マウント
「何だい、伯父貴」
「今、黄金の野牛に加入希望者が殺到しててな。俺が追い返してるんだが、諦めの悪いのもいるんだよ。そいつらを鍛えないか?」
「おいエンツォ……」
ダミアーノが口を挟む。
「反対か?」
「……いや、悪くはない」
「そんな金がある……ああ、そうか、竜を倒したってさっき言ってたな」
決闘士の養成業に手を出すのは今までの黄金の野牛であれば考えられない話だった。
だが今ならその運営資金が唸るほどある。
ヴィンスとブリジッタの訓練にも天幕前の敷地だけでは手狭だと言う話も出ていたのだ。
「いいぜ、面白そうだ。受けよう。だがその前に……」
チェザーレの目が剣呑に光った。
「ヴィンス、立ち会おうぜ」
ヴィンスが歯を見せて笑みを浮かべる。
「なんだ、戦いに疲れてるのではないのか?」
「それとこれとは別だろ、格付けは必要だと思わないか?」
「マウント取り合戦か。猿並みだな」
「古巣に戻ってきたら、知らない新人がエースで御座いって顔で居座ってるんだよ、どう思う?」
「なるほど、ムカつくな」
チェザーレが笑う。
「だろう?いや、俺はお前にめっちゃ感謝してるぜ、お前がいなきゃあブリジッタは連れ去られ、組合は潰れ、俺は戦場から戻れなかっただろう。
だからヴィンス、お前にはマジで心から感謝してる。だがなんだ、あー」
「それとこれとは話が別だ」
「そうそれだ!」
「ちょっと2人とも!ダミアーノ、エンツォ!止めて!」
ブリジッタが頬を膨らませる。
ダミアーノは満足そうに笑った。
「決闘士なんざそんなもんだろ、さっきのエンツォの養成所の提案。チェザーレが単に受けただけなら決闘士登録を外したぜ」
「親父……」
「当たり前だろう、戦場帰りで疲れたのは間違いあるまい。後進を育てるのも大事な仕事だ。だが単に後進育てて喜んでるのは現役じゃねえ。
お前がヴィンスと張り合う気があって嬉しいぜ」
結局のところ決闘士なんてのは魔術が使えるほど頭が良く、望めば安定した職につけるにも関わらず、直接的な暴力を比べあって上を目指すことを自ら選んだ者たちである。
マウントも取る意志が無いなど、人間としてはできていても、決闘士としては失格なのだ。
エンツォも声をかける。
「ブリジッタ、お前がまだここに来たばかりの頃を思い出せ。いつだってこいつらは飯に入ってた肉の量とか、顔を洗う順番とか、くだらないことで殴り合ってただろう。それでいいんだ」
それはヴィンスもである。彼は生い立ちに特殊なところがあるとは言え、それでも決闘士になる以外の道は充分にあった。
仮にも伯爵令息である。ユリシーズは陞爵されるなかで男爵位・子爵位も持っているのだ。
例えばウィルフレッドにローズウォール伯を譲り、子爵を継承して内政に励むも、ウィルフレッドの補佐に回るも、あるいは領地を代官に任せて北方の戦場で戦功を積むことを目指しても良かった。
だが10歳のヴィンセントはそれらの人生を選ばなかったのだ。
「チェザーレ、乾杯しよう」
「いいぜ、俺の勝利に向けてでいいか?」
「竜殺しに挑む蛮勇にでもいいぜ」
笑みが交わされる。
「互いの健闘を祈って乾杯」
「遺恨を残さぬことを誓って乾杯」
こうして、夜は更けていった。
翌日はさすがにチェザーレが強行の移動をしてきたと言うことで休養とし、その翌日に戦うこととした。
早朝。朝焼けの空、まだファンや組合加入希望者の来ない時間帯に2人は対峙する。
ダミアーノが笑った。
「鼻のきくやつだ」
敷地の外にはロドリーゴの姿。いつもの帽子の取材姿。むろん、今日この日この時間に戦う事など誰も話していない。それでもやってくるというのは確かに記者の嗅覚というものなのだろう。
「よう、チェザーレ。帰ってきたのか!……何してんだ」
「ああ、ロドリーゴ。帰ってきたぜ。……私闘?」
「ロドリーゴ、こっちこい。話は後だ。んでお前らはとっとと始めろ」
ロドリーゴが彼らの間を通り、ダミアーノの隣に並んだ。
ヴィンスがいつも通りに右拳前の半身に構える。
「B級決闘士、近接格闘士・強化術士、ヴィンス」
チェザーレはゆっくりと腰から剣を抜く。刃が緩く弧を描く、刀と呼ばれるもの。この辺りでは珍しい形状だ。
刃を見せつけるようにゆっくりと動かす。波打つ刃紋がヴィンスの前を通る。
チェザーレはそれを一旦正面に構えるような素振りを見せたが、そのまま頭上に、上段に掲げた。
それはヴィンスにティツィアーノの山高の構えを思い起こさせた。烈火の如き攻撃の意思である。
「B級決闘士、刀士・招嵐術士、チェザーレ」
「おいおい、招嵐術士だと!?」
ロドリーゴが思わず叫ぶ。
「いつの間に階梯を上げやがった!」
チェザーレがにやりと笑みを見せた。
「戦場でだよ、決まってるだろ?」
招嵐術士は風霊系の魔術師の頂点の1つとも言える称号だ。
エンツォも正直驚いてはいたが、今は人が集まる前に戦わせたい。
「ロドリーゴ、話は後だ。ヴィンス、チェザーレ、いいか?
……はじめ!」




