B級初戦
それから10日ほど後、順位戦第2節、ヴィンスにとってはB級初戦の日を迎える。
B級昇格直後は前年のB級での成績中位の者が当たるならわしだ。そこで勝つと上位、負けると下位のグループから当てられる形になる。ヴィンスの場合、初戦が不戦敗、敗北扱いなので下位のグループから当てられることとなる。
運営委員会側でもどうするか揉めたという噂であった。
竜殺しを級の下位と当てることについて。ただ、ここは内部規約通り行い、勝てば次戦から上位と当てていこうという話になったとの事だ。
「初戦は惜しくも敗退、巻き返しはなるか!
紅蓮の旋風所属、杖盾士・風斬士、アンドレア!」
ヴィンスの対戦相手の男が手をあげる。まばらな拍手。
前年は2勝8敗となんとかC級降格を免れ、今季も初戦を落としている。
「悪食竜討伐の片割れが帰ってきた!前年C級全勝にして、竜への挑戦を見事成功、怪我のため初戦は欠場となってしまいましたが、彼の身体には傷一つ残っていない!
黄金の野牛所属、打撃系格闘士・強化術士、ヴィンス・竜殺し!」
割れんばかりの歓声が闘技場に響く。高い声、女性の黄色い歓声も多いように感じた。悪食竜戦前に絵姿が売られていた影響か、ファンクラブの者たちか。
闘技場を見渡すと大きな布にヴィンスの勝利を願う文言が並んでいるのを見つけた。思わず笑い、そちらに手を掲げる。
布を持つ女性の1人が倒れた。
正面を向く。アンドレアという男の左手の盾には赤く渦巻く旋風、組合の紋章が描かれている。右手には先端に宝玉の埋め込まれた短杖。胸甲、羽飾りのついた兜。
なるほど、杖盾士はC級でも良く見かけたし戦っても来たが、B級ともなると装備も良くなるようだとヴィンスは感じた。今までの相手だとセノフォンテとバルダッサーレは例外的に装備が良かったが、それに次ぐ。他のC級決闘士たちとは比べ物にならない。
一方のヴィンスの装備は手甲こそ新品になっているものの、その姿は何も変わっていない。鍛え上げた筋肉を惜しげもなく晒している。
アンドレアの顔色は悪い。
竜殺しを前に明らかに緊張し、気圧されている様子だ。
「よろしく」
「あ!ああ、よろしく」
ヴィンスは声をかけてゆっくりと開始位置で拳を構える。アンドレアもどこかぎくしゃくとした動きで杖と盾を構えた。
「始め!」
審判の声が響いた。同時にアンドレアが詠唱を始める。
ヴィンスも強化術を詠唱と左手の魔法文字で重ね掛けしていく。
……遅い。
ヴィンスは困惑する。ヴィンスが詠唱を幾重にも重ねているというのに、まだアンドレアの詠唱が終わっていない。
聞こえてくる詠唱は風斬士という戦法に相応しく、〈風斬〉の系統なのは間違いない。だがそれを威力増強したり範囲拡大するための詠唱を追加している。
これは決闘士ではない、魔術師の戦い方だ。あまりにも無防備。身を護ってくれる前衛もなしになぜこんな戦いが出来るのか。緊張のあまり詠唱を失敗しているところもあるだろうが、それにしても時間をかけすぎである。
ヴィンスはよく使う術式、効果の高いものは大抵掛け終えてしまった。ここで前に出ても良いのだが、これだと相手の出がかりを潰してしまう気がする。それも盛り上がりにかけるなあと、余計な心配まで頭を過ぎる有様である。
仕方ない。それだけ相手の魔術の威力が高いのかも。防御に厚く回そう。
「〈錨〉、あとは……〈眼球保護〉?」
ヴィンスの身体がずっしりと重くなる。風で吹き飛ばされないように。一旦攻撃は後回しにした。全力で受け止めて反撃する。そう決めた。
ちらちらとアンドレアは盾を構えつつこちらを窺う。
ヴィンスは頷き、相手に向けている右拳を開き、2度手招きをした。
「い、いくぞ!万象を切り裂け!〈竜巻斬〉!」
アンドレアの前で風が唸り、回転し、砂を巻き上げては天へと昇る旋風となり、ついには竜巻が形成された。
物語の中では風の刃が敵を切り裂くという話がよく出てくるが、風で何かが切れるかというとそんなことはない。少なくとも人間の皮膚ほどの弾力もあり丈夫なものを切ることは不可能だ。
鎌鼬という現象があるが、あれも単に風圧やそれによって生じる一瞬の真空状態と説明されることもあるが、自然現象としてそうはならない。
あれは空気の乾燥により皮膚の湿度が失われたところに、風によって飛んだ砂や草といった破片により傷がつくものだ。
風斬士の基本の技は自らの魔力を微細な粒子状に形成して飛ばすものだ。あるいはこのように砂を吹き飛ばすなど。
竜巻がヴィンスを飲み込む。闘技場の砂が、あるいはそこに紛れた無数の闘士たちの折れた爪や歯といった破片がヴィンスに襲いかかる。
これに巻き込まれれば強風で体表の水分が奪われ、そこを微細な破片が無数に襲うことで、全身がズタズタになるであろう。
術者の魔力の粒子も混じっているので、獣の毛皮も貫けるかもしれないし、あるいは風に巻き上げられ、高所から落下する羽目になるかもしれない。
風で身動きは取れず、視界も奪われる。呼吸もし辛く詠唱も阻害されよう。強力な術式であった。
だが、それでもヴィンスの心に去来する想いは、この程度かというものであった。




