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王都の決闘士 【完結】  作者: ただのぎょー


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招嵐術士(挿絵有り)

 招嵐術士ストームブリンガーという単語を聞いた時、ヴィンスは思った。

 詳しくはないが、それは風霊系上位の天候系で攻撃的なもの〈ストーム〉、〈ヘイル〉などのさらに複合上位を大規模に扱える術者を示す称号のはず。

 高位術式の大規模行使ができるのは術者として素晴らしいが、決闘士に必要な術ではない。

 喩えるなら台風のエネルギーは膨大であり、それによる被害も大きいが、狙った1人を殺すには向かないということだ。

 恐らく戦場で、軍を相手取るため魔術師のような働きをせざるを得ず、そこで魔術師としての才を発揮したのだろうと考えた。

 しかし彼の得物は刀だ。しかも構えは攻撃的な上段。そういう意味では術式と噛み合ってはいないなと。




 戦いの始まりの合図がエンツォから発せられた時、チェザーレは間髪を容れず飛び込み、ヴィンスに斬りかかった。

 間合いの読み合いなどしない。そもそも剣は拳より長いのだ。

 そして闘技場より間合いの狭いこの空間で、開始位置はチェザーレの一挙手一投足の間合いにあり、ヴィンスの間合いの外であった。


「ツェアァァッ!」


 唐竹割りの縦の一撃、当たれば頭蓋を砕き脳漿を撒き散らすことになる一撃を、チェザーレは同じ組合の後輩相手の力試しの初撃に行った。

 それは彼の思い切りの良さか、殺しても良いという思いか、あるいはこれでは死なぬという信頼か。


 ヴィンスは口頭で〈筋力強化〉の術式を唱えていた。

 強化術師を相手取った時、初撃に全力で来るのは理解できる。だがチェザーレがかつて相対したティツィアーノのように、ここまで初撃に全力で来るとは思っていなかった。

 初動が遅れた。回避は間に合わない。腕で止めるしかない。ヴィンスは右腕を掲げる。これもティツィアーノ戦と同様。


 だがそこからが違った。去年、ティツィアーノ戦においてここから鍔迫り合いのような形となり、ティツィアーノは手押し(ハンダドラッケン)の技で手首を斬り落とした。しかしそこに一手時間と意識を使ったため、返すヴィンスの左手の突きを避けられなかったのだ。


 チェザーレの刀はまるでバターに熱したナイフを入れるが如く、やすやすと鉄甲ごとヴィンスの右腕を斬り落とし、さらに額へと迫る。

 ヴィンスは最初、左手で〈自動回復〉術式を描いていた。だがそれを途中で放棄し、〈鉄の皮膚〉に変えた。そしてその術式を額にのみ集中させた。

 ヴィンスの額は鋼鉄と化した。鋼鉄が刀を受け止め、音が骨に響く。


 ヴィンスの額は割れた。だが頭蓋骨で刀を止めた。恐らく腕で受け止めていなくても術式を額にのみ集中させなくても死んでいただろう。


 刀が爆発するように感じた。ヴィンスもチェザーレすらも後方に吹き飛ばされる。


 風だ。剣が風を、圧縮された大気を纏っていたのだ。

 剣が止められたことによって解放された大気が急激に拡散したのだ。


 吹き飛ばされつつも足腰の力で転倒は防いだヴィンス、一方風に乗るように優雅に地面に降り立ったチェザーレは爆発的な加速で再度前へ。

 肉体の力に加え、風に乗るという形での加速。


「ツェアァァッ!」


 再びチェザーレが吼える。

 ヴィンスは見た。風が集まっているのだ。先程の上段の構えの時は気づかなかったが、切先を前に突進してくる今、剣の後ろにあるチェザーレの身体が歪んで見えた。あの咆哮は気合の掛け声であると同時に詠唱でもあるのだろう。


 ヴィンスの額はまだ鋼鉄、チェザーレはそこは避け、突きを狙うようだ。

 回避しづらく致命となる胸狙いの突き。右腕を失っているヴィンスはそれを払えない。後退するよりチェザーレの突進は速い。

 左右への回避は剣を横薙ぎに振るように変化することで簡単に対処されるだろう。


「〈血液増加〉!」


 ヴィンスの唇はそう動いた。

 ヴィンスの切断された傷から血が噴き出す。


 チェザーレも周囲で見ている誰も、ヴィンスがなぜ今それを使うのか理解ができなかった。


 傷を治す前に血を溢れさせるのは意味がある。

 出血による貧血を防ぐのに加え、傷口の汚れや毒をある程度吹き飛ばす、感染症を防ぐためだ。

 無論、単なる〈止血ストップブリード〉に比べて魔力の消費が大きいので、戦闘中に使う術者は稀だ。

 だが少なくとも致命の攻撃が迫る今、使う意味は見出せない。


 ――目眩しか?


 チェザーレは思った。関係ない。ヴィンスが転移術でも使わない限り、見えずともここで間合いを見誤る事はない。逃がすこともない。

 それに、そもそも目眩しにはならない。剣の周囲に渦巻く風がヴィンスの血を吹き飛ばした。


 チェザーレのオリジナル術式、〈嵐の中心アイオブザストーム〉。

 招嵐術士に至った彼が、広域殲滅術式アナイレイションではなく、対個人の決闘用にアレンジを加えていった術式。


 魔術師は長々と詠唱し、儀式を行うことで、魔術を如何に広範囲に高威力のものを使えるかという所に重点が置かれる。

 決闘士にそれが出来るか?

 今の決闘士が魔術師化しているという趣きはあれど、本来は逆だ。術式を単詠唱、無詠唱にし、如何に素早く魔術を発動するかなのだ。そして武術と併用すべきなのだ。


 チェザーレは決闘士としての本懐を忘れていなかった。

 魔術師としての能力を高め、そしてそれを決闘用術式に昇華させたのだ。


 〈嵐の中心〉、自身やその刀に、嵐に匹敵する風を圧縮して纏わせる。ただそれだけのシンプルな術式だ。

 だがその汎用性は高く、威力は絶大。


 極度の集中で引き伸ばされて感じる意識の中、チェザーレの刃はヴィンスに迫る。必死の状況にあるヴィンスはそれでもなお冷静に、いっそ笑みを浮かべてすら見えた。


 ――なぜ余裕を……。


 そしてその時、激しく脳を揺すられ、チェザーレは意識を失った。


チェザーレ(イラスト:りすこ様)

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] おっと、どうした?チェザーレ [一言] 1話分と思えない濃密な戦いの描写でした。 (>◡<;)
[一言] えっ?
[一言] さて、血液増加の意味は。
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