報告
ヴィンスはその手紙を読んで微笑み、家の中、ローズウォール家のタウンハウスの方角に頭を下げた。
翌日である。
ちょうど取材に来たロドリーゴがザイラを伴っていたので、ヴィンスは黄金の野牛の事務所兼住居へと招いた。
そう、家ができたのである。
広い敷地内には家と天幕。
家はダミアーノとエンツォ、ヴィンス、ブリジッタ、チェザーレの住居でもあり、天幕は白銀の野牛に入会した決闘士見習いたちの住居としている。
剥き出しの土を固められたグラウンドは柵で分割されている。決闘士用と見習い用だ。
今はチェザーレがグラウンドで見習いたちを追い回すように走らせ、エンツォは最近雇った通いの料理人の女性と朝食を作っている。
部屋にはダミアーノとブリジッタ含め、5人が座る。以前は車座に地面に座ることが多かったが、ちゃんと椅子も用意された。
「なんだよヴィンス」
「一応報告。王都新聞のピーノの件」
ダミアーノとロドリーゴは何も言わずぴくりと眉を動かし、ブリジッタは声を上げようとして口を押さえる。
ザイラの顔からは血の気が失われた。
「一応聞くが、彼を今でも愛しているとか、逆に直接復讐したいという気持ちってあるか?」
「……いえ、直接顔を見たらどういう感情が起こるかは分かりません。でも少なくとも今は会いたいとも復讐したいとも思っていません」
「賠償が欲しいとかは?」
「いえ、その節はヴィンスさんとロドリーゴには多大なご迷惑をおかけしました。私が払うならばともかく、賠償を受けるなんてとんでもないと思っています」
ヴィンスの榛色の瞳がじっと彼女を見据える。それは本心からの言葉であるように思った。
「なら良かった。ローズウォール家がピーノを失職させて王都から追放した。ザイラが接触することは二度とない」
ザイラの瞳が涙に盛り上がり、突っ伏すように顔を俯け、肩を震わせた。
良かったねぇ、良かったねえとブリジッタがその背をさする。
「どういうことだ?」
ダミアーノが尋ねる。
「ローズウォール家にはこの話は伝えてあった。昨日、対処したとの連絡があった」
「随分と重く扱ってくれたんだな?」
「ありがたいことだ。詳しく聞きたいか?」
「……いや、いい」
ダミアーノはヴィンスとローズウォール家の繋がりの強さに疑問を投げかけるような言葉である。だが結局、彼はそこには踏み込もうとしなかった。
「決闘士ヴィンス、ありがとうございます。ローズウォール家の方々にも礼を言っていたとお伝えください」
「わ、わた、しからも……お礼を」
ロドリーゴが帽子を脱いで頭を下げる。ザイラも顔を上げてそう言った。
「ああ、必ず伝えよう」
ヴィンスがウィルフレッドから受け取った手紙、ちょっと長い時候の挨拶のようではあるが違う。簡易な暗号とも言えるローズウォール家の符丁だ。
トルメッゾの別荘はそこで修行していたヴィンスの暗喩。
難波薔薇は棘の多い品種であり、障害や困難の暗喩だ。
我が最愛はユリシーズが品種改良して作った棘無しの薔薇の事で、それに植え替えたとは障害を取り除いたの意。
ユリシーズにはアピスという名の女王蜂の使い魔がいる。
アピスはユリシーズを、女王蜂と書けばトゥーリアを示し、蜜蜂はその子。蜜蜂たちなのでウィルフレッドとイヴェットが2人で対処したことを意味している。
今回の場合、ラツィオは王都新聞を示し、黄薔薇は臭いのキツい花、ピーノを示していると読める。黄薔薇はローズウォール家の符丁だと毒を示してもいた。何らかの薬物でも使用していたのかもしれない。
決闘士は決闘士新聞で、胸を女性の象徴、つまりザイラと考え、飾るを接触すると考えれば、胸を飾れない、つまりザイラと接触させることはないという意味か。
切り花は職を失う、南方へと運ばれるは南のどこかに追放されたと。
つまり、この手紙はウィルフレッドとイヴェットが王都新聞のピーノを辞職と追放に追い込んだということの報告である。
ヴィンスはその手紙を処分すべきかと思ったが、結局これだけ見ても何も分かるまいと、手紙を入れている缶の中にしまった。
次戦、第3節もその次もヴィンスは圧勝した。今の成績は3勝1不戦敗である。
相手の全力の魔術を受けての反撃の一撃で勝利、このパターンだ。
客観的に見て2節の相手であったアンドレアよりは多少詠唱が速く、術式の威力も高い相手だった。
だが、ヴィンスにとっては結局自分の防御や治癒力を上回る程ではなく、相手がこちらの攻撃を防御できる訳ではない。結果は何も変わらないのだ。
日々の訓練の中での練習試合はためになる。元はエンツォだけだったが、ブリジッタの怪我が治ったこと、チェザーレが帰還したことにより試合相手のバリエーションは増えた。特にチェザーレは強く、ヴィンスが負ける事もある。
そして第4節の後すぐのことである。ダミアーノがいつも通りヴィンスに伝えた。
「次節の相手はヤ……ィア……ヤルイに決まった」
「ジャルイ」
ヴィンスが訂正する。彼の唇が弧を描いた。
「ジャルイ。知ってるのか?」
「ああ、面識はないが良く知っているさ。B級で唯一、俺が勝てない相手だ」
近くで聞いていたブリジッタが驚愕して駆け寄る。
「どうしたの?らしくない!」
ブリジッタがヴィンスの額に触れる。ヴィンスは笑ってブリジッタの手を掴んだ。
「大丈夫だ。熱はないよ」




