栄冠
ヴィンスとブリジッタはしばし医務室に留まることになる。ヴィンスは欠損の再生自体は自分で行なったが、毒の洗浄と中和は専門家に任せた。
ブリジッタは全身の毛細血管が破れて末端が肥大している。骨も何本かヒビが入った状態。全身にダメージが入っていて重い怪我に見えるが、この手の怪我は治癒魔術で治しやすいところでもあった。ベッドに横になって魔術で治して貰っている。
「よう大丈夫か!」
「やったな!」
ご機嫌な男2人が部屋に入ってきて治癒魔術師に睨まれた。
ダミアーノとエンツォである。
ヴィンスは左手を掲げて彼らの手と打ち鳴らした。
「右手はどうだ?」
「今はやし終えたばかりだからな。まああと数時間は安静にしておく」
「意味がわかりませんな」
治癒魔術師がため息をついた。
「どんな魔力量、それに治癒魔術への熟達ですか。あそこまで淀みなく〈再生〉術式を発動するのを見るのは宮廷魔術師の医局長、クィリーノ師以来ですよ」
クィリーノは11年前にヴィンスの腕を治癒した術者である。
「こればかりは慣れてますので。あと四肢は内臓が無いので生やしやすいですよ」
再び治癒魔術師がため息をついた。
「しかしお前大金持ちだな!」
エンツォが肩を叩いた。
「俺たちだろ?ブリジッタもそうだし、俺とブリジッタから上前持ってけば組合も潤うはずだ。エンツォにだってボーナスくらい出してくれるだろ」
ダミアーノが神妙な顔をする。
「うむ、その件なんだが、俺にゃあ竜の素材とか売る伝手がなくてな」
ヴィンスが笑う。
「ふふ、伝手がきたよ」
扉がノックされた。
「失礼します。こちらに決闘士ヴィンスはいますか?」
金の髪を輝かせた少年少女が部屋へとやってきた。
「なるほどな」
ダミアーノが呟く。
「ここにおりますよ。ウィルフレッド様、イヴェット様」
「ヴィンスさん!」
「おめでとうございます!」
ヴィンスはその場に跪き、2人に視線を合わせて手を取った。
「ありがとうございます。我らが勝利をローズウォール家の皆様に。北方を守護する薔薇に栄光あれ」
「王都の決闘士に賞賛を」
「偉大なる竜殺しに賞賛を」
ブリジッタもベッドの上で身を起こし、彼らに頭を下げる。
「見ててヴィンスさん」
「ブリジッタさんも見て」
ウィルフレッドとイヴェットは2人で両の手を合わせた。互いの手が絡むように。4本の手を1つに。
「芽吹く地、命の源の水」
「祝福の風、暖かなる炎」
それは詠唱であった。祈るような姿勢で声を紡ぐ。
「地に伸びる根」
「天を目指す茎」
高い2人の声が輪唱のように。
「光をその全身に浴び」
「闇の褥で身を休める」
魔力が空気を震わせる。2人の組み合わせた手の間から魔力の光が漏れる。
「〈豊穣〉」
「〈栽培促進〉」
2人の合わせた手の間から、植物の芽が現れる。それは瞬きする間に成長して薔薇の枝となり……。
「〈植物祝福〉」
「〈満開〉」
八重咲きの真紅の花を無数に咲かせる。
「〈植物形成〉」
「〈棘落とし〉」
薔薇の枝は2つの円を描き、その枝からは棘が抜けていく。
術式が終わった。2人が離れる。
2人の手にはそれぞれ満開の薔薇の花輪。
それは月桂冠ならぬ薔薇冠。
「おめでとうございます、決闘士ヴィンス」
イヴェットがヴィンスの頭に薔薇の冠を被せ、その頬に口付けした。
「おめでとうございます、決闘士ブリジッタ」
ウィルフレッドがブリジッタのベッドへと向かい、彼女の頭に薔薇の冠を被せ、その手の甲に口付けした。
皆、唖然とその光景を見ていた。ヴィンスの榛色の瞳が揺れ、その目から涙が溢れる。
「ど、どうしたのヴィ……ヴィンスさん。棘が残ってた?」
ヴィンスは首を振り、イヴェットをそっと抱きしめた。
「いえ、お2方の偉大なる魔術師への歩みに感動していたのです。ありがとうございます、イヴェット」
次いでウィルフレッドを抱きしめた。
「ありがとうございます、ウィルフレッド」
2人は照れたように笑う。
「この冬、たくさん練習したんです」
「2人でたくさん練習したのよ」
ヴィンスの、あるいは彼らの父でもあるユリシーズの扱う植物系術式。
植物系自体は決して難しい術式では無い。
だがそれは裕福な農家が畑に術者を招き、土地や植物にかけてもらい、作物の病を防いだり収穫量を上げるのに使われるようなものならである。
詠唱にもあったように植物の育成には地水火風の、昼夜の恵み、そして何より時間が必要であり、それら全てを魔力で補って、僅かな時間で種から開花まで持っていくのは困難だ。
「ええ、良くわかりますとも。お父上も喜ばれるでしょう」
だがそれこそがローズウォールの、ユリシーズの広域殲滅魔術を継ぐために必要な力。
今は彼らは11歳、2人がかりで行使したとは言え、それを継ぐに相応しい力を存分に示したと言える。
かつてヴィンスには閉ざされた道を。
ヴィンスは涙を拭うと、笑みを見せた。
「素晴らしい贈り物を頂きました。代わりと言ってはなんですが、倒した竜でも見に行きましょうか。鱗の1枚でも献上したい」
「あ、あたしからも!」
という訳で、ヴィンスたちが受け取った竜の素材の半分はローズウォール家に収められ、そこから黄金の野牛組合に対価が分割で支払われる事となった。
そしてローズウォール家の家人たちの部屋には、良く磨かれて暗緑色に鈍く輝く竜鱗が飾られた。




