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王都の決闘士 【完結】  作者: ただのぎょー


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ヴィンスの術式

 ヴィンスは自分の外側への魔力放出マナエミッションが一切出来ない体質である。

 故に彼は自己の肉体の鍛錬と強化・治癒の術式を研鑽に注力してきた。

 だが、彼は考え続けている。彼には届かない道、広域殲滅魔術アナイレイションを、魔術師の道を。


 別に今更魔術師になりたいわけではない。ただ、こうも考えるのだ。


 強化術のみを極めた頂に立ったとして。それは戦士の極みと何が変わるのだろうか?

 例えばラツィオの剣闘士の覇者、古き傭兵集団13竜騎兵ドラグーンズの『シュヴァート』、アイルランド戦線の『狂犬』。


 自分は彼らと同等の存在に至れるか?彼らを超えることは出来るのか?


 そう自問自答を続ける中で、1つの解に至ったのである。

 つまり、自分とはどこからどこまでを指すのか?ということだ。


 自分の身体の一部が切り離された時、それは自分なのか、そうではないのか、ということだ。ヴィンスはこう思った。細胞がまだ生きているならそれは物体ではなく自分であると。


 彼は〈念動〉を自分自身の肉体にしか使えない。では切り離された腕にそれを使えるだろうか。試してみたが無理であった。

 当然である。魔力を行使するのは思考、つまり脳なのだから。切り離された腕の指を動かそうとしても無理というものだ。


 だがそこでヴィンスはそこで思考を止めなかった。

 血、流れる血潮はどうだ。魔術的に考えても血は命の象徴だ。当然生きているとみなせるはずだと。


 血を〈念動〉で動かすことができた。そして血液を紐のように伸ばして切り離された腕と繋げば、それを動かすことができたのだ。


 悪食竜に腕を食いちぎられた時、かの竜の口内にあるヴィンスの右腕とヴィンスの肩を血液の紐で繋いでおいたのだ。

 そして炎の象徴たるケンの魔法文字を描き、右腕を燃やしてかの竜に痛撃を与えた。


 そして今。

 突風の如き速度で滑るようにヴィンスに迫るチェザーレの顎を。

 切り離されたヴィンスの右腕が浮かび上がって迎撃した。

 それはチェザーレの顎を下から上へと打ち抜き、彼の脳を揺らして意識を消失させた。


 チェザーレが意識を失い、圧縮されていた大気が暴風となった。

 チェザーレは背後に吹き飛び、刀は勢いのままヴィンスの腹に刺さり貫通した。


「ぐぅっ……」


 ヴィンスの口から苦悶の声が漏れる。

 試合が速すぎて〈鎮痛〉術式をかける猶予すらなかったのだ。


 ヴィンスはエンツォに視線をやる。


 一瞬の攻防。試合が始まって10秒も経っていない。エンツォはまだ試合開始の合図に手を振り下ろした体勢から動けてもいなかった。

 しかしその一瞬でヴィンスは右腕を失い腹に刀が刺さる、常人なら致命傷と言って良い重傷。だが立ってエンツォを見ている。

 チェザーレは外傷はない。だが地面に倒れ伏して動かない。


 エンツォはチェザーレが意識を失っているのを確認し、声を上げた。


「勝者ヴィンス!」


 ブリジッタがヴィンスに駆け寄る。


「ヴィンス!大丈夫?」


 ヴィンスは痛みに脂汗をかいているが、腹に刀が刺さっていて倒れることも叶わない。


「〈鎮痛〉」


 ふーと、息をつく。その僅かな動きでも腹から血が溢れた。


「ブリジッタ、真っ直ぐ抜いてくれ」


 ヴィンスは〈再生〉術式をかけて傷を治した。

 接合した右腕を開いたり閉じたりしながら言う。


「内臓はちょっと治りきるのに時間かかる」


「1週間くらい?」


 ブリジッタが心配そうな表情を見せる。


「いや、数時間くらい。ちょっと今日は血尿出したりすると思うが気にしないでくれ」


 ヴィンスは倒れたチェザーレへと向かう。

 その歩きが体調を確かめるように少し遅いとブリジッタは感じた。思わずヴィンスの腰に腕を回す。


「大丈夫だよ」


 倒れたチェザーレはちょうど意識を取り戻したか、エンツォに身を起こされていた。

 彼は打たれた顎を触りながらヴィンスを見ていう。


「……俺の負けか。何をされた?」


「斬り飛ばされた右腕で顎を殴った」


「……なるほど。なあエンツォの伯父貴よう。ヴィンスは強いかい」


「そりゃあ強いさ」


「だよなぁ……。良し、ヴィンス。お前がエースだ。お前にブリジッタを任せる」


 ブリジッタが慌てたように言い、自分がヴィンスの腰に腕を回しているのに気づきぱっと離れた。


「な、なによそれ!」


「我らが姫に変な虫をつけるわけにはいかねーが、お前なら許す」


 ヴィンスはチェザーレに頷いた。


「チェザーレ、俺はまだ恋愛をしない。だが光栄だ」


「そうか、堅物め。もっと人生は情熱的に生きるべきだぞ。さて、俺は出かけるか」


「どこへ?」


 エンツォが尋ねる。


「昨日、馴染みの娼館に行ったら、結婚しようって言っていた娘が身請けされていてな」


「2年もいなきゃそうだろうな」


「傷心の俺は今から顎を治して貰いに行って可愛い治癒術士でも口説いてくるぜ。あと、新人育成の件は受けるから集めておいてくれ、先に土地の確保しておけよ」


 そう言って去っていった。

 ダミアーノが舌打ちする。


「あの野郎、わざわざロドリーゴに聞かせるように言いやがって……」


 ロドリーゴがにやりと笑う。


「こりゃあ特ダネだな。今度チェザーレに良い酒を奢ってやらねえと」




 ダミアーノは今季で畳む組合の土地を譲り受けたり、経営に困窮している組合と交渉、敷地を交換してもらうなどして広い土地を集める。

 ダミアーノは顔が広い。どの組合にも彼の知り合いがいて話が通せるようになっているかのようであった。


 そして少し先の話になるが決闘士組合、黄金の野牛(ゴールデンバイソン)はその下部組織として決闘士養成所、白銀の野牛(アージェントバイソン)を擁する組織となるのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] ロケットパンチは無理でもジオング方式なら可能!
[一言] 時間かかるって、数時間?
[一言] 『ちょっと今日は血尿出したりすると思うが気にしないでくれ』 ほほぉーう? ヴィンスはブリジッタにそんなシーンを見られる場合があるってか! くぬぅーー!
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