになったことを意味する。


 反魔術!


 しかし思考する時間は無い。

 そして彼の拳圏、間合いに入った時、その身にかけた術式の魔力が剥がれていくのを感じた。

 この空間にいるだけで魔術が剥がれていく。

 そう理解する間もなく、ヴィンスの突き出した右の貫手と、嘉睿が顔の前に掲げた左手が交差する。貫手は嘉睿の左手の甲から肘へと抜けるにつれて巻き込んだ漢服の袖をぼろぼろにしつつ、その進む向きを身体の外へとずらされた。


 ヴィンスの間合いの内側に入った嘉睿の右の拳が、ヴィンスの胸と衝突する。


 観客からは轟音とともにヴィンスが弾かれ、吹き飛んだように見えた。

 どういう衝突の勢いか、嘉睿の後方へと吹き飛び、砂地の上で転がって、口から血を砂地へと撒き散らす。


 闘技場が静まり返った。

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― 新着の感想 ―
[一言] >ヴィンスの心には歓喜が湧き上がる。 >嘉睿の心には歓喜が湧き上がる。 オイオイこの二人両想いかよ( ˘ω˘ ) 歓喜と歓喜で大歓喜( ˘ω˘ )(?)
[一言] ジャルイ…渋いっす。(*´Д`*)
[一言] 今日は嫌なことばかりで世界滅べと思ってましたが、これ読んで少し気が晴れました。
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