詰問
数日前、王都新聞のピーノの元に一通の便箋が届けられた。
それは明らかに上質の紙が使われており、封蝋に薔薇の印璽が成されたものであった。ローズウォール家からである。
ピーノには理由がわからない。
貴族に関わるような仕事はしていないし、ローズウォール家といえば昨年、決闘士ヴィンスの後援者となり大々的なパーティーを行ったということで知られてはいる。
彼の意識としては昨年の夏にヴィンスを称える記事をどこよりも早く出したと言うことだけだ。その記事は人気であったし、王都新聞の上司にも評価されている。彼の中でそれが決闘士新聞のロドリーゴの記事を盗んだものという意識は存在しない。
かの記事に関してローズウォール家からもお褒めの言葉でも頂戴できるのだろうか?と思っている程度であった。
「王都新聞のピーノと申します」
にこやかに微笑む。
内心では無駄に待たせて貴族ぶりやがってと、思ってはいる。待つ間に座っていたソファーは柔らかく、供される紅茶もまた上質なものであったのは認めるが、部屋に生けられた薔薇の切り花は家名を表すにしろ女性的で趣味に合わないとも感じていた。
「ええ、ウィルフレッドです。こちらは双子の妹のイヴェット」
イヴェットは声を発さず無機質な表情で頷くのみ。
ピーノが視線を左右に動かす。
「今日はお父様やお母様はおられないので?」
「ええ、もちろん。手紙にはわたしの名前でしょうたいしたでしょう?」
確かに手紙の末尾のサインはウィルフレッドとあった。
ガキがなんの用だと思う。早速話を切り出した。
「本日はどのような御用件でしょうか」
「わたしたちが決闘士ヴィンスの後援者であるのは知っていますか?」
「ええ、存じ上げております」
「去年、あなたは彼をたたえ、今後に期待するとの記事を書かれた」
やはりその件かと頷く。
「ええ、書かせて頂きました」
「それは決闘士新聞のロドリーゴ氏の原稿をうばったものですね?」
ピーノの動きが止まる。
思考を急いで巡らせる。なぜバレた?なぜそんなものを貴族が気にする?魔術による尋問か?カマ掛けか?
「なぜそのようなことを?」
「ああ、認めても認めなくてもけっこうです。こちらでもう調べはついているので。
ロドリーゴ氏の原稿をザイラ嬢を通じて入手し、それを自分のものとして発表した」
「……何を根拠に」
「ヴィンスから伝えられたに決まっているでしょう。
あなたたちが最初にそれを発表したのに、ヴィンスからは遠ざけられている。それひとつ取っても、あれが義にもとる行為であったのは明らかです」
ヴィンスが評価されて以降、彼の周りには取材陣が多く集まるようになった。ヴィンスが王都新聞の取材を受けない訳ではない。だが、大手の新聞であるにも関わらず対応が他社と同程度か悪い、取材で決して深入りはさせないと後任は愚痴をこぼしていた。
「ご、誤解です」
ウィルフレッドはため息をつく。
「調べはついていると言いましたよ。
あなたはわたしたちのふきょうを買ったと言うことです」
「し、しかし情報を抜くのは記者としては当然の行いで……!」
「別にわたしたちはあなたたち新聞記者たちが独自のりんりをもって取材をおこなうことをとがめはしません。
ですが一線をこえている」
「……坊っちゃまには男女の関係などはまだ分からないかもしれませんが、一線をこえているというのは」
ピーノが絞り出すように言う。
ウィルフレッドは遮るように指を2本立てた。
「2つ間違っているところがあります。まず1つ。
あなたがわたしを坊っちゃまと呼んだのはふけいです。
わたしは先日、王国北部のブトゥー男爵位を正式につぎました」
王宮にて正式に叙爵したのはつい2週間ほど前の事である。社交シーズン最初の叙爵の式典において彼は王より爵位を賜った。
領地を有する貴族であれば、爵位を継ぐため、幼い頃から領地を与えて統治の訓練をさせるというためのものであり、ブトゥー男爵というのも将来ローズウォール伯を継ぐための布石と言って良い。
ウィルフレッドはまだ11歳であるがれっきとした男爵、伯爵令息として扱うのは非礼にあたる。
「も、申し訳ございません、ミスタ……」
ウィルフレッドは言葉を遮った。
「ミスターではないロードです。ロード・ブトゥー」
「申し訳ありません、ロード・ブトゥー!」
ピーノは慌てて平身低頭した。
王都新聞の中でも王侯貴族や政治を扱う部署であれば当然ウィルフレッドが叙爵したことを知っていただろう。無知が出たと言える。
ちなみにこのやりとりでウィルフレッドがピーノを無礼打ちに殺しても法的には問題ない。無論、さすがに悪評は広まるが。
「またもう1点。一線を超えたと言うのはあなたが彼女を知ったことについて言っているのではありません」
知った……?とピーノは疑問に思う。少し考え、性交の婉曲表現かと気づいた。くそ、ガキが気取りやがって。と内心で悪態をつく。
ウィルフレッドが手を挙げると背後に控えているメイドの1人が彼に銀の盆から彼の手のひら大の小箱を手渡した。
ウィルフレッドはそれを机の上に置く。
ピーノの目が絶望に染まる。
「売人はもうとらえています」
そこには彼の懐にもある煙草の箱と同じ物が置かれているのだった。




