林嘉睿・後
嘉睿は黒髪を摘みながら言う。
「髪の色が同じだったか?私も、君も、君のお父さんお母さんも。東方より来たる漂泊の民だ」
浩宇は頷いた。
この村の住民は薄い茶色の髪の者が多く、風貌も異なっている。
「浩宇、君はこの村で過ごすか、私についてくることができる」
「ついていく」
浩宇は即答した。
「…… だが私は旅をしているんだ。長い長い旅だ。もしついてくるとして、それは君にとってとても辛く、つまらないものになるだろう」
「いい、ついていく」
こうして一人旅が二人旅になった。
子供連れだ。旅の足取りは遅くなる。だが決してそれは不快なものではなかった。
浩宇は忍耐強い気性であった。黙々と嘉睿の横を歩き、身体が旅慣れてくると、嘉睿の套路を真似し始めた。
こうして弟子ができた。
ある日、立ち寄ったそこそこ大きな町で彼の魔力を測定したところ、その年齢の平均よりかなり多いこと、魔術師になり得る値であると分かった。
嘉睿には思い当たることがある。浩宇と組手をしていると、僅かに体幹のバランスが拳の動き以上に崩されることがあるのだ。
功夫は古来より伝わる技法であり、その歴史には神秘がある。
そもそも魔術との相性は良いのだ。
かつて師は仰った。
「嘉睿、汝の拳は破魔・破術の拳よ。正しくその拳を極めれば、魔導はその形を保てず霧散しよう」
「師父の拳はなんなのですか?」
「儂はこれよ」
と言って師父は震脚で地を踏みしめ、右の裏拳を嘉睿へと突きつけた。
その拳は赤く輝き、陽炎が揺らめいた。顔が熱に炙られる。
今でもその拳の熱を覚えている。
自分の拳には反魔術の力がある。
浩宇の拳には何が宿っているのか。
嘉睿は自嘲する。
思えば自分は無学である。母や師父から読み書き程度は教わったがその程度だ。
だが浩宇はこのままだと自分より無学となるだろう。それは望ましくない。1年ほど町に滞在し、しっかりと学ばせることにした。
そうして、滞在中に手紙を出した。
ブリテン南西部の町、セーレム。そこに世界でも有数の魔術師のための学校がある。サウスフォード全寮制魔術学校。
そこの校長、サイモン氏にである。
功夫、気功といった古代武術の身体操作法と呼吸法により魔法的効果を得る技術を扱う少年がいると。その子は両親を失っており、学問を修める機会が得られなかったが、その性質として勤勉であると。
半年後、ぜひ当校に招きたいとの連絡があった。
「浩宇、お前はここで魔術を学べ」
私はサウスフォードの校門の前に浩宇を連れて行ってこう告げた。
それまでに説明はしなかった。反対するであろうから。
「嫌だ。わたしが学ぶのは師父からだけだ」
案の定、私を見上げてそう言った彼に思わず笑みを浮かぶ。
「なるほど、浩宇は一生、私に負け続けたいのだな」
「……わたしはまだ師父の功夫を学びきっていない。それに師父の功夫は最強じゃないのか」
確かに私は旅の途中、絡んできた兵士もごろつきも魔獣も、全て徒手で倒してきた。浩宇がそれに憧れるのは分かる。
「どちらも否だ。お前に伝えた套路、あれには私の教えの全てを詰めてある。
それにな、我らは最強には程遠いのだ」
「なぜ」
「考えてみよ、真に我らが最強であったなら。中華が失われることも、我らが漂泊の民となることもなかっただろう」
「……師父はどうするのだ」
浩宇はぽろぽろと涙を溢した。
「ラツィオに行くよ。かの闘技場で我が功夫の有用性を証明したい。
武器を持ち、魔術を扱う一流の決闘士たちに、拳で立ち向かってみたいのだ。
おそらく、私の闘士としての寿命はそう長くはないだろうからな」
これは前々から考えていたことであった。私ももう35を過ぎた。私の拳を継ぐ者も既にここにいる。なれば私は自らの拳の力を試しても良い頃合いだろう。
「ここで学べ、浩宇。6年後、卒業したらラツィオに来い。
その時、私はお前に決闘士として学んだことを教えてやろう。そしてその時、お前は私に魔術を教えてくれ」
私は彼の頭に手を置いて語った。浩宇は袖で涙を拭い、頷いた。
「私も闘技場で勝ったり負けたりする中で学んでいくだろう。ここにはお前を導く新たな師や、同年代の強者が必ずいるはずだ。浩宇、そいつらから1つでも多く学んでくるんだぞ」
そうして私は浩宇と別れ、ラツィオに向かった。
あの子は魔術を学べたであろうか。
師を得ることは、友を得ることはできただろうか。
そして龍、強者に立ち向かうことはできただろうか。
一方の私は半年の旅を経てラツィオに辿り着き、決闘士として登録した。
まあ勝ったり負けたりである。魔術を打ち消しつつ寄って打撃を入れるのが私の戦術の基本となるのだが……。
八極拳は正直、相手を追いかけ回すのには向いてない。
中には逃げ回って間合いを取り、遠方から撃ち続ける者もいた。あまりにも情けないと観客から非難されたため、以来あまりいなくなった。
1番の問題は、魔術で直接攻撃せずに、魔術で物を飛ばして攻撃する私を相手取る戦法が確立されたことだ。
私の反魔の力は魔力を霧散させ、術を打ち消すことはできる。
だが、術によって飛ばされた刃や礫を消すことはできないのだ。
一方で近寄って仕舞えばあまりにも簡単に相手を打ち倒すことができる。武器の、拳の振り方もなってない者たちばかりだ。
順位戦の行われない冬に、拳闘を生業とする者たちとも戦ったが、あれとて相手にはならなかった。
正直、闘技場での戦いが意義あるのかと悩み始めているところだ。無論、魔術への対策、飛び道具への対処という意味では今までにない修行が出来てはいるのだが。
……我が功夫は未だ成らず。
王都の決闘士のスピンオフ二次創作が書かれれました!
著:稲村皮革道具店本館
追放者インノチェンテの流浪の末路
https://book1.adouzi.eu.org/n9120hf/
調教師組合を、両腕を断たれて追放されたインノチェンテのアフターストーリーです!
謎すぎる題材でとても良いと思いますのよ!
是非ご高覧下さい!
ヽξ˚⊿˚)ξノ稲村皮革道具店本館さんあざますのー!




