林嘉睿・前
ξ˚⊿˚)ξ <過去分の修正について。
私が今まで書いていた分で暦を間違えて書いており、それを修正いたしました。
申し訳ございません。
そんなところそんな気にしてないよと思われる向きもあるかと思いますが、見ていた方へ。
今は118年シーズンであり、クライマックスのアルマとの決闘は、今のヴィンスの2年目シーズンの終わった直後の話になります。
故に今年のヴィンスの成績は8勝1敗、1不戦敗です。
よろしくお願いいたします。
林・嘉睿は漂泊の民である。
彼は40年に渡るその人生の半分において、草を枕に、星空を屋根に放浪して生きてきた。
そしてそれ以上に林・嘉睿は功夫を伝承する者である。
40年の人生の全て、物心つくよりも前から、拳を握って生きてきた。
かつて、数百年前。アジアと呼ばれた地域が魔界に堕ちた時、世界に二つ目の蒼白い月が出現し、暗黒時代を迎えた時。
この地域にいた人類の大半は大地とともにこの世界から失われたという。
生き残った者の大半は魔族に喰われ、殺され、捕らえられたという。
絶望的な西方への逃亡。ごく僅かな者たちがかつてヨーロッパと言われた地域、人類領域まで辿り着いた。
その中で彼らは安住の地を求める者、かつての安住の地を取り戻すべく、魔族との戦いに身を投じる者などに分かれていくこととなる。
林・嘉睿の両親は人類領域の東端に近い旧アジア人の多く住む居留地に住んでいた。そこで居留地を魔族の襲撃より護る武術家であった父から武術の基礎を学んだ。
そして十の頃、壮年の流浪の拳士へと預けられた。
なぜ両親が嘉睿を放浪の拳士に預ける気になったのか、その正確なところは幼かった彼には分からない。
恐らく、父は自分より息子の方が拳の才があったと感じたのだろう。そしてそれを伸ばす機会はこの居留地では求められなかったのではないかと想像するばかりだ。
それともう1つ。彼が反魔術師の才を有していたことだ。これが祝福なのか呪いなのかは分からない。
先天性の反魔術師はその身にかけられようとする魔術を良きものも悪きものも等しく排除しようとしてしまうのだ。例えば集団戦の中、味方全員に強化術式をかけようとした時、嘉睿のせいで発動が失敗する可能性が高まる。
この居留地で防人をさせるには向かなかったのかもしれなかった。
こうして師となった人物と2人、放浪し、山野を修行の場とし、時に人里に向かうような生活を続けた。
師は彼に告げる。
「嘉睿、汝が適性は八極の技にあり。汝にはそれを授けよう」
八極拳。八極とは東西南北と乾坤艮巽の八方の彼方を指す言葉だ。
超至近にて威力が最大となる打撃の技法、自らはほとんど動かず、八極の彼方へと威力を届ける術理だ。
「はい、師父」
師は自らの名を教えることはなく、ただ師父とのみ呼ばせた。
奇妙な人であった。というより、嘉睿は今でも彼を伝説にあるような仙人だと思っている。
歳のころは50前後の、少し小柄な筋肉質の男であるように見えた。
だがその武術の腕前が尋常ではないこと。無数の流派の技を知悉し、扱えること。
酒を呑むと機嫌よく、今までに見てきた嘉睿のような弟子たちの話をするが、その話を合計するとどう考えても少なくとも百年やそこらは生きていないとおかしいこと。
師父は嘉睿に八極拳の拳の技と槍の技を指導し、嘉睿が20を過ぎた頃に彼の套路を見てこう言った。
「汝は八極の技の基礎を修めたようだ」
「は」
20年拳を握り、八極拳を10年学んで基礎であるという。だが怒りも何も湧かない。彼の拳法が強大となっていることは疑いなく、それでも師の足元にも及んでいないことが分かるからだ。
「套路を磨き続けよ。そこには術理の全てが含まれている」
套路とは技の型のこと。八極拳の動きの全てがそこには含まれるのだ。
「師父?」
まるで別れの言葉のようだ。そう思って師を見ると彼は満面の笑みを浮かべていた。
「さらばだ、嘉睿」
師は彼の眼前で霧のように消えた。
こうして2人での放浪の旅は1人になった。師より授かった槍に荷物を括り、套路を磨き、時には野の獣や山賊を退治などしつつ旅を続ける。
数年するうちに套路の意味が変わってくる。ただ教わっていた通りの動きの意味が分かってくるのだ。
なるほど、師父と別れた時は基礎を修めたとはこのことかと。
1人でも技が磨けるようになったのだと。
さらに数年後。30になろうかという頃であった。
「旅の方、この子を連れて行ってはくれませぬか?」
立ち寄った村の村長にそのような話を持ちかけられる。
聞けば彼の両親は黒髪に黄色がかった肌の流れ者だったという。そしてこの村に定住し、男の子を1人なしたと。
だが流行病にかかって両親は亡くなり、子のみが残ったようだ。
そして村の者たちが子を疎んでいる気配が強くなってきたという。
「何歳だ」
「へえ、5つばかりです」
嘉睿は嘆息した。
理解は出来る。流れ者の余所者だ、見た目も違う。両親が村のために働いていたならともかく、その歳で残された子の面倒を村で見ざるを得ないとなれば疎みもしよう。
気分の良いものではないが。
「その子に聞いてみねばなんともならんな。まずは連れてくるがいい」
そうして連れてこられた子は、確かに黒髪の少年で、身体にはいくつか痣も見えた。だが幸いにも食事はまだちゃんと与えられているのか痩せこけたような印象は受けなかった。
「こんにちは。はじめまして。私は嘉睿という」
「はじめまして。浩宇……です。おじさん、おとうさんににてる」
浩宇と名乗った少年はそう言った。




