敗北に向けて
「ブリジッタ、俺が勝てない相手って何だと思う?色々あるけどさ」
「んー……転移術士に逃げ回られるとか?」
「外で戦えばそうだな。でも闘技場の限られた空間の中ならそのうち捕まえられる」
ブリジッタが顎に指を当てて首を傾げる。
「じゃあー……ヴィンスにも耐えられないほどの高い火力の術式を使う?」
「それはA級に昇格してるだろ」
「そっか、確かに」
ブリジッタが笑窪を見せる。
「で、これがその答えになるのか?リン・ジャルイ。打撃系格闘士、反魔術師」
ダミアーノが選手情報を見ながらヴィンスに尋ねる。
「ブリジッタと同期か。3年目、新人でC級8勝2敗で昇格、前年はB級で5勝5敗、今年はここまで3勝1敗だ。
良い成績と言って良い部類だがそれほどか?」
ダミアーノの問いかけにヴィンスは頷く。
「相性の問題が大きいからなぁ。彼の成績以上に俺に勝ち目がない。
ブリジッタと同期なら、そこに年齢高い新人いなかったか?」
「ん……?ああ、いたなぁ。新人に老いぼれ混じってるなと思ったがそいつか。40近いよな」
ダミアーノの意識にジャルイが残っていない理由をヴィンスは理解できる。
1つは無限の複合獣からの妨害が激しかったこと。
そしてもう1つは魔力放出がないヴィンスや反魔術師のジャルイは気配が薄いのだ。
ヴィンスは体格も良く、視界に入っていれば無論目立つ。だが視界から外れれば驚くほど気付かれない。
ダミアーノは魔術師ではないが、魔力の気配に敏い。それは幼いブリジッタを見出したことからも明らかだ。逆に魔力の気配が薄い者への注目が弱くなる。
「反魔術師ってヴィンスも使ってる〈解呪〉とかに特化したっていうか、その系統しか使えない術者よね。そんなに相性悪いの?」
「強化術士にとって最悪だよ。反魔術師ってことは〈解呪〉の上位、〈複数解呪〉とか〈範囲解呪〉使えるって意味だから。
俺、強化魔術を10以上重ねて戦ってるのに、一発で解除されちゃうからな」
あー、とブリジッタの口から納得したような声が漏れる。
「そのジャルイさんが他の決闘士には勝ちきれないのはなんで?」
「普通の魔術が使えないからな。それと魔力を打ち消しても、既に発生してしまった物理的な効果は打ち消せないからだ。
魔力で作られた石が飛んできた場合、それを掻き消せるけど、地面に転がっている石を魔術で吹き飛ばした場合、それを消せるわけじゃあない。
負けた試合はだいたいそれで負けていると思うよ」
反魔術師より高位の術者として、魔術によって発生した物理現象も打ち消せる者がいるかについては、魔術塔なのどの研究機関では研究され、概念としては存在するとされる。
それは魔術殺しなどと呼称されているが、実際にその術者はまだ見出されてはいない。
「詳しいな」
ダミアーノが言い、ヴィンスが肩を竦める。
「そりゃあ気にしていたからね」
「反魔術師がお前の強化術に相性が悪いのは分かった。そうすると残るのは、共に近接格闘士ということだ。
つまり、お前は術式なしの殴り合いでジャルイには勝てないと言うことか」
ヴィンスが頷き、ブリジッタが濃紺の目を見開く。
「俺の格闘技なんて、しょせん自己流で、ダミアーノの言う通り、ただの殴り合いにちょっと格好つけただけのものだ。
だがその名前見て分からないか?」
「リン・ジャルイ。そうか……東方より来たる漂泊の民、故郷を失いし者の末裔なのか」
かつて、西暦や黄道暦の頃、アジアと呼ばれていた地域は魔界に沈んだ。
その頃その地域に住んでいた者たちは魔界に倒れるか、故郷を失っての永き放浪の旅に出たという。
彼はその末裔だ。そして……。
「そう、そして彼は俺みたいな殴り合いの技でもなく、拳闘士たちが使う武術とも違う、歴史と神秘に彩られた技。功夫を継ぐ者だ」
ジャルイこと、林・嘉睿は功夫の達人なのである。
ヴィンスの唇が喜びに弧を描く。
「そうだ、俺では決して勝てない」
「ヴィンス、勝てないのに嬉しそうね?」
「ああ、ここでの一敗など安いものだ。俺がこの決闘で何が学べるかと思うと嬉しくてしょうがないのさ」
ヴィンスは立ち上がる。
「良い試合を持ってきてくれた。さあ、第5節まで残された時間をしっかり訓練しよう。
少しでも長く粘れるように!」
それからヴィンスは決闘の日まで、強化術式を使わずに訓練を始めた。
ダミアーノは拳闘士組合に声掛けして、ジャルイと似たような体格の拳闘士を呼んできて訓練をつけさせる。
ちなみにジャルイの体格はヴィンスより下だ。
我流の殴り合いの技とヴィンスは言うが、フェンシングという歴とした武術が下地で有り、この戦い方で6年間毎日、実戦を続けてきたのである。
階級が下の拳闘士であれば、ヴィンスは普通に勝つことができる程度に強いと言うことが分かったのだった。




